7・器

1・蔓

「くそっ。次から次へと」


 朝矢ともやは舌打ちをする。


 花の化け物に飛びついたまではよかったのだが、その大きな幹から次々と延びてくる蔓が朝矢の行く手を阻み続けているのだ。


 次々と視界を遮り、朝矢を捕らえようと襲い掛かる。それを刀で切り裂く。




 ——邪魔スルナ


 ——助けて


 ——邪魔スルナ


 ——助けて


 二人の少女の声が交互に朝矢の頭に直接訴えかけてくる。


 憎悪に満ちたおぞましい声


 ただひたすら助けを求める声


 泣きわめく


 絶叫


 懇願



 二つの感情が入り混じりながら、精神に直接攻撃してくる。


 朝矢は眉間に皺を寄せる。



「ああああ、せからしか。いっぺんにしょべんじゃねえ!! 頭が痛くなるだろうが!!

こらああああ! これ以上おいの邪魔ばするぎんた……。くらすっぞ!!」


 朝矢は九州弁丸出しな毒舌を吐きながら、次から次へと少女たちの声を放しながら迫ってくる蔓を日本刀で切り裂いていく。道が開けるとそのまま進み、江川樹里が吸い込まれた言った場所へと突き進む。


  邪魔


  助けて


  邪魔


  助けて


 いまだに響く声。


「うるせえっていってんだよ。野風のかぜ。蔦の動きを止めてくれ」


「御意」


 朝矢はそういうと野風の背中から飛び降りるとそのまま太い幹を駆け上がった。


 背中が軽くなった野風は咆哮を上げる。すると野風中心に風が巻き起こり、蔓は次から次へとちぎれて消えていく。


 それでも朝矢を狙う蔓の動きは止まらない。


 朝矢は刀でそれを切り裂く。


山男やまお


 そう叫ぶとどこからともなく山男が現れ、蔓を食いちぎっていく。


 そして、山男もまた声を挙げると地面の土が突如として盛り上がっていき、、蔦に覆いかぶさっていく。そのまま地面に叩き落とされつぶされる。


 それでも蔓は収まらない。次から次へと幹から出現し、朝矢たちに襲い掛かる。それをどうにか排除していっていたが、ついには蔓が朝矢の足に絡みついてしまった。たちまち朝矢の身体に巻き付こうとする。


 それよりも早く、野風が蔦をかみちぎり、朝矢を背中へと乗せて走り出す。



 助けて


 声がする


 少女の声



 助けて


 助けて


 寂しい


 逢いたい


 二人の少女の声が重なっていく。


 見えた。


 絡み合う蔓の中に江川樹里という少女の姿


 その背後にもう一人の少女


 彼女は樹里きさとを放すまいと背後から抱きしめている。


 邪魔するな


 邪魔するな


 これは私のもの


 私が手に入れたもの


 これさえあれば、彼のそばにいられる


 樹里を抱きしめている少女の声


 最初は憎悪だった。


 いつの間にかそれは、達成感に満たされたものへとかわっていく。


 そして満足感。


 少女と朝矢の視線が合う。


 でも、邪魔する


 君が邪魔する


 もうじき叶うというのに、よりによって君が邪魔する


「うるせえ、ごちゃごちゃいってんじゃねえよ。それはテメエのもんじゃねえ」


 朝矢は蔦を両手で払いのけながら、彼女たちのほうへと近づいてくる



 来るな


 来るな


 少女の声に焦燥感が漂い始める。


 蔦が朝矢に絡みつく


 それでも突き進んでいく。


「それは、その身体うつわはこいつのもんだ。勝手にとんじゃねえよ」


 朝矢は樹里の手を握ると強引に自分のほうへと引き寄せる。


 蔦がちぎれていく。


 少女の体が遠くへと離れていく。


 それでも必死に手を伸ばしている。


 返せ


 私のもの


 私の器


 それがあれば、かなう


 あの方が言った


 それが器


 私のような存在が

 再び存在するための器


「何度も言わせるな。てめえの器じゃない。この体はこいつのものだ」


 朝矢はぐったりとしている樹里の体を自分に引き寄せると同時に、先ほど入ってきた入り口へと向かう。


 ならば……


 少女の眼が突然見開く


 同時に蔦が朝矢の足に絡みついてくる。


「野風。そいつを」


 朝矢は突然彼女の体を上へと投げ飛ばした。さほど距離はない。


 すぐに彼女の体が女性の手の中へと納まり、蔓の群れの外へと引き出される。


 その間に朝矢の体は蔓によって拘束された。


「朝矢!」


「大丈夫。とにかく、そいつを安全なところへ」


「……わかった」


 女性は樹里を抱えたまま、朝矢の視界から消えていく。


 ならば、お前でいい


 お前でいい



 声が響く。


 朝矢の体はそのまま、奥へと引きずりこまれていった。


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