6・割れた窓ガラスの残骸
尚孝は店を出るとすぐに病院へと向かうことにした。
先ほどいた店から車で十分足らずの場所にあるそこそこ大きな病院。その広い駐車場には何台かの警察車両が止まっている。最初は正面玄関のロータリーに停めていたのだが、尚孝がいない間に移動したようだ。
尚孝はそれにならって駐車場に車を停めて駆け足で病院の中へと入り、江川樹里が入院しているはずの三階へと向かった。
彼女のいるはずの病室の前には何事かと入院患者らしきひとたちがたむろっている。それを看護師たちが部屋に戻るようにいいつけている姿が見えた。
尚孝は自分たちの病室へと戻っていく患者たちが「突然ガラスがわれたそうよ」や「女の子が飛び降りたらしい」などの会話を聞きながらも、彼女のいる病室へ向かう。
江川樹里の母親が刑事に付き添われるように出てくると、廊下のベンチに座らせているところが見えた。
「芦屋刑事」
彼女を座らせた刑事は尚孝に気づいて近づいてくる。
「窓ガラスを割って、出ていったようです」
その刑事、柿原はそう説明しながら病室のほうへと案内する。
病室に入る前にベンチに座らされている江川樹里の母親をみる。彼女は事態がまったく把握していないらしく、放心状態になっていた。
当然の反応だ。娘が障害事件を起こした上に脱走したのだ。現実を受け入れられるはずがない。
尚孝が病室に入ると風が吹き抜けていくのを感じた。真っ正面の窓。カーテンが揺れる。床は太陽の光に照らされてキラキラと輝いている。それはガラスが散乱していることを意味していた。
尚孝は割れた窓ガラスから外を見る。
ここは三階だ。
窓の外から下を覗くとそこはアスファルトの駐車場になっており、窓から飛び降りるとなると、女子高生の体格だと無傷ではすまないはずだ。
そ れなのに三階の窓から飛び降りた彼女は、突然走り出した。その早差は並みの人間の速度ではない。オリンピック選手にでもなれそうな速さでかけていく彼女にだれもが呆然としていた。
もちろん、柿原は江川樹里がどのような人間なのか尋ねた。母親はそんな子じゃないとばかりいうものだから、どうも要領を得なかった。だから、彼女を心配してやってきていた同級生たちに尋ねた。そのうちの一人はいつの間にかいなくなっていたが、もう一人の彼女の親友だという西岡麻美には聞くことができた。
麻美は「樹里は短距離走も長距離走も平均なんです。早くはないはずです。すみません!杉原くん追いかけます」といって、杉原弦音を追いかけていった。
「 ……ということなんですよ。すごく青春という感じですね」
「おまえ、ふざけている場合か。俺が聞きたいのはそういうことではない」
「あっそうです。そうです」
柿原は慌てて頭を下げる。
「それで、これってどういうことなんでしょうか?」
「柿原。さっきまで俺がどこにいっていたかわかるな?」
「はい。“祓い屋”ですよね? 現場にいたんでしょ? “祓い屋”が……」
「ああ、だから、ある程度の話は聞いてきた。おそらく、これは“祓い”の領域だな。“祓い屋”は言っていた。江川樹里はなりかけているかもしれないとな」
「なりかけている? もしかして!?」
「そうだ。“鬼”の手前、“アヤカシ”にな」
尚孝はもう一度ガラスのほうを見た。
不自然に割れたガラス。人の手で割られたにしては粉々に砕けている。別の力が働いたとしか思えない。
「確証はない。だが、なにかしろの気配は残っているかもしれん。柿原。観察してみてくれないか?」
「はい」
柿原と呼ばれた部下は窓ガラスのほうへと近づくと、じっとそれを凝視した。
その間に放心状態で窓ガラスを見つめる少年のほうを見る。
「さてと、秋月くんだったな。君はこの事態に心当たりがあるようだが、話を聞かせてもらえるか?」
少年は顔をあげて尚孝を見た。
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