4・メール

 渋谷での騒動が終息したのちに、かぐら骨董店へと戻った有川朝矢ありかわともやは、周囲に促されて、街頭テレビで歌を披露していた歌姫にメールすることにした。


 最初はそのつもりはなかったのだが、相手のほうから「役に立った?」とか「返事して」とかのメールはくるし、店長たちがしつこくいうものだから仕方なく返信するしかなかったのだ。


 すると、返信がすぐにくる。


『お前だなんて~♡愛美と呼んでよ~ん。と・も・や・♡えへっ♡』


そう書かれたメールの内容に朝矢は顔を歪めた。



「トモ兄。なんか不機嫌だねえ」


 それを見たナツキが怪訝そうに覗いている。


「別に機嫌悪くなってねえよ」


 朝矢はムッとしながらもメールを打ち込んでいる。


「めぐ姉ちゃんへの愛のメール?」


 言い終わるよりも早く、朝矢はナツキの頭を軽く叩いた。


「いたーい。突然なにするんだよお」


 ナツキは頭を押さえ口を尖らせながら朝矢を見上げる。


「だれがそんなメール送るかよ。ボケ」


 朝矢は再び携帯へ目線を落とした。


「じゃあ。どんな返信? 見せてよおお」


 ナツキは強引に携帯を奪いとる。


「おい。こらっ」


「えっと……。うーん。やっぱり愛のメールじゃん」


「どうしたら、そう見えるんだよ」


「めぐ姉ちゃんが見たら、ぜーんぶ愛のメールだもん」


 ナツキは朝矢のほうへ作成したばかりのメールを向けた。


『だれがよぶかよ。ボケ。仕事しろ。仕事』と書かれていた。


 どこをどうみたら、愛のメールになるんだとナツキを睨む。


 ナツキはただニヤニヤしている。


 確かにナツキの言う通りだろう。


 自分のどんな言葉だろうとも、彼女は喜ぶ。満面の笑みを浮かべながら、うれしそうに歌い踊る姿が目に浮かぶ。


 なぜ、そんなことになったのだろうかと朝矢は考える。


 いま、話題の歌姫・松澤愛桜まつざわあおの正体は朝矢の同郷の幼馴染み、松枝愛美まつえだめぐみだ。


 小学生時代からの同級生でそのころの彼女は、見るたびにオドオドしていた印象がある。とにかく、朝矢のことを苦手としていたはずだった。


 それなのに、いまとなってはしつこいぐらいに朝矢へ愛を語る。


 一応、有名人なんだから少しは自粛してもらいたいものだ。


 朝矢はため息を漏らした。


「それよりもナツキ。お前、あの杉原っていう高校生になにした?」


 朝矢はナツキに尋ねる。


「したよーん。僕の力わけちゃったーー♥️

 えへっ♥️ 」


 その言葉に店にいただれもがナツキをみる。


「おいおいおいーー。まじかっ?」


 最初に叫んだのは成都だった。


「本気? あなた、また………」


 桜花があきれかえる。


「てめえ。なに考えてんだよ」


 朝矢がナツキを睨み付ける。


 それにも介せず、ナツキは楽しそうに笑う。


「だってえ。あお姉ちゃんがいなくなってから、うちも人手不足だよーー。店員がこれだけじゃ、やってられないもーん」


「なんばいいよっとや! だからって、ど素人スカウトするつもりでおっとか?」


「えー。何て言っているかわからないよーー。とも兄、方言まるだしーー」


「だ~か~ら~」


「そのつもりだよ」


 別の方向から声がした。


 振り変えると、さっきまで店にいなかったはずの店長が相変わらずニコニコしながら立っていた。


「店長。お帰りなさい」


 桜花がいうと、店長がただいまと返答し、朝矢のほうへ視線を向ける。


「てめえ。どこ行っていた?」


 朝矢が眉間にシワを寄せながら、店長を見る。


「僕は尚孝のところだよ」


「芦屋さん?」


「そうだよ。ちょっと今回の件について情報をもらってきたんだよ。どうやら、あの子、秋月亮太郎くんは葉山麗の魂と面会したらしいよ」


「魂と面会? それって、あぶないことよね。その子、能力者じゃないんでしょ?」


 桜花の質問に店長はうなずく。


「そうだよ。おそらく、僕らの同業者によるものだね。魂と面会して無事でいられたということは相当の能力者だよ。僕の知る限りは一人しかいないけど」


 そういいながら、店長は朝矢を見る。


 朝矢は俯いた。


「同業者がやったのは、魂との面会までだと思うよ。そのあとに誰かが葉山麗の魂を江川樹里の中に入れたってところかな。その犯人はたぶんやつらだ」


「そうだな。“アヤカシ”化したのだから間違いねえ」


 そういいながら、朝矢は自分の胸元をにぎる。


「それはそうと、くそ店長。本気であの杉原ってやつを俺たちの仲間にするつもりか?」


「もちろんだよ。そのためにナツキが力をあたえた。そういうことでスカウト頼むよ。朝矢くん」


 そういいながら笑顔を浮かべる店長を朝矢は、うろんな顔で見た。











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