跳び箱と赤ずきん④
校舎のなかへ入ると泣き声がさらに耳に響いてくる。
「こっちかなあ」
校内にはまったく電灯がついていない。暗闇のなかにシクシクと不気味に響き渡る泣き声は、僕たちを歩かせていく。
どんどん近づいてくる泣き声。
廊下を暫く歩いていくと右側に渡り廊下がある。どうやら泣き声は渡り廊下の向こう側にいる体育館から聞こえているようだ。
父さんは渡り廊下へとつながる扉の前で一度立ち止まる。どうしたのかと僕が顔をあげると、いつも穏やかな父さんの表情が曇っていた。
「まさか、隠れていたのか」
「隠れていた?」
「悪霊みたいなものだ」
「え?」
僕がきょんとしていると父さんは扉を開けて渡り廊下を歩きだした。僕は慌ておいかける。
そして、泣き声がまた大きくなってく。
父さんは体育館の前にたどり着くとしばらく扉を見つめていた。そして、扉に触れるとまるで自動ドアでも仕掛けられているかのようにゆっくりと扉が開いていく。もちろん、学校の体育館だ。自動ドアのはずがない。
同時に開いた扉の向こう側からすさまじい風が吹き出していた。驚いた僕はバランスを崩して尻餅をついてしまう。
父さんが僕のほうをみることなく、「大丈夫か?」と尋ねたので、僕は平気だと答えた。
顔をあげると扉の向こうにはどす黒い霧が立ち込めており、中の様子をはっきり見ることができなかった。
「なにこれ?」
僕は立ち上がりながら尋ねる。
「"悪霊"だよ。いや違うかな。"ナマナリ”だ」
「ナマナリ? オニではなく?」
「どちらも混じっているな。みろ」
そう言われて、霧の中を見ると、無数の顔があつた。
子供の顔だ。
しかも皆が苦痛で顔を歪めている。
「なに? これ?」
「だから、ナマナリ。こいつらは、悪霊によってそうなった集合体だよ。オニになる前の状態だね」
「オニになる前がナマナリ?」
「一歩手前。オニになるか、もとに戻るかの瀬戸際だ」
父はそんなふうに説明しながら、懐に入れていた札を取り出し、なにやらブツブツとつぶやき始めた。
唱え終わると、こちらへ向かってきている顔の集合体に札を投げつける。
札は顔の一つに張り付いた。
すると、顔たちが断末魔の叫びをあげる。その声は強烈で思わず耳をふさいだ。
やがて、顔たちは札に吸い込まれるように消えていった。
霧もいずこかへと消え去る。
「父さん。泣き声の正体ってこれだったの?」
「違う。あれはあくまでも"得体のしれない何か"だ。黒幕は別にいる」
「どうして?」
「まだ聞こえるだろう」
そう言われて耳を澄ましてみると、まだ声がする。
泣き声だ。
寂しそうな声が響いている。
「どうやら奥のほうだ」
父はそのまま体育館の中へと入っていく。
僕は慌てて追いかけた。
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