異世界転生したと思ったらここは千葉県でした。〜小学校の先生、始めます!?〜

方喰 霧男

第1話 ようこそ千葉へ。

「ついに来たか・・・!」




 オーケーオーケー。俺はさっきまでパソコンに向かってネット友達と「シュヴァリエオンライン」プレイしていた。その証拠といってはアレだが頭にはヘッドセット、右手にはゲーミングマウスを持っている。


 だが、今はどこかの森の中にいる。これはもうそういう事だろう。




―――俺は念願の異世界転生に成功した。




 やっとこのチャンスが訪れた。あの異世界転生アニメ「魔ゼロ」を見て以来、どれ程異世界への転生を望んだ事か。現実世界では一般家庭に生まれたごくごく平凡な俺に与えられたスキルや待遇はどんなものなのか楽しみだ。魔王でも何でも倒してみせるさ!



 森の中、一人あぐらをかいて座っていたが「魔ゼロ」のように案内人が来ることはなかった。偶々ポケットに入れていたスマホを確認すると時刻は17:15。画面左上の電波マークに×が重なっていて、これは今異世界にいるから電波が通っていないのか、単純に現在地が森の中だから電波が通っていないのか分からないが前者だと思いたい。ちなみに右ポケットには10円が入っていたが、飲み物すら買えやしない。



 時折木々の間から吹く冷たい風に耐えられず、俺は道なりに進むことにした。夜になる前に人通りのあるところに出ないと早くもゲームオーバーになる気がするぞ。




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 歩いたり小走りして寒さを紛らわす事1時間、木々の隙間から見覚えのある看板が見えてきた。


「あれって…。」


 俺が週5で通っているコンビニエンスストア、ピープルマート(通称プルマ)の「ピ」の看板が微かに見える。コンビニに通うという言葉が正しいのか分からないが今はそんな事どうだっていい。


 ここって、異世界じゃないのか!?


服についた葉っぱを払いのけ、森を出ることに成功し安堵したものの、状況の整理が全くつかない。それは、今まで異世界に飛ばされた前提で物事を進めていたからだ。


まさか、俺が愛して止まないコンビニに裏切られるとは思わなんだ。



「そうだ!」


 俺は思い出したかのように、右ポケットに手を突っ込み銅色の硬貨を取り出した。

 あそこのプルマでうみゃい棒を買って、レシートを貰えば現在地が分かるぞ!オーケーオーケー。まだまだ俺の思考は鈍っていない!


 早速プルマに入ると、店員に「いらっしゃいませぇ~」と元気よく言われ思わず「え?」と声に出してしまった。

 いらっしゃいませ…だと…?もちろん普段ならはいどうも~で終わるはずだが、ここは異世界のはず。いや違うのか、どうなんだ。そうだ、それを確かめるためにここに来たのだ。

 俺はお菓子コーナーの一番下にあるうみゃい棒のコーンポタージュ味を手に取り、レジに出した。22歳にもなってコンビニでうみゃい棒一本だけを購入する事になるとは。世の中何が起きるか分からないものだな。


「すいません。レシートもらってもいいですか?」


 もはやレシートを貰う事すら恥ずかしいが、この際もうなんだっていい。


「ありがとうございました!またお越しくださいませ!」の声が後ろから聞こえているが、気持ち的に早足でプルマを出た。

 店を出てすぐさま、レシートを確認すると、

「千葉県船橋市****」と記載されていた。


 俺は、確信した。ここは異世界じゃないっ!レジの前に並んでいた今週のジャンプも見て見ぬふりをしたが、もうこれは言い逃れできない。俺の住む岩手県からすれば千葉県は圧倒的に都会だし、言いようによっては異世界かもしれないが、色々違うだろうが!この先どうしたらいいんだ!?というか何で千葉に飛ばされたんだ!?


 くしゃくしゃにしたレシートをごみ箱に投げ捨てその場に座り込んでいると、

「あのー、もしかして舘野くんですか?」


 条件反射で顔を見上げると、そこには黒髪ボブカットの女性が俺に向かって話しかけてきた。

「はいそうです・・・? えっとなんで名前知ってるんですか・・・?」

「あー人違いじゃなくて良かったー。なんでってこの履歴書送ってきたの舘野君だよね?違う?」

 彼女が肩にかけていたカバンから封筒を取り出し、俺に見せてきた。その履歴書は俺が2、3日前に派遣会社に提出した書類だった。


「えっとそうですけど!状況が全く飲み込めません!」


「私はあなたが履歴書を提出した派遣会社の社員なの。それで今ね、千葉県のこの町で怪獣やらモンスターが現れてて大変なの。舘野君、この町を救ってもらえるかしら?」


現実世界にモンスターなど存在しない。あれ、ここはやっぱり異世界なのか・・・!希望の光が見えてきた!


