4・骨董店でのひと時

1・レトロな店



 日がもう傾きかけた時間。帰宅ダッシュの時間ということもあるレトロな街並みの通りもサラリーマンや学生たちの行きかう姿が見受けられる。外国からの観光客らしき人たちが母国語でなにやら楽しそうに話す姿。


 ただのんびりとした夕暮れ時を過ごす人々たちを横目で朝矢はひたすら目的地へと歩いていく。


 その足元には追従するかのように白く大きな狼の姿がある。


 日本ではめったに見ない狼が町中で歩いているのならば、周囲が注目するはずなのだが、あいにくその狼は徒人には見えない。


 なにせそれは霊域に住まう存在だからだ。

 霊域というものは、幽霊や妖怪といった類が存在する領域である。


 その領域は普通の人間には見ることも聞くこともできないもので、ある程度以上の霊力を持ちあわせていることが必要だ。


 

 朝矢もまた霊域が見れるほどの霊力をもっているということになる。


『しかし、どうするつもりだ?』


 白い狼が朝矢を見上げながら尋ねる。


「さあな。とにかくあのバカ店長に文句ひとつ言わねえと気が済まない」


 朝矢は大通りを抜けてビルの間の路地へと曲がる。


『それはもしかしたら、此度のことは知らぬやもしれぬぞ』


「いいや、知らないはずはないさ」


 車一台通れるほどの道幅の道路には大通りとは違い人気が少なく、帰宅途中のサラリーマンや学生とすれ違うばかりだった。


彼らは朝矢の独り言など気に留めることもなく、さっさと先ほど自分が出てきた駅へと向かって歩いていく。


『どうしてそう言い切れる?』


「あいつは底が知れねえからだ」


 しばらく歩いていくと十階建てのマンション。そのすぐ前に古民家風の一軒家がひとつある。


 一軒家の玄関はガラス張り。そこに掲げられた少し古びた木造の看板には『かぐら骨董店』という文字が書かれていた。


 朝矢は白い狼と話ながら何の躊躇もなく、閉ざされていた古民家の玄関の引き戸を開く。


 だれかがきたことを店内に知らせるために扉の上の方に取り付けられた鈴がチリンと音をたてる。


「おかえりいいいいい」

 

同時に朝矢が入ってくるのを待ち構えていたかのように一人の子供が飛び付いてきたのだ。


逃げる暇もなく、子供が朝矢の首に腕を巻き付かせてきたのだ。


「朝矢兄。お帰り」


 10歳ぐらいの少年が目をキラキラさせながら見上げているが、朝矢のほうはうざそうに顔を歪める。



「おもっ。離れろよ」


 朝矢は子供を強引に自分の体に飛び付いた子供を体から剥がす。


 両腕で体を捕まれて、床に下ろされる子供のほうは楽しそうにキャッキャと笑っている。その様子に朝矢は眉間にシワを寄せる。


「朝兄いい、遊ぼう。遊ぼうよーー」



そういいながら、子供は朝矢の前でピョンピョンと跳び跳ねる。


「店長は?」


 それを無視して、店内を見回しながら質問する。


 店にはさまざまな骨董品がある。


 土器や陶器、人形・仏像・鏡など年期の入った品々。


 レトロな壁時計に鏡。


 どれもが年期の入った品々の中、レジ付近にはまだ真新しいアクセサリーなどの品々。


「とうさんなら出かけているよ」


「はっ? またかよ」


「そのとおりよ。まったく、うちの店長の放浪癖どうにかできないのかしら」


 子どもの背後から一人の女性が現れた。


 朝矢と同じ年頃の二十歳前後。


 セミロングの髪。桃色縁の眼鏡。


 その奥に浮かぶ眼差しは意志の強さを匂わせている。


「いたのか。委員長」


「その呼び方やめてよね。有川。いつの話よ」


 委員長と呼ばれた女・澤村桜花さわむらおうかはムッとする。


「まあいいわ。仕事は終わったの?」


「ああ。一応な」


「朝矢兄。遊ぼうよ」


 子どもが朝矢の腕を掴むが、それを軽く払う。子供は頬を膨らます。


 横目で見た朝矢はため息を漏らすと、子供の頭を優しく撫でる。


「あとで遊んでやるから、いまは野風に遊んでもらえ」


 子どもの視線は、彼の隣にいた白い狼のほうへと注がれる。


「わかった。野風で許す」


 そういうと、野風に抱き着いた。


「野風。遊ぼう」


「仕方のない子だ。乗れ」

「わーい」


 野風は子供を乗せると店内を走り始めた。


「野風。品物壊さないでね」


「わかっている」


「わーい。わーい。お馬さん。お馬さん」


 子どもが無邪気に笑う。


「のんきだな。ナツキも」


「当たり前でしょ。一応、子供だもの」


「……」


「それよりも帰って早々、店長を探すってことは、なにかあったということね」


「ああ。別の問題が発生した」


「別の問題? 弓道場の怪異だけじゃなかったのね。また余計なものに首突っ込んだの?  あんた……」


「別に首突っ込んだわけじゃねえ。たまたまだ。それよりもあのバカ。いつ戻ってくるんだ?」


「電話。かけてみれば?」


「何度もかけたよ。けど、まったく出やがらねえ」


「まあ。いつものことね。何のためにケータイ持っているのかわからないわ」


「とうさん。機械オンチだから」


 ナツキが野風と遊びながら、口をはさむ。


「機械オンチでも、電話ぐらいとれるだろう! どこの年寄りだよ!」


「うーん。僕でもできるぐらいだもん。とうさんなら簡単なはずだよねえ」


ナツキと呼ばれた子どもは無邪気にいいながら、野風の毛をなで回す。


「まあいい。とりあえず……」


「あの人に連絡したわけね」


そういいながら、桜花の視線が入り口のほうへと注がれる。


「ん?」


 チリン


それに釣られて振り向くと、鈴の音ともに入り口の扉が開く。


 同時に一人の男が姿を現した。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る