2・彼女への手向け
気づけば、そこは学校の塀の外側にある電柱の前にたたずんでいた。
なぜ自分がここにいるのかわからない。さっきまで学校にいて帰るところだったことは覚えているが、それからどうやってここまで来たのかも曖昧だった。
そんなこと考えることではない。いつものことだ。
当たり前すぎてここまでたどり着くまでの記憶なんてあるはずがない。ただいつものように朝になると一輪の花をもってこの場所で立ち止まるという日常的な行動をとったにすぎないのだろう。それなのに、なぜかここに来ていることに対する疑念を抱く。
何を気にしているのかとそれ以上深く考えずに、いつものように電信柱を向いて腰を下ろした。
ふとみるとそこには一論の花が枯れて横たわっている。
今朝はあんなにきれいに咲き誇っていたというのにすっかり花びらは茶色に変色しており、どうにか茎と繋がっている状態だ。もしも、亮太郎が手にふれようものならばたちまち粉々に崩れてしまうだろう。
亮太郎はしばらくじっと枯れたはなを見つめる。
今朝まで咲き誇ったは花。
それなのに夕方にはすっかりその姿を消す。
まるであの時の彼女のようだ。
亮太郎はやがて花をもつ。やはり、花びらは茎を残して地面に落ちた。
「
亮太郎は顔をあげる。そこには彼女の姿はない。
ずっとそこにいた。
たしかに彼女はそこにいたのだ。どこか悲しげに訴えかけるような目で見つめる彼女の姿があった。
「僕を許さないのか?」
亮太郎が電信柱に向かって語りかける。
「そういうことじゃない」
すると、電信柱とはまったく異なる方向から声がしてふりかえる。
そこには黒いフードつきのトレーナーを着た男がいた。その隣には人形を抱いた少女がいる。
「どういうことですか? もう、僕に彼女と会わせてくれないということですか?」
亮太郎は立ち上がると男に詰め寄る。
「もういいだろう? これ以上やったら、君がもっていかれてしまう」
「それでも彼女に……!」
そこまで言いかけた亮太郎はその男と視線が合う。黒い瞳は亮太郎の次の言葉を言わせなかった。
「ここまでよ。本当なら昨日の命日までだったんだけど、あなたが余計なことしたから、彼らにまで迷惑かけることになったわ」
男の代わりに少女が言った。果たして彼らとは誰のことなのか。
「まあ、結局高みの見物していたけどね」
そうつぶやくと、男はちらりと少女をみる。
亮太郎には何の話なのかまったく検討がつかなかった。
「とにかく、もうここに花を供えないでくれるかしら? ここには彼女はいないわ」
「いない?」
「そうよ。もういないの。黄泉の国にいって、もう輪廻の環にいるころよ。だから、ここで願わないでね」
亮太郎はうつむいた。
「忘れてね。もうあなたは前をむかないと」
亮太郎がはっと顔をあげると、そこには二人の姿はどこにもなかった。
「拝み屋さん?」
亮太郎は再び電信柱のほうを振り向く。
すると、そこには少女がひとり佇んでいた。
亮太郎は手を伸ばす。
けれど彼女の姿はかき消されていき、良太郎の手は宙をつかんだだけだった。
もう彼女はいない。
どこにもいないのだ。
「……ごめん……。……麗……」
亮太郎はそのまま泣き崩れる。
これは過ちだ。
己の過ちだ。
後悔してもしきれない。
彼女はもうここにはいない。
「ごめん。ごめん」
何度も何度も謝る。
でも、伝わることがないことは知っている。いくら花を飾ろうとも、もう戻ってこないのだ。
もうあの笑顔に会えないことを改めて知った。
──亮ちゃん
亮太郎は、はっとする。
顔をあげるとそこには麗の姿があった。
麗は笑っている。穏やかな笑顔を浮かべている。
「麗?」
──違うよ。私が弱かっただけだよ。だから、亮ちゃんが自分をせめることじゃないよ。だから、またね。
「え?」
──また、いつか会おうね。今度はちゃんと会いにいくから
「どういう……」
麗は亮太郎の疑問に答えることなく、消えていった。
亮太郎が彼女の消えた場所を手を伸ばした瞬間だった。
「あれ? 僕はなにをしていたんだろう?」
亮太郎はキョトンとした顔で周囲を見回す。そして、再び麗が死んだ場所に視線を向ける。
「そうか。もう二年なんだな。もうここに手向けるのはやめるよ。たぶん、もうここにはいないから……。またな、麗」
亮太郎は一輪花をそっと置くと、その場を離れていった。
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