11・鳴りやまぬ声

「葉山さんが秋月くんの体操服をとったらしいわね」


 ある日のことだった。


 葉山麗が学校へ行くと、教室で幼なじみの秋月亮太郎の体操服が紛失するという事件があったのだ。どこにいったのかと探している秋月に対して。突然現れた一つ年上の先輩である園田美奈がやってくるなり、突然言い出したことだった。

 

 なぜ一つ年上の彼女がやってきて、そんなことを言い出すのかわからなかった。


「私は生徒会長として見逃せないから来たのよ」


 そういいながら、生徒会長の腕章をちらつかせていた。その後ろには、麗と同じクラスの少女がオドオドしながら隠れるようにいる。


「ねえ。あなたが目撃したのよね」


「はい。私は見ました。葉山さんが秋月くんのロッカーをゴソゴソしているのを……」


「私、そんなことしていない……」


 そう訴えるも彼女の声は弱弱しくて、園田たちに届くことはなかった。


「わたしものみたわ。葉山さんが秋月くんの体操服盗むのを……。きっとあるはずよ。葉山さんのバックかなにかの中に」


 別の少女も言い出すなり、麗の鞄に手をつけようとする。


 麗は必死に止めようとするが、他の生徒たちによって。両腕を掴まれ身動きの取れない状況にされてしまった。



「やめて。私は……」


 そこまで言いかけたところで口を塞がれてしまった。


 ただうめき声だけが麗の口から洩れる。


 ふいに向けた視線の先には秋月亮太郎の姿があった。


 亮ちゃん助けて


 そう叫ぼうとするも声がだせなかった。



 秋月は一度麗のほうを向いたがすぐにそらした。ただなにもせずに彼女たちの行動を見ているだけだ。


 やがて、麗のセカンドバッグを開くとさかさまにして、中身をすべて床にばら撒いた。


「ないわね」


 散らばったバッグの中身を確認している。その様子ほ眺めるクラスメートたち。


 麗のバッグの中身は公然とさらされたことで、麗は恥辱を受けた。そのことを知らずにクラスルートたちは集まって眺めている。



「園田先輩。ありました。これでしょ? 秋月くん」


 園田の取り巻きの一人が麗のロッカーの中から男子の体操服と思われるものを取り出した。


 そのまま、秋月に確認をとってもらう。


 そこには『秋月亮太郎』という名前が書かれていた。


 そんなはずはない。ロついさっきまではロッカーにはそういったものが入っていないことは麗自身が確認している。



 知らない


 どうして亮ちゃんの体操を盗まないといけないの?


 そう叫びたかったがふさがれたままの口から言葉を発することはできない。



「これ……僕のものだ」


 秋月は自分の名前が書かれていることを確認すると、信じられないような眼で麗を見た。



「信じられないわ。どうして、秋月君の体操服盗むのかしら」


「しら……」


 ようやく解放された口から零れた台詞を全部いうよりも早く、突然背中を押されて前のめりに倒されてしまった。


 膝に痛みが走る。


 いつの間にか、園田たちが麗を取り囲んでいた。


 園田たちだけでなくクラスメートたちの冷たい視線も突き刺さってくる。



「あっそうか。あなた、秋月くんのこと好きなのね。好きだからって人のもの盗むなんて、度がすぎているわ」


「本当、本当変態よ」


「ストーカーよ」


「違う……私は……」


 次から次へと浴びせられるのは避難の声。


 その中に秋月の姿もある。

 

 秋月は声にこそ出さなかったが絶望と軽蔑の眼差しを麗に向けていたのだ。


 

 違う。


 心の中で否定するが、周囲から次々と向けられる言葉と視線の刃が麗から言葉を奪っていく。


 脳裏に浮かぶのは秋月との日々だつた。





 保育園のころから幼なじみで、よく公園で遊んだ。喧嘩もしたけれど、本当に仲のよかった幼馴染み。


 好きだった。


 亮ちゃんのすべてが大好きだった。


 ずっとそばにいてくれると思った。


 それが当然のことのように思えた。


 けれど、違っていた。


 中学生の上がると、亮ちゃんとは別のクラスになり、なんとなくすれ違うことが多くなった。亮ちゃんがだれかと仲良くしている姿を何度も見かけた。


 けれど、その反面。私は一人だった。


 元から人付き合いが苦手で友達もそんなにできるほうではなかったけれど、中学生になるとますます孤独に日々を過ごしていた。


 それでも、寂しくはなかった。時々亮ちゃんが話かけてきていたからだ。


 けれど、いつのまにかそれさえもなくなった。


 二年生になり、久しぶりに同じクラスになったときに本当に久しぶりに会話した。


 嬉しかった。


 幸せだった。


 けれど、その幸せは長くは続かなった。



 

 このことがきっかけで麗はいじめを受けることになったのだ。


 

靴をなくされることもたくさんあったし、トイレに閉じ込められて水を上からは浴びせられたこともあるし、洗面台に貯めた水に顔を突っ込まれたこともあった。


 教科書のボロボロにされて、机などには「死ね」や「キモイ」、「ストーカー」の文字。


 クラスメートのだれもが麗をあざ笑っている。


 


「最悪」


「キモイ」


「ストーカー」



 

 それはだんだんとエスカレートしていき、麗とは面識のないものまでもがそんな言葉で麗の心をズタズタにしていった。



教室の中での大合唱。


 やがて園田は卒業した。


 3年になり、秋月とはクラスを離れたせいでまったく接点はなくなり、顔さえもあわせなくなった。もちろん、ときおり鉢合わせすることもあったが、秋月は麗を完全に無視していた。


 いじめは留まることを知らない。


 園田という元凶が去ったというのに、その痕跡だけを残して一人の少女を苦しめていた。


 繰り返し。


 ただ


 ひたすら切り返されるのに


 それでも麗の心は秋月にむかっていた。


 秋月が大好きで


 大好きで


 たとえ、背を向けられても


 麗にとっては秋月をみることが救いだった。





 けれど



 鳴りやまない。


 麗を追い詰める声はまったくなりやまなかった。



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