5・異なるモノ

 翌日、目を覚ました杉原弦音すぎはらつるねはベッドに上半身を起こした状態でぼんやりと天井を眺めていた。


 脳裏に浮かぶのは昨日の騒動のことだ。


 江川樹里えがわきさとがおかしくなったことからはじまった一連の騒動。


 けれども、だれもそのことを覚えてはいなかった。なぜか弦音は樹里と園田とともに渋谷で買い出しにいくことになっていた。


 あんなに具合わるそうにしていた樹里はピンピンしているし、園田の様子はとくに変わったところはなかった。あんなに怯えていたとは思えない。

 

 文化祭の為の買い物を終えて、なぜか洋服店に寄り道をした彼女たちは本当に楽しそうに笑っていたから、自分が体験した騒動はただの夢だったのかと思える。しかし、渋谷に移動しながら夢を見るなんて可能なことなのか。それにしてはリアルだった。


 弦音は記憶を探るたびに首を傾げた。


「お兄ちゃん。朝ごはんだよお」


 そのときだつた。


 突然弦音の部屋の扉が開いた。二つ年下の妹・弓奈ゆみなだ。


 弦音は思わず枕を抱きしめてしまった。


「弓奈。ノックしろよ。ノック」


「うるさいわねえ。抱き枕しているお兄ちゃんにいわれたくないわよ」


 そう指摘された弦音は慌てて枕を下ろした。


「まあいいけど……。それより、早く朝ごはん食べなさいって……」


 そういいながら、弓奈は扉を閉めた。


「なんだよ。あいつ」


 弦音は自分の髪を掻きながら、ベッドを降りると壁に掛けられていた制服に手を伸ばした。


 その瞬間、すぐとなりにある本棚でなにかがうごめいている気配がした。


「ん?」


 弦音はそちらに視線を向ける。


「よいしょ。よいしょ」


 すると、弦音がいま読んでいるライトノベルの中から声を出しながらな平安貴族風の衣装を身にまとったものすごく小さい人間が現れたのだ。


 ラノベの本から這い出たそれは、大きく背伸びをして体操を始めている。


 

「ほほほほ。面白かったのお。これが現代の書物というやつかのお」



 その小さい平安貴族が愉快そうに笑いながらも、さっき出てきた本の隣にある本のほうへと歩き出す。


「どれどれ、これはどうかのう」



 その様子を弦音は何度も目をこすりながら見た。

 

 すると、その視線に気づいた小さい平安貴族が弦音のほうを振り返る。


「うわああああああ」


「ぎゃあああああああ」



平安貴族は烏帽子を浮かせながら飛び跳ね、弦音は後方へと倒れた。


お互いに悲鳴を上げる。


「お兄ちゃん。なに大声だしているのよ」


 その声を聞きつけた弓奈が顔を出す。


「いや、その……。そこに麿が……」


弦音は本棚のほうを指さす。



「麿?」


 弓奈がそちらに視線を向けると、目を細めて弦音を見た。


「なにわけのわからないこと言っているのよ。もう先食べちゃうわよ」


 弓奈はため息を漏らしながら、部屋を出ていった。


 弦音は放心状態のまま、弓奈の消えた扉と本棚にいる“麿”を交互に見ていた。


 “麿”もまた座り込んだ状態で弦音を見ていたが、なにか思い立ったように立ち上がった。


「ほほほほ。まろが見えるのかええ」


 そういいながに優雅に笑う。


「ほほほほ。なんかしらんが、お主の霊力向上しているではないか。なにがあったのかなお」


 “麿”は興味深げに弦音を見ている。


「なっなんだよ。え? ちっちゃいおじさん? えっ? えッ?」


 動揺しまくった弦音は言葉がうまく発せられずに、ほほほほと笑う“麿”を指さしたままだ。


「それはねえ。霊力が刺激されてアップしたから見えるようになったんだよ」


 すると今度は別の方向から声が聞こえてきた。


 振り返るとそこには、ナツキと呼ばれる少年の姿があったのだ。


「うわっ」


 声を挙げそうになった弦音の口元をナツキが塞ぐ。


「だめだよ。大声だしたら、変な人に思われちゃうよ」


 ナツキが無邪気な顔でいう。


「お兄ちゃん。なに独り言いっているのよ」


 再び弓奈が顔を出す。


「え? えっと、その……」


 弦音がナツキを見る。


「ああ、あの子には僕たちの姿見えないよ。完全に大きな独り言だと思っているみたいだ。一応、ごまかしておいたほうがいいよ。演劇の練習とか」


「えっと、実は……」


「どうでもいいわよ」


 弓奈は軽蔑するかのような視線を向けながら、その場を去っていった。


「ゆっ弓奈? おい。俺は変な兄ちゃんじゃないぞ」


「はははは。あの子もおもしろいねえ」


 そういいながら。ナツキが笑っている。


 弦音は妹に変な誤解をされたのではないかとガックリと肩を落とした。


「それよりもねえ。君に伝えたいことあるんだ。だから、今日の四時ぐらいに来てくれない?」


「はっ?」


「ここにきて」


 そういいながら、ナツキは一枚のメモを渡した。


 そこに書かれていたのは、山有高校の校門だった。


「なんでここに?」


 顔を上げたころにはナツキの姿はどこにもなかった。


「あれ ?」


 弦音は窓の外を見るが、少年の姿はどこにもない。


 ただ弦音の手に少年が渡したメモと本棚で佇む“麿”の姿だけだった。

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