8・青白い手(2)

「へたくそ」


 朝矢ともやが愚痴る。

 すると、自分もまた弓を構える。


「あの……」


 先生は何をしているのか理解できずに成り行きを見守る。


「こうやるんだよ」


 朝矢が弦を弾く。そして、弓を放つ。


 弓はまっすぐに的へと飛んでいく。見事に的の中央に突き刺す。


「おおお」


 先生は先ほどの恐怖心を忘れたかのように感嘆の声をあげる。


「こうすればいい。そしたら、目前の敵を倒すことができるはずだぜ」


 弓で射貫かれた的を見ていた武将が朝矢を振り返ると、頭を縦に振る。


 再び構える。


 すると、声が聞こえる。すさまじい咆哮。走る馬と人の足音。重なりあう金属音。


 切り刻まれる肉。飛び散る赤い液。


「ナッ……」


 その光景が先生にも見えたらしい。


おそらく先生がそれなりに霊力をもっているのかもしれない。


 霊力というものは大概のものには多少なりとも備わっているものだ。では霊力というものはなにかと言われれば、はっきりした答えを朝矢には持ち合わせてはいない。


 単純にいえば、幽霊や妖怪と言った想像上のものとしか思えないものを見る力といことになる。だから、生命にかかわるようなものではなく、なければそれに越したことがない力だ。それなのに人間の大半がその能力を持っている。その力の度合いにはよるが、あやゆる幽霊や妖怪が見えるものもいれば、気配だけを感じるものだったりと人それぞれだ。


 その度合いにかかわらずに明確に幽霊や妖怪が見える場合もある。その場合は幽霊や妖怪自身が人間たちに自分たちの存在を示そう場合か。元の姿とは異なるなにかに変貌を遂げたときぐらいだろう。


 その場合はたとえ霊力バロメーターがゼロを表記したとしても見ることができるのだ。そういう現象を朝矢たちのような霊能力者、いや“祓い屋”の間では“具現化”と呼んでいる。


もちろん、いま怯えているメタボがちな先生がどれほどの霊力があるのかはしらない。図ろうと思えば図れるのだが、いまの状況だとバロメーターをはかる余裕もないし、その必要性をか感じない。


「ちっ、面倒なことをする」


 朝矢が舌打ちをする。


 とにかく、朝矢の役割は依頼を受けて、弓道場で起こる怪異を沈めるために目の前にいる武将を“祓う”だけだ。


 気が付けば、学校の弓道場ではない光景が広がっていた。


 どこかの戦場。


 戦国武将らしきものたちがお互いに刀で切り合っている。


 武将たちが次々と切られ、地面へと転がる。


 気付けば、血まみれになった無数の遺体が転がっていた。


「ひいい」


 先生が顔を青くして、朝矢にしがみついた。


 屍が立ち上がる。


 血まみれの屍


 弓が刺さり、刀で切り裂かれた跡


 眼のないモノ


 腕のないモノ


 ユラユラと体を揺らしながら、朝矢たちのほうへと近づいてくる。


「ひいいい」


 さらに強く朝矢に抱き着く。


「うぜえよ」


 朝矢は強引に先生をはがした。


 すると、そのまま仰向けに倒れる。同時に屍たちが先生に覆いかぶろうとした。


「来るな。来るなあああああ」


「面倒なことするんじゃねえ」


 朝矢が思いっきり、屍に蹴りつけた。


 屍はそのまま飛ばされ忽然と消え去る。


 いつの間にか、先生は目を回して気絶していた。


「そのまま、気絶してもらったほうが面倒じゃない」


 それは好都合だ。さっきから騒ぎまくっていて正直ウザすぎたからだ。これで落ち着いて“祓い”に集中できる。


 いつの間にか屍たちが朝矢の周囲を囲んでいた。


「ゾンビ襲来かよ。バイオハザードかよ。おい、そこのお前」


 弓を持ったまま、震えている武将を指さした。


「早く消せ」


 その武将は右往左往している。


「ええい。何度も言わせんじゃねえ。こうするんだよ」


 再び弓を取ると、矢を放つ。こちらへと向かってくるゾンビたちを横切り、矢は的へと貫ぬく。すると、ゾンビたちが的のほうへ集まってくる。


「こうすればいい」


 武将はなおかつ不安そうな顔をする。


「見ろ。お前の宿敵があそこにいるぞ」


 朝矢が指をさす。その方向には、一人の武将の姿。甲冑姿でその背後には幟。大きく家紋が描かれている。


「徳川……」


 武将がつぶやく。


「徳川。徳川。徳川。憎き、徳川」


 武将は弓を構える。


「死ね。徳川家康とくがわいえやす


 そう叫ぶと矢が放たれる。そのまま、”徳川家康”の心臓をつらぬく。直後、”徳川家康”の体が破裂するように消えていく。同時にゾンビたちが奇声を上げながら溶けていき、戦場だった光景が消え去る。


 ただの弓道場へと変わる。古びた弓が元のようにかけられており、矢だけが草むらの上に散らばる。


 ゾンビの姿はない。ただ武将の姿のみが朝矢の眼の前にあった。武将は振り向く、顔を覆い隠すほどの大きな傷。体中無数の刀傷。


「やっと……討てた。――様の敵を討てた。――様の願いを叶えることができた」

「それはよかったな。さっさと行きな」


 武将は満足したように光に包まれ、溶けるように消えた。

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