2・平凡は一時

男は二十代後半ほどで、朝矢よりも少し身長が低いぐらい。黒い背広をきており、黒い髪は後ろに流して額を見せている。



「いらっしゃいませ」



「あっ、わざわざ来てくれたのか。芦屋さん」


「くるさ。電話だけではイマイチ把握できない。それにあまり聞かれたくもないならな」


 そういいながら、黒い背広を着た男──芦屋尚孝あしやなおたかはサングラスを取りテーブルに置く。そのまま、椅子に座ると紫色の瞳を朝矢のほうに向けられた。


「なにか飲みますか?」


桜花は尋ねた。


「じゃあ、コーヒーを頼むよ」


「わかりました」


「おい。澤村。俺も……」


「自分で入れなさいよ。バカ」


朝矢がいうと間髪いれずに断られてしまった。



「ちっ、かわいくねえ」


朝矢はどうして芦屋さんにはよくて俺はだめなんだとブツブツいいながら、尚孝の前に座り頬杖をついた。


「相変わらずだな。幼馴染みだっけ?」


「そうだ。ガキんとき、家が近所だったんだよ。つうか、あんたも知ってることだろう」


今さらなにを確認しようというんだといわんばかりに朝矢は眉を歪めた。


「確かに知ってるよ。君たちとは田舎にいたときから知っているからな。でも、ただの幼馴染みなのか?」



「はあ? なにいっているんだよ。それ以外のなにものでもねえよ。それにこいつ、付き合ってるやついるし……」


「付き合っているやつ? 」


「芦屋さんもあったことあるだろう。 忘れたのか? ボケ」


「ああ、あの関西弁の子か。じゃあ、もうひとりの……」


「ねえよ! 論外だ」


朝矢の即答に尚孝は苦笑する。


「ハクシュン」


 そのとき、背後からくしゃみが聞こえ来た。振り返ると、朝矢の同世代らしい男が鼻をさすっている。


 扉が開いたら鳴るはずの鈴の音がまったくしなかったにも関わらず、自分のすぐ後ろにいたことに尚孝はぎょっとする。しかし、すぐにその理由を察して冷静になる。


「よっ。トモ」


 彼は左手で鼻をさすり、右手を軽く上げるた。


「いつから、そこにいた? シゲ」


 朝矢は突然現れた友人の高柳成都たかやなぎしげとに驚くことなく、平然と尋ねた。


「さっき、帰ってきたんや」


「また、山男使ったな」


「いやあ。便利やでえ。こいつおったら、交通量ただやでえ」


 そういう彼の背後から、もう一匹・狼の姿を現した。金色の毛色を持つ狼。


「たく、もう少し獣をいたわらぬか。人間」


「ええやんかあ。ほんに助かったで」


 朝矢は成都が山男にまたがって、まるで馬のように走らせている姿がありありと映し出される。



「人のもん勝手に使うなよ。ボケ」


「ええやんか~。減るもんやないで~」


成都は悪びれる風でもなく人懐っこい笑顔を浮かべる。そのため、それ以上言及しなかった。


野風と山男。この二匹の人語を話す狼は、きわゆる朝矢の使役獣 といったところだ。その正体は霊獣とも呼ばれる存在で、普段霊感のないものには見ることができない。


ちなみに山男の上に乗って移動していたという成都も一般人には認識されなくなるために、周囲から変な目で見られることはないが、狼から離れたら姿が認識されるために一人の人間が忽然と現れたということになってしまう。


朝矢や桜花はこの狼が見えているため、特に問題ないが、いま訪問している尚孝はというと霊感がないために、成都が忽然と現れたという認識しかなく、一瞬驚かせている。


しかし、尚孝には彼らが何者かを把握しているためにそれ以上疑念を抱くことはない。そこに霊獣がいることを把握することができていた。


「わー。山男だあ」


 さっきまで野風と遊んでいたはずのナツキが山男と呼ばれた狼に抱きつく。


その様子も尚孝にはなにもないのに抱きついた姿勢をとったようにしかみえない。


「これこれ。突然、やめぬか」


「今度は山男遊んで」


「しかたない」


「鬼ごっこしようよ。鬼は僕だから、逃げてよねえ」


「おいおい。勝手に決めるな」


「数えるよ。いーち」


「山男。遊んでやれ」


「朝矢。わしはこやつを送ってきたばかりだ」


「いいから、遊んでやれ。後が面倒だ」


「……。承知した。主の申すままに……」


 そういうと山男がその場から姿を消した。


「おお。刑事はん。久しぶりやなあ」


 そういいながら、成都は手を差しす。


「高柳くんだったな」


「ああそうや。朝矢とは昔からの親友の高柳成都たかやなぎしげとや」


「昔から?」


 彼は怪訝な顔をする。


「あーー、芦屋さん知らんかったんかーー。俺三年ぐらい九州におったんや。そんときからの親友っちゅうことやねん」



なあ、そうやろうと朝矢に満面の笑みを向けた。


「あら。帰ったの?」


「あっ、さくらーーーーーー」


 成都という男は、彼女をみるなり両手を広げて近寄ってきた。


 広げられた両手が彼に抱き着こうとしたが、避けられてしまい空を抱きしめる態勢になる。


「あれ?」


 そのまま、成都の体が前へと倒れて、見事に床で顔面をぶつけた。


「やめてよね。せっかくのコーヒーがこぼれるわ」


 桜花は、お盆で持ってきたコーヒーを尚孝に差し出した。


「ありがとう」


「いいえ」


「さくら~。俺と久しぶりにあったんやでえ。そっけないよ。ひどいよ~」


「うるさいわよ」


 桜花は背後で喚いている成都にあきれかえる。


「彼女の彼氏?」


そんな彼女の素っ気ない態度に尚孝は、朝矢を見た。


「一応……。俺にもわからん」




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