2・鉄格子の中

 波紋が広がる。


 暗闇の中でいくつもの波紋は、葉山麗はやまれいの軽やかな足取りに合わせてリズムを取るように広がっては消えていく。


 彼女は歌を口ずさむ。最近流行りの曲ではなく、数年前の歌。その歌は彼女が最も好きだった曲であり、彼もお気に入りの曲でもあった。


 もうすぐ叶う。彼女の望みが叶うのだ。そのために必要なものが手に入ったという高揚感が彼女の足取りを軽くしている。


 もちろん、麗が望んだ形とはずいぶんと違っている。けれど、わがままを言ってられない。


 死んでから失った肉体を再び得ることができた。魂のままでは、術者の力を借りないと彼に会えなかったけれど、これからは毎日のように逢えるのだ。話もできるし触れることもできる。


 そう考えるだけで、麗は胸踊る気分になる。


「はあ? バカじゃねえの」


 そんな歓喜に沸く麗の気持ちに水を指すように小バカにするような声が聞こえてきた。


 麗の足が止まる。


 その声のせいで気分は台無しだ。


 なぜ、そんなにバカにするのだろうか。だれがこの達成感に水を指すのか。


 麗は声のする方向へと振り返る。


 しかし、そこには声の主の姿はない。


 そこにあるのは鉄格子だ。いくつもの重なりあっている鉄格子があるだけでひとの姿はない。


「お前、女だろう?」


 けれど、その鉄格子の向こう側から声がしてくる。


 この体の主の声ではない


 麗の入り込んだこの体の主は成人男性だ。すでに声変わりを済ませた若者である。


 しかし、鉄格子の向こう側から聞こえる声 はまだ幼い。


 声変わりするかしないかぐらいの年齢の少年に思える。


「だれ?」


 鉄格子にむかって尋ねた。


「ククククク」


 すると鉄格子の向こうから不気味な少年の声が響き渡る。


 麗は鉄格子の向こう側に目を凝らす。


 鉄格子の向こうにまた鉄格子。


 どれくらいの鉄格子が続いているのかはわからない。


 その向こう側に人影がある。


 姿ははっきりしないが少年であることは確かだ。鉄格子を握りしめて、こちらを見ているのがわかる。


「仮にも、この器を手に入れることができたとしても、こいつは男だ。女のテメエには不釣り合いだろう」


 麗は鉄格子の向こう側にいる少年と視線が合った。その瞬間、異様なほどの恐怖が走るのを感じた。


 そこにいるのはだれなのかと質問することもできない。


「それにこの器は、もう先約がいるんだよ」


 あそこにはだれがいるのか。


 いやそもそも人なのかすらわからない。ただ、その目がギラリと光っていることだけがわかる。


 逃げないといけない。


 そんな思いがよぎる。


 けれど、動けない。恐怖が彼女を拘束しているのだ。


 ガンガン


 鉄格子を叩く音。


 麗が後ずさる。


 しかし、次の瞬間。目の前に少年の顔があった。


 年は麗と同じ中学生ぐらい。


 黒い髪の短髪と白い肌。


 切れ長の目。眼球がまるで獣のように細い。


「ヒィッ!」


 麗は青ざめる。


「ああ、そうだ。どうせなら、てめえを食らっておくか」


 少年は麗の顔を鷲掴みにし、自らの唇を舌で舐めると、その口を大きく開いた。


 そこには鋭い牙


 瞳孔は猫の目のように細め


 顔には鱗のような文様


 見たことのある顔


 そうだ。


 先ほどみた青年の顔だ。


 あの青年がそのまま中学生ぐらいにした顔がそこにあった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る