「この町はいまそんなまずい事態になっているんですか?分かりました、協力します!ところで、俺に与えられたスキルって何ですか?」


「スキル?んー、それが何を意味するものなのか分からないけどあなたは賢いんじゃないかしら。」

賢い・・・。なるほど、知性に長けたステータスなのか。

「そうなんですね!なんだかテンションが上がってきました!」

「お、いいねぇ。じゃあ早速明日からお願いね。」


「とりあえず、俺はこの後どうしたらいいですか?」

「そうね。あなたには教職・・・アパートを用意したからしばらくはそこで暮らしてちょうだいな。はいっ。」


彼女の「はいっ」の声と同時に俺の視界がガラリと室内に変わった。俺を岩手県から千葉県に飛ばしたことといい、彼女は瞬間移動が使えるようだ。辺りを見回すと、勉強机やソファ、ベッド等の家具が一式取り揃えられていて一人で暮らすには十分そうな部屋だ。


「うわぁ!」

 首元に彼女のやや乱れた無造作な長い髪が触れ、思わず声をあげてしまった。彼女は俺の真後ろにいた。

「ちょっと、脅かさないでくださいよ!」

「脅かしたつもりはないんだけど、ごめんね。そろそろ髪を切ろうと思うんだけど、舘野君はどう思う?」

「んー、俺オシャレとか全然分からないですけど長い方が似合ってると思いますよ。」

「あ、そうだ。今更だけど、私はツユリ。栗の花が落ちると書いて栗花落よ。これから宜しくね。」

 ツユリさんが握手を求めるような形で右手を差し出してきたので、それに倣うように俺も右手を差し出して握手を交わした。つうか、俺の髪のアドバイスはどこいった!?


「あの、ツユリさんって俺を岩手県から千葉県に飛ばした時といい、瞬間移動が使える。魔法使いか何かの類ですか?あと、確認なんですけど俺は異世界転生に成功したって認識で合ってますか?」

 気になる点を質問してみた。

「んー説明が面倒だから魔法使いってことでいいわ。ちなみに異世界転生っていうのは、元の世界の住人が死んで異世界で生まれ変わるって意味よ。あなたはただ千葉に瞬間移動しただけで世界線の移動もしてないわ。」

 俺は異世界転生の意味を勘違いしていた恥ずかしさを隠すように床を見つめた。

「そ、そうだったんですね、勉強になりました…。」

「間違いは誰にでもあるから、別に気にしなくていいわ。あ、私のこの能力の事はみんなには内緒でお願いね?」

「分かりました。多分言っても信じてもらえないと思うんで。」

「それもそうね。」

 栗花落さんはフフっと笑いながらそう言った。

「そういえば明日からお願いってさっき言ってましたが、今日はここで寝るとして起きたらどこにいけばいいですか?」

「ここから歩いて5分ぐらいで着くから、7時半までに起きてくれれば間に合うから、起きたら私に電話をちょうだい。」

電話番号の書かれた付箋を渡された。ポケットからスマホの取り出し画面を見ると電波マークがビンビンに3本立っていた。やっぱさっきは森の中だから圏外だったんだな。電話番号登録は後でしておこう。

「というか、そんなすぐ近くにモンスターが現れたりするんですか。ここで寝てたら襲われたりしないですかね?」

「あはは。モンスター達も今は落ち着いてるから安心して。」

 何だかゆるいモンスターだな。

「じゃあ明日、よろしくね。寝坊しないでね~。ふわぁ~。」

 栗花落さんは欠伸をしながら、姿を消した。結局彼女が何者なのか分からないまま去って行ってしまったが、悪い人ではなさそうだ。


 一人なった途端、急激な疲れと眠気が同時に襲ってきて俺はベッドに倒れた。流石にアラームはセットしておかないt・・・。




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ピピピピピピピピピピ。

 うがー。顔の真横にあるスマホを慣れた手つきで操作しアラームを止めた。気合でまぶたを開きスマホの時刻を確認すると7:29であった。めっちゃギリギリだ。

 寝起きで意識と肉体が上手につながっていないので、思うように起き上がれない。


「あー舘野です。今寝てるけど起きました。」

「おはよー。どういう事よそれ。8時にあなたのアパートの前集合ね!服はテレビの横にかかってるの着てね。カバンは玄関にあるやつ持ってきてね。んじゃ!」

 あまりにも一方的すぎるぜ…。



大急ぎで支度を済ませ、8時になる3分前にアパート前に着いたが、栗花落さんの姿はなかった。あれだけ急かしておいて…まぁいい。

 というか、今日から俺はこの町にはびこるモンスター共を倒す戦士になったのかぁ。他人事のように思えてしまう。何だか想像つかない。武器もなければ防具もないし。ふと、数年前に流行った「こんな装備で大丈夫か?」というフレーズが頭の中に浮かんだ束の間、

「ごふっ!」

 視界がいちごに包まれた。これは比喩表現などではない。いやいやなんだこの重み!首の骨が折れる!!

「ちょ、やめっ…。」

「あぁぁ!すいませんん?!」

「ごめんね!私もまだ瞬間移動マスターしてる訳じゃないから変な場所に着地しちゃったよ。」

 どうやらいちごの正体は栗花落さんのおパンツだったようだ。この事は本人には言わないでおこう。殺されるかもしれないし。

「ちょっとびっくりしただけなんで、大丈夫です。」

「良かったー。もう時間だし、行きましょうか。」

 栗花落さんだけが知っている目的地へと歩き始めた。





「着いたわよ。」

 栗花落さんが歩みを止めた目の前にはごく一般的な小学校が佇んでいた。校庭では小学生達がドッジボールやら鉄棒で遊んだりしている。

「ここ、小学校ですよね?」

「そうよ。今日からはあなたは小学校の副担任よ。」

「何ですとーー!?」

色々な感情が織り交ざって、口を鯉のようにパクパクと動かした。

「だだ、だって昨日この町に潜むモンスターとか怪獣をどうのこうのって言ってたのはなんだったんですか!」

「あーそれは、モンスターペアレントと元気いっぱいな子供達を面白く表現してみただけよ。どう?私のワードチョイス!」

 このいちごパンツ、狂ってやがる…。

「ほら、男の子なんだから文句ばっかいってないで行くよー。」

「ちょ!」


 こうして、俺史上2回目、担任としては初の、小学校生活が始まった――。

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