6・出逢いのころ
杉原弦音が、江川樹里とはじめてあったのは入学式の日。もう一年以上も昔の話になるが、桜の開花がはやすぎていたために、入学式のころにはすっかり花が散り、青葉も出始めていた。校舎へ続く坂道に連なる桜並木。彼女がそれをみながらつまらなそうな顔をしてことを覚えている。
「入学式から何辛気くさい顔しているんだ?」
あまりにもつまらなそうに顔をしていたので、まだ名前すら知らなかった彼女に思わず声をかけてしまった。
樹里はハッと弦音のそうを振り返り不機嫌な顔をした。
「あっ、ごめん。ただ寂しそうな顔をしていたからどうしてだろうと思ってさ……」
弦音はうつむきかげんで彼女をみた。
すると、キョトンとしたかと思うと突然笑いだしたのだ。
「なんで笑うんだよ」
「ごめん。ごめん。あなたが変にしょんぼりしちゃったからおかしくて……」
「ひでえなあ! せっかく心配してやったのにさ」
弦音はそっぽをむく。
「ごめん。せっかく心配してくれたのに笑ったりして悪かったわ」
「別にいいけどさ。でも、なんでそんなに寂しそうな顔をしたんだ?」
樹里は、そうねとすでに裸になってしまっている桜の木を眺めた。
「ただ桜がもう散ってしまっているから残念だなあと思ったのよ」
風が吹く。
心地よい風が彼女のポニーテールを揺らしている。
その横顔をみていた弦音は、かわいい子だなあと思った。
ドキドキする。
胸が熱くなる。
ずっと、見ていたい気がした。
「ほら、入学式といえば桜でしょう? やっぱり、桜吹雪のなかで新しい制服きて入学したいじゃない。そうおもわない?」
確かに間違いじゃない。
4月が入学式だという日本の風習と春にほんの二週間ほどで散ってしまう桜の花は、セットになっているイメージがある。
桜の下で入学式の写真を撮るというのも絵にもなる。
弦音もわからなくはない。
しかし、いまの日本ではなかなか入学式の時期に桜満開の可能性は低く、大概散ってしまっている。
「でも、仕方ないかあ。自然現象なんだからどーにもできないわよねえ」
彼女はため息をもらした。
「きみは桜が好きなのか?」
「うん。桜だけじゃないわ。花ならなんでもすきよ」
そういって笑う。
やっぱりかわいい。
弦音の一目惚れだった。
そして、偶然にも一年も二年も同じクラスになり話す機会が多かった。
だけど、樹里とは同じクラスの友人にすぎず、何の発展もないまま月日が流れていった。
「……ということで、杉原君と江川さんで決定でーす」
文化祭実行委員の選出されたのは1学期が終わることだった。だれも立候補者がいなかったためにくじ引きということになったのだ。
大きく『あたり』という文字を見た瞬間、この世の終わりかというぐらいに堕落した気分になった。
けれど、それもつかの間。
もう一人の実行委員が彼女だと聞いた瞬間に地獄から天国へと舞い上がった気分になってしまったのだ。もちろん、それを表に出すことはなかった。
「面倒だわ。しかも杉原とだなんて……」
そんな弦音の気持ちも知らずに、彼女の悪態には正直、心にぐさりと刺さる。
「そ……そんな言い方ひどくねえ」
「だって、杉原ってたよりないもの」
「樹里。そんなことないと思うわよ。一応、男の子だし……」
「一応はないよね。西岡……。フォローになってねえ」
「一応はいちおうよ」
そういいながら、麻美は弦音のほうへ近づくと耳打ちをする。
「もう少し、男にならないとね。そうでないと、振り向いてくれないぞ」
頼りにならない人間。
その自覚はある。部活にしてもそうだ。
弓道部の部長なんてしているが、ただ三年生が引退して二年が自分しかいないというだけだ。的にもイマイチ当たらないし、後輩に教えようにもうまく教えることができない。
「先輩が外すんだから、僕らが届かないのも当たり前だよねえ」
一年の皮肉めいた言葉が耳に痛い。
好きな子ができてもどうも空回り。
素直な言葉を伝えたとしても、もしかしたらまったく相手にされないのではないかとか、ふられて友達の関係が壊れてしまうかもしれない。そんなネガティブな思考だけが出てくるものだから、弦音は気持ちを伝えられずにいた。
友人たちから、早く告白しろなんて囃し立てられたりもするのだが、その勇気がない状態だ。
だから、いつまでたっても弦音の手は彼女に届くことはない。それがわかっていながらも、弦音はなかなか勇気が出せないでいる。
「助けて……」
弦音はその声にはっとする。
彼女の声だ。
彼女の助けを求める声が、いま弦音の目の前にいる巨大な化け物花の中から聞こえるのであった。
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