3・魂

「お前を食らえば、ここから出られるかなあ」


 少年はそのままれいの首筋に噛みつこうとした。



「いやああああ」


 麗は悲鳴をあげる。しかし、突如彼女を鷲掴みにしていた手がなくなり、少年の姿さえも消え去った。ただ舌打ちする音だけが聞こえてくる。


 そのかわりに、麗の隣には少年によく似た青年の姿がある。


 青年は弓矢を構えたまま、鉄格子の向こう側を見ていた。


「ヒヒヒヒ。無理だね。わかるだろう?」


 鉄格子の向こうから、少年の笑い声が聞こえてくる。


「知っている」


 男が矢を放つ。


 矢は鉄格子をすり抜けていく。


「え?」


 麗が気がついたときには、自分の胸に矢が刺さっていたのだ。


 痛みはまったく感じない。


 そのかわりに温かいものを感じる。


 矢が少しずつ消えていくと同時に麗が光に包まれ始めた。


 そのわけを麗は、すぐに理解した。


 自分は浄化されようとしているのだと……。


 だけど、抵抗するつもりはない。なんとなく納得してしまっている自分がいる。


「別にてめえに向けたわけじゃねえよ」


「くくくく。そうだねえ。朝矢ともや~。でも、そのうち、やつらが作った防壁なんて壊れてしまうさ」


 声がする。


 鉄格子の向こうから響く声。



「その時は、おまえは俺様たちのものだ」


「……」


 青年は下を向いた。


 やがて声が聞こえなくなると、麗のなかにあった恐怖も消えた。


 そのためか、麗はそのまま膝をつく。



 青年が麗を見る。


 その目は優しい。


 あの少年と似た顔立ちをしているのに、彼にはまったく恐怖を感じない。


 その眼は麗をいまだに包み込んでいる光の暖かさに似ている。


「あんなものを飼っているの?」


 麗が尋ねた。


「飼ってるわけねえよ。勝手に入ってきた。本当に不愉快だ」


「……」


「テメエも同じだ。勝手に他人の身体に入るんじゃねえ。もう。てめえの器を失ったなら踏ん切りつけろ。そのうち、てめえの新しい器が出来上がるまで、あっちでまってろ」


「そんな…そんなことできない。わたしは……」


「うるせえ。あいつはただのヒイタレ」


「ヒイタレ?」


「ただの臆病者だ。そんなやつにこだわるな」


 少女はむっとする。


「亮ちゃんは臆病者じゃないわ。だって、私の好きな人だもん。だから……」


「だから? だから、なに? てめえはもう死んでいるんだよ。しかも自分でそれを選んだんだろう? どうにもできない」


「けど……」


「あああ。めんどくせえ女。そのうち、あっちにくるだろう。そんときまで待つことはできるだろうよ」


 彼は彼女の頭を撫でた。


「そういうのも悪くないだろう」


「あなたにもいるの? 待っている人」


「……ああ……。あっちにもこっちにも……」


 青年は目を閉じた。


 なにを想っているのだろうか。


 あっちのだれか


 こっちのだれか


 青年にとってどんな存在なのかはわからない。


 けれど、まったく違うのだろう。


 それを問いかける言葉できない。


 なぜなら、麗の視界から青年の姿が消えていったからだ。


 いや違う


 青年が消えていったのではない。


 麗自身が消えたのだ。





 光に包まれて。身体を失った少女が人の形を失い、丸く金色に輝く魂へと変わっていく。


 それがゆっくりと暗闇を照らしながら、上へとふわふわと上がる。



 それを朝矢は見守り続けていた。

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