7・彼女は何処へ

弦音は走っていた。


窓ガラスを割って病室から飛び降りた樹里。


一度その窓から地面の方をみると倒れていてもおかしくな樹里の姿がなかった。視線を遠くに向けると、三階の窓から飛び降りたとは思えないほどに軽やかな足取りでかけていく寝間着姿の少女の後ろ姿があったのだ。


それを見た瞬間に弦音は、すぐさま病室を駆け出した。


「こらっ。どこへいく」


そういって自分を止めようとする警察官を降りきった彼は急いで非常階段を降り、病院を飛び出したのだ。


 いったい、どこへいったのか。


病院の敷地を出て道路へと差し掛かったときには彼女の姿はどこにもなかった。


 いったいどこへいったというのか。


弦音には皆目検討もつかない。



どうしたらいいのか。


ただ弦音の脳裏には樹里の顔が浮かぶ。


怒った顔。


笑った顔。


横顔も振り向いた時の顔。


どんな表情もいとおしい。


それなのに、彼女が急に遠い存在になったような気がした。もしも、そのまま見つからなかったら、一生会えないかもしれないという不安が弦音を焦らせる。



「杉原くん。まってよ」


 どうしたものかと考えを巡らせていると背後から声がした。


振り返ると麻美が駆け寄ってくる姿が見える。どうやら、追いかけてきたらしい。


「西岡……」


 麻美は弦音のそばまでくると、両ひざに両手をそえ、頭を下げた状態で乱れた息を整える。



「一人で突っ走るのはやめてよ。心配なのは私も同じよ。もう、どれだけゾッコンなのよ」



顔をあげた麻美はあきれたように言った。


「え? えっと、そっそんなんじゃない」


たちまち弦音の顔が赤くなり、オドオドしはじめる。


正直、弦音は自覚している。初めて会った入学式の日から可愛い女の子だと思った。いわゆる一目惚れだ。だけど、誰かに指摘されると反射的に否定してしまう。どうも、その手に関しては素直になれない自分がいるのだ。


「わかりやすっ……なのにあの子は鈍い。かわいそうなこと」


「なっなんだよ。なにが言いたいんだよ」



「それは置いといて、闇雲に探しても見つからないわよ。たぶん……」



「だったら、どうしたら……」


「もしかしたら……」


「どうした?」


「渋谷……」


「え?」


「渋谷かもしれないわ。確か、園田先輩って渋谷でバイトしているし、よく行くのよ。でも、家に帰った可能性もあるけど……」


「渋谷。わかった」


「待って」


 弦音が走り出そうとすると、麻美が腕を掴んだ。



「なんだよ。さっきから……」


「一回病院に戻ろう。もしかしたら……」




「そんなことやってられるかよ。江川がおかしいんだよ。どうにかしないと」


もしかしたら、病院に帰ってきているかもしれない。そんな期待もなくはないが、待っていることなど弦音にはできなかった。


なにかが起こる前に、彼女がいなくなる前に、助けなければならないのだ。


そんな思いが弦音を走らせる。





「ちょっ……」


 再び走り出した弦音の背中に向かって手を伸ばしたものの、追いかけようとはしなかった。


止めても無駄だとわかっていたからだ。


「本当に早いわよね。杉原って……。もう仕方ないわ」


 麻美はあっという間に小さくなった少年の姿を見送ると、踵を返し病院のほうへと駆け戻った。


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