ヤンチャ坊主と勇者①
「ちゃんと買ってきたやろうなあ」
九州に山間部にある街。山から流れる雉里川の川沿いの岩には数人の小学生が登っていた。
そのもっとも高い位置には有川朝矢が偉そうに座って、その岩の下で不安そうな顔でこちらを見上げている少年に視線を向けていた。
「ちゃんと買ってきたよ。朝矢くん」
そういって少年は先程買ってきた『ビックリマンチョコ』とかかれたお菓子を朝矢に見せる。
「おいおい、そがんところに立っとらんでで、ここまで持ってこい」
朝矢が自分の座っている位置を指さす。
「無理だよ。僕、そういうの苦手なんだよ。朝矢君だって、わかっとるやろう」
「ああ。最初から諦めるんな。簡単やんか。それに、
朝矢の隣に座っていた
「そがん。簡単。簡単たい。登ってみんね」
「登れ。登れ」
少年たちの大合唱が始まり、蓮司は目を潤ませる。
「蓮司。泣いたらいかん。男やろ」
助けを求める蓮司のことなど無視をして、周囲の少年たちが蓮司にはっぱをかける。
逃げられない。蓮司は、朝矢のいる岩を見上げる。大きな岩だ。大きな岩がさらに大きく聳え立っていく。その向こうで悪魔かなにかがにらみを利かせているようで、足がすくむ。
「朝矢君。蓮司のやつ。完全にビヒッとるばい」
「無理じゃなか? あいつ、ビビりだぜ。ビビり、ヒータレたい」
朝矢の両隣にいる
「ヒータレがなんだ。根性みせんかい」
朝矢が怒鳴ると、蓮司の顔が青ざめる。
「ヒータレ。こっちこいよ」
「ヒータレ。ヒータレ」
また、大合唱が始まる。
さらに蓮司が縮こまり、俯く。
「おい」
朝矢の掛け声で、岩の下のほうに座っていた少年たちが下りると、蓮司の体をつかみ、無理やり岩を登らせようとした。
「いやだ。いやだ。無理無理」
暴れる蓮司をものともせずに、無理やり岩に体を押し付ける。
「登れ。登れ」
「嫌だ。いやだ」
「なんばしよるね。有川」
その時、川の向こう側のガードレールのほうから、少女の怒鳴り声が響いた。
少年たちはす、はっと振り向いた。そのせいで、蓮司を抑え込んでいた腕が緩み、蓮司は咄嗟に少女のほうへと走る。ガードレールを潜り抜けて、彼女の後ろに隠れる。
「こら、勇、泰。あんたらも有川とつるんで、なんしよるね」
「げっ、委員長」
「姉ちゃん」
朝矢と双子の兄弟が彼女を見る。
いつの間にか、蓮司の姿がない。どうやら、逃げたらしい。
「てめえ、こそ、なんすっとね。ビックリマンチョコ、持ち逃げされたじゃないか」
「なんばいいよると?どうせ、蓮司のお金やろう。本人の買ったもんやから、本人のもんやろうもん」
「金は俺んとや。勝手に決めんな。くそ眼鏡」
「はあ。あんたは、質の悪い『ジャイアン』じゃなかか」
「てめえなんか、姑化した『のび太』じゃねえか。眼鏡女」
「はあ?なに、そのたとえ。バカ。あんた、本当にバカ」
「やぐらしかーー。むかつくばい」
朝矢は岩から飛び降りると、彼女の襟首をつかもうとした。それよりも先に腕を掴まれる。同時に思いっきり、背中を地面にたたきつけられた。
「いてえ。何しやがる。暴力女」
「うちを倒そうなんて、百年早い。今度、いじめたら承知せんけんね」
「朝矢くん。大丈夫」
「あんたたちも、家に帰ったら、お父さんに説教してもらうけんね、覚悟しなさい」
「ひい」
「ちっ。覚えてろ。くそ眼鏡」
立ち上がった朝矢は、捨て台詞を吐くと走り出した。そのあとを勇たちが追う。
「ちょ……。あんたたち……」
そう呼びかけたが、追いかけるつもりはない。
「信じられん」
「桜香。終わったと?」
すると、背後から声がして振り返ると、物陰から少女が顔を出す。
「うん。って、なんで隠れとると?」
「だってえ。朝矢君。
「どこが?あんなやつにビビる必要なかよ」
「そがんやろうけど、うち、苦手……」
彼女は不安そうな顔をしている。そんな表情をするのは、彼女にしては珍しい。普段ならば、明るく笑顔が魅力的な彼女なのだが、どうやら朝矢がいると怖気づくらしい。とにかく、物陰に隠れてしまう。
(恐れているというよりも……)
桜香には、思う処があったのだが、言う必要を感じないし、混乱させるだけだと感じ、言わなかった。
「それよりも、早くいこう。お母さんがおかし作ってまっとるとよ」
「うん」
彼女は、桜香の手をつかむと、川に沿うようにして山の上へと続く坂道を駆け出した。
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