跳び箱と赤ずきん⑤

  体育館のなかは黒い霧で覆われていた。それゆえにどこになにがあるのかさえもわからない。


ここは本当に体育館のなかなのか。なんか異世界にでも迷い混んでしまっているのではないか。それとも地獄への通路かもしれない。僕はいつになく不安を覚え、父さんの手をにぎった。父さんはなにもいわずに握り返すとそのまま僕を連れて歩きだした。


時間的にはそんなに長くなかったんだろうけど、周りは闇のなか。すごく長く感じた。


「ここから聞こえるなあ」


ようやく足を止めた父さんがつぶやくと同時にギギッと古い扉が開く音が聞こえきた。すると立ち込めていた霧がすっと消え去っていく。


僕は父さんをみた。


「ちょっと邪魔だったからな」


そういうと父さんはまた歩きだす。霧がなくなると、そこが体育館の倉庫へと続く扉だとわかった。


父さんは僕の手を繋いだまま倉庫のなかへと入っていく。


倉庫には体育の授業で使われる跳び箱やマットなのが置かれている。けれど、使われた痕跡がなく埃被っている。


 それにいたるところに蜘蛛の巣が張っているというのは、いったいここはどこなのか。

 現役で使われている体育館とは思えなかった。


 僕がきょろきょろしていると、父はまっすぐに跳び箱のほうへと向かう。


「父さん?」


 父は跳び箱の一番上の段を持ち上げた。


「いた」


 父がつぶやく。


 僕は跳び箱の中を覗き込む。


 すると、少女がうずくまっている姿が見えた。


 僕とさほど変わらないぐらい。


 十歳ぐらいの女の子がうずくまってないていた。


 ボロボロのセーラー服に赤い頭巾。


 黒いおかっぱ頭。


 その容姿はまるで……。


 突然父が僕をそこから離れさせた。


「君だと引きずられるから。離れていなさい」


僕はそう言われて、。跳び箱から距離を置いた。


それを確認した父は、女の子に手を差し伸べている。すると突然跳び箱の中からどす黒いなにかが飛び出してきて、父の腕に巻き付いてきた。


「父さん」


 僕はとうさんのほうへと近づこうとしたが、父さんで巻き付けられていない左の手のひらを見せて、僕を制止させた。


「大丈夫だ。たいしたことはない」


 父はなにかをつぶやきはじめる。


 すると、父の手に巻き付いていた黒い蛇のようなものがはじけるように消え去っていく。


 一体、なにをしたというのだろうか。


 僕にはまったくわからなかった。


 女の子の鳴き声が続いている。


 どうして泣いているのだろうか。


 なにが悲しいというのだろうか。

 

 助けて


 声が聞こえる。


 泣き声じゃない。


 ちゃんとした声だ。


 助けて


 また聞こえた。

  

 僕の足が自然と動き出した。


 直後、僕の名前を呼ぶ父の声と僕の手をつかむ大きな腕で我に返った。


「父さん?」


「引きずられるな。お前には対抗できるほどの力は備わっていない」


「でも……。助けてって……」


「わかっている。おれにも聞こえているからな」


 僕が不安になっていると、父が微笑みながら僕の頭を撫でた。


「なら、おれの手を離すなよ」


 僕はうなずいた。


 そして跳び箱を見た瞬間。


「父さん」


 僕の声で父が跳び箱のほうを見る。


 いつの間にか少女が立っていた。


 赤いずきんをした少女が跳び箱から出てきて佇んでいる。そう思った瞬間、少女が猛スピードでこちらへと近づいて、僕の身体を押さえつけてきた。


 僕の手が父から離れた。同時に身体が飛ばされていく。


 地面に激突し、背中に痛み。同時に息ができなくなった。


 絞められている。


 僕の首に女の子の腕が絡みついている。


 その顔は泣いてた女の子ではない。まるで遊び道具を見つけた子供のような笑みを浮かべている。


「行こう。一緒に行こう」


 女の子から声が漏れる。


 苦しい


 助けて


 苦しい

 

「汝を滅する。古今東西滅裂」

 

 父の声が響く。


 ぎゃあああああ


 少女の悲鳴が上がる。


「極楽浄土」


 また父の声。


 苦痛に歪めていた女の子の顔が穏やかになっていく。


「怖くない。もう怖くないからね」


 薄れゆき意識の中で父の声が聞こえる。

 

 父は撫でている。


 光に包まれていく女の子の頭を撫でている。


 女の子の表情が柔らかくなっていく。

   

 もう大丈夫なのかなあ


 そんなことを考えながら、僕の意識は遠くなっていった。


 


 

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