12・狂気の瞳(3)

「有川さん?」


弦音がみたのは、異形の姿に変貌した樹里の尖った爪が朝矢の腕に食い込んでいる姿だった。


 朝矢は腕の痛みに耐えながら、樹里を睨み付ける。

 

「邪魔するな」

 

腕に食い込んでいないほうの腕を振り上げるも、朝矢は即座に自由になっている手でつかみ取る。

 

 彼女の目が大きく見開き。


「あのバカ店長め。聞いてねえぞ」


 朝矢は愚痴りながら、彼女の腕を引っ張り、地面に背中からたたきつけた。直後、彼女にまとわりついていた緑色が徐々に消えていき、ひどく伸びていた緑の爪も短くなっていく。


 見開いていた目は少しずつ閉ざされ、そのまま動きを止めた。


「いててて」


 朝矢は痛む腕を支えながら、起き上がった。


「大丈夫か?」


座り込んで放心状態になっている園田のほうを振り返る。



園田はガクガクと体を震わせながら、朝矢の腕を見る。


こんなものは大したことないのだと朝矢は患部を抑えて止血した。



 弦音もようやく我に返ると、ぐったりと倒れている樹里のほうへと駆け寄った。


 彼女の顔色は戻っている。


 穏やかな表情をして、ただ眠っているだけのようだ。


弦音はホッとする。


その一方で先程みた光景を思い浮かべた。


 いったい何が起こったというのだろうか。


 先ほどの樹里の姿。


 あれは別人。


 いや人ですらなかったように思える。


「江川。おい。江川」


 弦音の声にようやく我に返った麻美が戸惑いながらも友人の元へ近づく。


「……樹里……」


 どうしていいのかわからない様子だ。


 突然の事態。


 把握しきれないのは弦音だけではない。そこで目撃しただれもが事態の把握ができずに狼狽している。


 そんな中、冷静なのは朝矢だけだった。



 朝矢はどこかに電話をしている。


 彼のそばで腰を抜かしたままでいる園田先輩の顔には血の気がない。


 目を見開いたままで眼球のみが小刻みに揺れ、気を失っている樹里を見ている。


「何なのよ」


 いつもの園田ではなかった。その声は震え、怒声のようにも聞こえてくる。


「知らない。私、なにもしらない。なに?あの子はなに?」


 園田は樹里を指さす。


「園田先輩。江川は……」


 弦音はなにかをいおうとした。なにか言いたいと思った。けれど、なにをいえばいいのかわからなかった。


 彼女のいいたいことがわかるからだ。


 あれは何なのか。


 異形のもの。


 それに変化しようとしたとしか思えない。


「なによ。なによ。なんなのよ」


 園田はヒステリックになっていく。


「うるせえ。つうか、いつまでそうしているんだよ」


 突然、朝矢が園田の身体を抱えて立たせた。

 園田はハッとし、朝矢を見る。


「いやっ」


 園田は朝矢の身体を両手で押さえつけた。


 朝矢はバランスを崩しそうになり、後ろへと後退する。その直後、園田は走り出した。


思いっきり叩きつけられているために激しく痛むはずなのに園田の足は早い。



痛みよりも恐怖が勝っているということだ。


「先輩」


 止める間もない。


 朝矢の口が動く。なにかをだれかに言っているようだが、まったく聞き取れなかった。


 朝矢は弦音たちのほうを振り返る。


「お前たちは平気なのか?」


「はい?」


 弦音と麻美はお互いに顔を合わせる。


 平気というわけではない。


 彼女ら襲われそうになった園田とは違い、どちらかというと第三者に過ぎない弦音たちはパニックを起こすに至らなかっただけだ。


「まあいい。とにかく……」


 朝矢は気を失っている樹里を抱え上げた。


「あっ」


 弦音は声を上げる。


「とにかく、保健室につれていこう。話はそれからだ」


「あっ、はい」


 ようやく我にかえった麻美が立ち上がった。


「こっちです」


 麻美が案内するようだ。


 朝矢の視線は、麻美からいまだに茫然と座り込んでいる秋月のほうへと向けてられている。


「……レイ……」


秋月のつぶやきは、弦音の耳にも届いていた。


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