9・音
「
弓道場を出るとすぐに
「お前が気にしていた女子になにかついているようだぞ」
「そうか」
「どうする?放っておくか?」
「……俺が勝手に動くわけにはいかないだろう」
「とりあえずは帰るか」
「ああ。まずは店長に……」
「ちょっと待てよ」
背後から自分を呼び止める声が聞こえて振り返る。
先ほど出会った
小柄で短髪の黒髪。
黒い肌に丸っこい眼。
「ひどいです。そんなひどいこといわれる筋合いない。俺は俺なりにがんばっているんだ。たしかに下手です。認めます。でも、おれなりに少しずつうまくなっているんです。楽しくもなってきているんです。だから、そんなふうに言われるのはすごく癇に障る」
「楽しくなってきたか。なんかさあ。お前……。弓舐めてるだろう」
「え?」
「つうか、なにかの代わりにしているのか?」
「それは……」
弦音は思わずと視線をそらした。
「……音……」
しばしの沈黙の後、弦音の口から零れる。
「あの……。音がいいっす」
「は?」
「あなたがしていたんですよね。俺が入る前に弓を射ていたのはあなたですよね」
「そうだけど?」
「俺、思ったんです。なにかの代わりとかじゃない。本気であんな音がたてられたから、俺の矢もちゃんと当たるんじゃないかと思ったんです。あんなきれいな音を出すことができたら、ぜったいに思うように射ることができるのではないかって……」
「なんだ。それ。支離滅裂だな」
「えっと……」
弦音は口ごもった。
朝矢に指摘されて、次の言葉が見つからないでいるようだ、
自分でもなにをいいたいのかわかっていない様子で朝矢から視線をそらしている。
「えっと、その……。とにかく、その音を聞いたとき、なんかこう、輝きを感じたいんです、これこそ、俺のやりたいこと。俺にいきる道ってさ」
そういいながら目を輝かせいる。
「音か……。それは弓だけじゃないだろう。バレーだろうとバスケットだろうと同じだろうな。いい音を出すことができたら、自分も満足できるものだ」
この少年の滑舌の悪い演説を聞いていた朝矢の脳裏にはやたら滑舌のよい友人の姿が浮かんでくる。
「あの……」
「むかし、そんな表現したやつがいたよ。お前の感覚ってそいつと同じだな」
でも、そいつに比べれば、まったくといっていいほど頼りないなあと、怪訝な顔をして自分を見ている少年を見ながら思った。
「まあ、俺には関係ないな」
朝矢は最後にそうつぶやくと、弦音に背を向けて歩きだす。
音
世界にはたくさんの音がある。
── 街中に流れる音楽、人々の話声、車の音、動物の泣き声、 世界のいたるところに木霊す音。 それって、どれも素敵かよね。
だれかが言った。
── こんな何もない田舎にもたくさんの音があるとよ。 それを聞くのが楽しか
誰だろうか。
この都会の言葉ではない懐かしい響き。
最近、どうもぼやけて見えてしまう面影。
そんなに遠い昔ではなかったはずなのだが、どうしてこんなにもあいまいなのだろうか。
朝矢はそんなことを考える。
音がある。
世界に響く音。
激しい音。
穏やかな音。
それがいたるところで奏でられている。
しかし、時折その音が不協和音に聞こえるときがある。
聞こえるのだ。
自然の声が泣いている。
泣いている?
朝矢は、はっとする。
「どうしたんですか?」
後ろにいた弦音はーは朝矢が突然立ち止まったことをいぶかしんでいるようだが、朝矢はそれを無視して、突然自分の中に流れてきた悪寒の根元のほうを振り返る。
すると、顔面蒼白になっている女子高生が朝矢の目に飛び込んできた。
「江川?」
朝矢と同じように振り向いた弦音がそう呟いた。
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