7・助けたいのに……
「助けて」
樹里の声が聞こえる。いつもの活発な彼女の声は弱々しく不安に満ちているのが分かる。弦音の目の前にいる彼女は巨大な化物花が張り巡らした蔓が巻き付かれて、その姿が蔓に覆い隠されようとしている。
「江川!」
弦音は叫びながら、化け物花のほうへと駆け出した。
このままではだめだ。
このまま飲み込まれてしまったならば、もう二度と彼女に会えなくなるかもしれない。そんな不安が弦音の足を進めさせている。
樹里の顔はすでに埋もれてしまっていた。
腕だけが必死に逃れようと伸ばしている。
その手を捕まえようとして、弦音も手を伸ばしてみるがまったく届かない。それどころか蔓が弦音の腕に絡みついてきた。
蔓はすぐさま弦音を捕らえようと襲い掛かってくる。
死
なぜかその言葉が脳裏によぎる。
その蔓に捕まったら、自分の生命が奪われてしまうのではないかという恐怖にかられてしまった。
弦音は思わず後ずさる。それでも蔓を見て、手だけがかすかに見える樹里を見上げる。
「助けて」
彼女の声が聞こえる。助けを求める声。
助けたい。
たすけないといけない。
そう思うのに足が動かない。
救えない。
彼女が助けを求めているのに救えない。
それよりも自分が絞殺されてしまうのではないかという不安が過る。
「うわわわわわ」
蔓が迫ってくる。弦音は思わず断末魔の叫びをあげる。
同時にバイクのエンジン音が弦音の耳に飛び込んでくる。
その音はあっという間に自分のすぐ目の前まで近づいてきた。
同時に弦音の視界に入ってきたバイクが、自分に襲い掛かろうとしていて蔓に体当たりしている。
すると、蔓はちぎれて地面に落ちていき、砂となって消え去っていくのが見えた。
化け物花が悲鳴を上げている。
その声が鼓膜を破裂させるかのように響く。
聞き覚えのない声だが少女の声だと思った。
バイクが急ブレーキをかけると、花のほうへと向ける。
「有川さん?」
バイクに乗っていたライダーがヘルメットを取ると、それを投げ捨てる。
蔓が彼へと襲い掛かっていく。無数の蔓。
彼が手を振ると、蔓が切り裂かれていき地面に散らばる。
いつの間にか、彼の両手には二本の刀が握られていた。
どこから出したというのだろうか。
一瞬とはいえ、刀らしきものはなかったはずだ。
愕然としながらも、弦音の思考がせわしくかけめくっていく。
「邪魔するな」
花から声が漏れる。どす黒く憎悪に満ちた少女の声。
樹里ではない。聞いたことのない声は、もう少し幼い感じがする。
本体が彼を見ている。
蔓がうねりながら彼へと延びていく。
「トモ兄。向こうは大丈夫みたいだよ」
すぐそばから声がした。
弦音が振り返ると、子供がすぐそばにいた。
弦音はぎょっとする。
「だろうな。シゲが向かったんだ。しくじるわけがない」
「そうだね。トモ兄もがんばれーー」
子どもがのんびりした口調でいいながら、化け物を見上げる。
「うるせえ。とにかく、そいつを頼む」
「いいよ。そういうことで、お兄ちゃん、逃げるよ」
「え?え?でも……」
子どもが弦音の裾を引っ張る。
「だめだよ。凡人がここにいても邪魔になるだけだよ。ほーら、安全なエリアに避難しないと」
「けど……。というか、君だれ?」
子どもがなにか含んだような笑顔を浮かべる。
「僕はナツキだよ」
「ナツキ?」
「そう。僕はかぐら骨董店のナツキ」
意味が分からない。
かぐら骨董店?
それは何なのか。
名前の意味そのものと考えることが妥当なのだろう。
けれど、弦音にはこの少年が不思議でならなかった。
いまはどうでもいい話だ。
それよりも大事なことがある。
「そんなことできない。あそこには、あの中に江川がいるんだ。助けを求めている」
樹里がいる。
あの中に彼女がいるのだ。
助けを求めた。
自分に助けを……。
弦音は子供を振り切って、化け物へと駆け出そうとした。
しかし、蔓がそれを阻もうと襲い掛かる。
こんなものに邪魔されるか。
問答無用。
どうなってもいい覚悟で突っ込もうとする。
「お兄ちゃんじゃ、敵わないよ」
蔓が弦音に絡みつこうとする。
すると、ナツキと呼ばれた子供が自分ち蔓の間に割り込むなり、もっていたバットで蔓を思いっきりなぐった。その瞬間、蔓が怖気づいたように遠ざかっていく。
「うーん。僕じゃ追い払うことがせいぜいなんだよね」
ナツキが言った通り、蔓が再び迫ってくる。
「トモ兄、きりがないよ。早くやっちゃって……」
「ダメだ。あの中には江川が……」
「お前。ごちゃごちゃ、うるせえよ」
朝矢は蔓を蹴散らしていく。
「ようするにその江川ってやつを助ければいいんだろう? 野風、飛べ」
直後、右に握り締められていた刀が狼の姿へと変わる。
それは弦音の眼にもはっきりと移った。
朝矢がその背中に乗ると、狼が蔓の上へと飛び上がる。
そのまま、花のほうへと駆けのぼっていった。
「なっ……なんだよ。これ?」
「あれはね。トモ兄のお供だよ」
「はい?」
子供が無邪気に笑う。
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