3・歌姫の裏の顔

 テレビ局本社の控室の中、舞台衣装姿のまま、鏡の前で松澤愛桜まつざわあおが伏せっている。


「お疲れ様」


 彼女の伏せた頭の横にコーヒーを入れたカップが置かれた。松澤愛桜はカップを一度みたがすぐに顔を伏せる。


「あ~も~、疲れた~~。どうして、あれ歌うと疲れるのかしら」


「けど、よかったわ。街灯モニターにみんなくぎ付けだったわ。おかげで騒ぎは見事に収まったそうよ」



行慈ゆきじさんに褒められても~」


 彼女は伏せた状態で、すぐそばで立ったままでコーヒーを飲んでいる行慈と呼ばれる女性を見る。行慈は三十代後半ごろのボブカットの女性で今現在松澤愛桜のマネージャーをしている女性だ。


「だれに誉められたいのかしら? プロデューサー? それとも社長?」


 松澤愛桜は行慈の言葉に「いじわるなこといわないで」と睨みつける。


 知らぬ顔でお気に入りのカップに入ったコーヒーを飲む。


「本当にひどいわよ。もう少し私の気持ち考えてよね。本当にいやなマネージャー」


「そんなにふて腐れないの。せっかく有田焼のカップにコーヒー入れたのよ」


「そんなのしらなーい。どれも同じじゃないの」


「本当にそういうの興味ないわね」


 そういいながら、行慈は自分のもっている白いカップに描かれた花鳥図の色鮮やかな柄を感慨深く眺めている。



「これは柿右衛門よ。あの酒井田柿右衛門。そっちは青花ね。あなたにはぴったりだわ。“あお”だし」


「だから焼き物なんて興味ないわよ。そんな名前いわれても、さっぱりだってのっ」


 松澤愛桜はため息を漏らしながら自分の前に置かれた異人の絵が描かれたカップを見た。二人の異人が見つめ合っているそんなイラストが青い色彩で描かれているものだった。


「そうだ。今度。百貨店で陶磁器祭りがあるの」


 とにかく止まらない焼き物ネタにうんざりしながら、松澤愛桜は顎をテーブルにつける。


「こないかなあ」


「聞いている? ねえ」


 このマネージャーの趣味に付き合ってられない。とにかく私は疲れたのだ。そのまま休ませてほしい 気分だ。


 うなだれていると突然テーブルに置いていた携帯がなる。


 彼女はやる気の無さそうに携帯画面を見ていたが、着信相手を見るなり顔をあげながら携帯に食いついた。



「きたー。きたわよ。行慈さん」


 彼女は目を輝かせる。頬は高揚し、テンションが異様に高くなる。その声に行慈は趣味の話をやめざるおえなくなる。


愛美めぐみちゃん。そんな大声だすと外に響くわよ」


 そんな行慈の声など聴こえない様子に立ち上がるなり、くるくると回りながら踊り始め、最終的に携帯にキスをする。そのテンションの高さに行慈はあきれかえる。


 ちなみに愛美というのは松澤愛桜のことだ。


 本名は松枝愛美まつえだめぐみというのだが、松澤愛桜として歌手デビューしている。


「出番までには落ち着くでしょ。プロですものね」と行慈は異様にはしゃいでいる彼女をとりあえず見守ることにし、再びお気に入りのカップを眺め始めた。



 彼女はワクワクと胸を躍らせながら携帯のメールを開く。


『おまえのおかげでどうにか解決した』


「お前だなんて~♡ 愛美と呼んでよ~ん。と・も・や・♡ えへっ♡」


 そんなことを嬉しそうにいっている。その妙なテンションに行慈はカップを落としそうになるがすぐに落とすまいと掴む。少々コーヒーは零れはしたものの無事だったことにほっとする。


 いつものことだから、彼女は相手にそのままの文章を送り付けたに違いない。


 それを見たメールの返信相手がゆがんでいることが想像できる。


 その相手は行慈も知っている人物だったからだ。彼女の同郷の幼なじみであり、想い人でもある有川朝矢ありかわともやという青年。


 幼いころから彼女は思っており、何度となくアピールをしまくっているにも関わらずに毎回あしらわれている。


 少しかわいそうな気もするが彼女はまったくめげていない。それどころか、どんなに悪態つかれようとも都合のいいように解釈するというとにかくポジティブな思考の持ち主だ。


 ある意味健気すぎる彼女が報われる日がくることを行慈としては願ってはいる。


「松澤愛桜さん。出番ですよ」


 部屋がノックされスタッフが顔を出す。


 そのころには、彼女のテンションは元に戻り、“松枝愛美まつえだめぐみ”という名の田舎娘から“松澤愛桜まつざわあお”という名のプロの歌手へと変わる。


「いまからいきます」

 

 先ほどのキャビキャビした雰囲気はなりを潜め。プロの顔になった彼女は楽屋の手で入り口のほうへと歩き始める。


「マネージャーさん。いいパフォーマンスをするわ。みんなに歌を届けないとね」


「期待しているわ」


 そして、彼女たちはが楽屋をあとにした。






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