8・花のトゲ

 どうしてこんなところに花が置かれているのだろう。


 江川樹里が最初に花束が置かれていることに気づいたのは、高校一年生になってすぐのころのことだった。


 なぜなら、高校に入ってからその中学の前を通るようなったからだ。


 通学路の途中に中学校の裏側の塀にある電信柱。それによりかからようにして花束が飾られていた。


 なぜ、こんなところに置いてあるのだろうと疑問に想いながらも、樹里は通りすぎていった。


 それから一ヶ月後。


 また、花束が置かれている。



 それは毎月同じ日に続いた。


 見るたびにどうしてなのかと疑問に思うのに、学校につくころには忘れてしまうためにだれかに聞けずにいたのだ。


 そんなある日、偶然通りかかった男性が教えてくれた。


 その中学で飛び降り自殺をしたのだというのだ。しかも、花束の置かれた日に自殺。それを聞いたとき、樹里はこれがだれかが月命日として置いていることを理解した。だけど、だれが毎月置いているのかはわからない。


 毎月、律儀に置くのは自殺した彼女の家族かもしれないし、恋人かもしれない。様々な想像が思い付く。


 なんとなく、自分なりに納得すると樹里は、さほど気にしなくなっていた。それからしばらくすると花束の存在も忘れて月命日など意識しなくなっていた。


 それから、どれくらいたったのかわからないが、ある日突然樹里のほうへとその存在が飛び込んだきた。


 それは雨の朝。


 樹里は車の水跳ねによって、制服が濡れたことに困惑していると視界に入ってきたのだ。


 たった一輪の真っ赤な花が添えられているだけだった。


 どうしてなのだろうか。


 どうして一輪だけ?


 樹里は腰を下ろしてそれを見つめる。



 どこか寂しげではかない。


 そこでようやく思い出す。以前もみたのだ。そのときは花束だった。それなのにいまは一輪の花だけが飾られている。


 だからこそ、寂しく感じたのだ。


 だからこそ、その存在感を増す。


 樹里はなんとなくそれを手にとって自分のほうへと寄せた。


 でも


 きれい


 まるで心が吸い込まれてしまいそうな感覚。


 チクリ


 そのとき、指に痛みが走った。


 棘に刺さったのだ。


 血がにじむ。


 彼女は急いで絆創膏をバックから取り出そうとしたとき、ふいに立ち眩みがした。


 同時になにかが圧し掛かったような感覚を覚えた。


 なんだろう。


 重みが増す。


 押しつぶされそうな重み


 ―─頂戴……


 声がした。女の子の声だ


 ―─ううん。いただくわ。あなたの体


 なにかが体を縛り付けてくる。


 はっとした瞬間


 それはバラだった。


 バラの蔓が彼女の体に巻き付いていたのだ。


 何?


 わけがわからない


 体にまきついてまったくというほど身動きがとれない。


 ただ声が聞こえる


 女の子の声


 なにかの咆哮


 悲鳴


 どよめき


 さまざまな負の声が彼女の耳に響く。


 その中で男の子の声が聞こえた。


 ―─江川


 聞き覚えのある声だ。


 ―─江川


 また呼んだ。


 切羽詰まったような声で何度も読んでいる。


 彼女の視界が広がっていく。


 彼女の視界を覆い隠していた蔦が一瞬開け、見覚えのある少年の姿があった。


 杉原……


 同級生の杉原弦音だ。


 彼が必死に叫んでいる。


「助けて……杉原……」


 樹里は声を必死に出そうとするも、蔓がからだ全身に絡み付いて、声さえも奪われていく。

 どうにか出した声は心もとない。


 杉原弦音の姿が見えるのに、必死に自分を助けようと手を伸ばしているというのに樹里の手はまったく届かない。


 助けて


 彼女は叫ぶ。でも、声は届かない。


 やがて彼女の視線から弦音の姿は消え、同時に真っ暗になってしまった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る