真夜中に獣が鳴く③
「でかっ! 」
路地裏へ入りこんだ朝矢が目にしたのは人よりも遥かに大きな八つの尻尾をもつ猫だった。
「猫又だな」
「はあ? 猫又ってあんなにでかいのか!?」
「さまざまだ。大きいやつもいれば、通常の猫よりも小さいやつもいる」
山男が説明している間にも朝矢はすでに弓矢を取り出して猫又へむかって構えて、矢を放つ。
矢は中年男性を襲おうとしていた猫又の額を貫く。
「にゃああああ!」
猫又は咆哮をあげると共に横へとドサリと倒れこんだ。
「躊躇せぬなあ」
「そんな暇ねえよ」
朝矢は弓矢を隠すと茫然と座り込んでいる男性の方へと駆け寄る。
「おっさん。大丈夫か?」
「あっ……はい」
朝矢が手を差し出す
「だ……大丈夫……」
男性は一度深呼吸をすると、朝矢の手を借りずに立ち上がった。
「あれは……。君は……?」
自分の身に何が起こったのかを必死に理解するようにぐったり倒れている猫又と朝矢を見比べている男性だったのだが、夢でもみているのかと自分のほっぺたをつねって、顔をしかめる、
「おっさん」
男性が目を白黒させながら朝矢をみる。
「それよりもおじさん。気を付けんといけんばい。この世の中、夜道にこがんとこおったら、やつらに狙ってくださいといっているようなもんたい」
「へっ?」
方言丸出しだったせいなのか、あり得ない事態に遭遇したせいなのか、男性はきょとんとした顔をする。
「ええい! だから、とにかくさっさといけってことだよ!」
「朝矢。その言い方はないだろう」
朝矢の乱暴な言い回しに山男はあきれかえる。男性は朝矢のどなり声に驚いて「はい!」と声を張り上げるとそそくさに立ち去ろうとする。
「おっさん! そっちじゃねえ! こっちだ」
朝矢はすぐさま暗い方向へ向かおうとする男性の着ている背広の襟足を引っ張りあげると、表通りのほうへとなげた。男性は前のめりに倒れそうになるがどうにかたち直し一目散に逃げ去る。
「だからもう少し大人になれ。あまえはこども過ぎる」
「うるせえ」
朝矢は一瞬ムッとするが、すぐに猫又のほうへと振りかえる。
猫又はその場に臥せったままで視線だけを朝矢にむけている。
「まだ動けるとや?」
「敵意丸出しだな」
「どがんすればよか?」
「祓うしかないだろう?」
山男の言葉に朝矢はしばらく考え込む。
「祓うからといって殺すわけではないだろう? あくまで浄化だ」
「わかっているよ」
朝矢は頭をくしゃくしゃにすると自分を睨み付けている猫又に近づく。
その手には弓矢ではなく一本の刀が握られている。
その刀の鞘を両手で握りしめると猫又の体を一直線につく。直後、猫又の目がゆっくりと閉じていくたともに体が徐々に小さくなっていきやがて大人の猫のサイズへと変わっていく。
ほどなく耳がぴくりと動いて目が開く。それから上体を起こした猫又は周囲をキョロキョロとみると、路地の奥へと走り去っていった。
朝矢は上体を起こしながら、消えていく猫又の姿を見送る。
「さっきのはなんだったんだ?」
朝矢は思わず疑問を投げ掛ける。
「暴走だな。 妖怪が凶暴化したものさ」
「凶暴化? なぜ?」
「そういうことが起こるのだよ。とくに師走の時期に人間どもが浮かれていると妖怪のなかには暴走するものがいる」
「意味わかんねえ」
「わしもよくわからんよ。昔からそういうものさ。さて、まだまだいそうだな」
山男の言葉通り、どうも怪しい気配が近くに感じてくる。
「あと何匹ぐらいだ?」
「数匹はいるなあ」
「それ全部やれっていいのか?」
「そういうことだろう」
「 さっさと片付けて帰るぞ! まじでレポート間に合わねえじゃないか! くそったれ!」
そう喚きながら朝矢は路地裏を駆けていった。
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