2・弓道場の怪異

1・バスの乗り方に迷う

 平成☓☓年八月


 首都東京は言わずと知れた日本の中心だ。全国各地から人が集まってくる大都会。それでも、都心から離れれば、それなりに田園が広がったりしている。


 ビルのイメージしかない田舎者にしてみれば、オアシスのようにある自然の空間に驚く。


 そんな感傷に浸るつもりはない。


 さすがに上京してから一年も経てば、さまざまなことに慣れてくる。


 ずいぶんと遠いところにきてしまったものだ。


 有川朝矢ありかわともやは自分らしくないことを考えながらバスの後部座席に座り、ぼんやりとバスの車窓に広がる光景を眺めていた。


 窓の外に広がるのは仕切りなく並んだ建物の姿。道には多くの人が行き交っている。

 

 マンションビルに連なる店。何台もすれ違う都営バスや車。

 

 一軒家やビルの隙間にときおり覗かせる田畑。さほど広大ではないがそれなりに広い。ただどこを向いても地平線は見えず、遠くの山は高層ビルに隠れている。


 空を見上げると、えらく狭いような気がする。

 

 いくつものバス停に留まり、そして再び動き出す。


 その度、人々の顔ぶれが少しずつ変わっていく。


 小さな子供から老婆までがなれた手つきでお金を払って乗車していく。


 一時はにぎわっていたバス内も都心から離れるほど、徐々に乗客が減っていくものの、まったく居なくなるという状況にはならなかった。


 田舎とはずいぶんと違う。彼の故郷ならば、一時間に一本しかないバス。


 乗っている人数も毎回一人か二人。


 通勤通学時間でも多くて十人いるかいないかぐらいだ。


 それに比べて三分から十五分に一本はくるバスの中が満員となるぐらいに人があふれているという状況は地方の田舎から来た者からしたら、不思議でならない。


 最初の頃は田舎丸出しな感想を持っていた朝矢でも一年以上もいれば、ただの日常になってくるものだ。


やがて不思議が当たり前になる。

 

 いくつもの景色が通り過ぎていく。


 町の通りにもぽつりぽつりと人の歩く姿。


 サラリーマンもいれば、制服を着た学生の姿もある。


 目的地に着くまでに制服姿の人たちが増えてくる。


 朝矢の視線は斜め前に注がれた。


 バス停の前。


 学生の姿が見える。


 バス停の向こう側の坂道。そのうえに白い建物が見えてきた。


「山有高校前。山有高校前」


 アナウンスが流れ、バスが止まった。


 朝矢は座席から立ち上がり下車しようと前方のほうへと向かおうとする。しかし、前方ではなく、後方の扉が開いたことに気づいた。


 そうだった。


 もうすでにお金は払っていた。


 朝矢は「東京はせからしかーー」と九州弁丸出しで悪態つきながら、慌てて後方の扉へと引き返す。


 そこを慌てて降りる姿は地方出身だと丸わかりだ。どこか気恥ずかしい思いを抱きながらも、何食わぬ顔でバスを降りていく。


 朝矢が下りると同時に前方から制服をきた学生たちが乗り込んでいく姿を横目にバス停のすぐ前にある坂道を見上げた。


 そんなに長い坂ではない。そのため、校門がはっきりと見えている。


 朝矢は坂を登り始めた。その間にすれ違うのは学生たち。


 見慣れない私服の青年に振り返るものもいるが、だれも話しかけたりはしない。


 校門の前で立ち止まる。


「ここだな。依頼人がいるのは……」


 朝矢は校舎のほうを見上げた。

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