軒先、鉄風鈴
「じゃあいくよー」
せーの、という掛け声とともに軒下でビニール袋を広げ合う。ガサゴソと音を立てて中身をあらためると、鮮やかな原色に彩られたパッケージたちが姿を現した。
「「あ」」
ふたつの声が重なった。互いの買い物袋を覗き込んだふたりは、そろいの表情で相手の顔を見やる。
「おじさんも飲みもの買ってたんだ」
「甘いもんだけじゃノド渇くと思って」
正宗の言葉に、少女が「あちゃー」と声をこぼした。
店内での少女のはしゃぎっぷりを見て、正宗は少女が当初の目的を忘れているのではないかと踏んでいたが、いらぬ勘ぐりだったようだ。
「ごめんな、確認すりゃ良かった」
「うーうん、それはお互い様」
少女と正宗、ふたりの買い物を合わせて四本のドリンクが、ビニール袋越しに額を突き合わせていた。各々の袋に、緑茶と瓶ジュースが一本ずつ。買った
どうしよー、と言いながら少女が顎に人差し指をあてる。
「これ全部のんだら、ぜったいお腹チャポチャポになっちゃうよね」
しまいに少女は500mlの緑茶を両手に睨めっこを始めていた。正宗の口元からフ、と笑いが漏れる。
「うん?なんで笑ってるの?」
少女がパチパチと瞬きをする。どうやら彼女の癖らしかった。
「や、」
正宗はゆるんだ口元を隠し、「なんでもないよ」と手を振った。少女が小首をかしげる。キョトンとした表情と相まって、少女の仕草は彼女のあどけなさを際立たせていた。コロコロと変わる少女の表情が、無性におかしくて、哀しかった。
「…お茶は封を開けなけりゃ常温でもいけるから、先にジュース空けよか」
「ん」
正宗の言葉に少女がコクリと頷いた。
「わっ、すみません」
青年が慌てて謝罪を口にした。声をかけてきた人物が青年であると気がつくと、少女はこわばっていた表情をゆるめた。
「あ、いや全然、大丈夫です!」
そう言って笑う少女の顔色は明るかったが、指先はかすかに震えていた。正宗はそろりと足を踏み出した。少女と青年のあいだにそれとなく体を滑り込ませ、青年に話を振る。
「どうなさったんですか?」
問いを受けた青年は正宗に視線を向けるなり、ニカッと前歯をのぞかせた。今までの表情とは違い、どこか人懐こさを覚える笑顔だった。
「コレ、良ければ遊んでいきませんか?」
青年がそう言って正宗たちに見せたのは、
あ、シャボン玉。
ポツリと呟いた正宗の言葉に、青年が頷いた。
独特の形状をした小さなプラスチック製の容器は、シャボン玉液が入ったおもちゃの容器と形がよく似ていた。幼い頃、手軽な夏の遊びものとして正宗も親しんだ記憶がある。
「うわ、懐かしー!」
少女が弾んだ声をあげた。やろやろ!とはしゃぐ少女の様子は、すっかり普段の調子に戻っていた。
嬉しそうな少女の姿に内心安堵する一方で、正宗は青年の提案に恐縮を示す。
「や、でもそんな。悪いですよ」
正宗の返答を受けた青年は、うーん、と鼻先に指を当てたのち
「じゃあ、ひとセット十円です」
と、突然取ってつけたような値段を提示した。
青年の意図に気がついた正宗は、金取るんかい、と力の抜けた合いの手を返す。青年が再びニッと懐っこい笑みを浮かべた。
「軒下のベンチ代込みで、」
いかがです?
圧迫感のカケラもない青年のダメ押しに、ハハ、と笑って正宗が折れた。
「それじゃあ、」
お言葉に甘えて。
チリン、と鉄風鈴が鳴った。ひんやりと心地の良い風が正宗たちの間を抜けていく。ジリジリと町を焼く暴力的な真夏の日差しは、軒先に押しとどめられたままだった。
束の間の、それでいてどこまでも
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