異世界派遣サーガ


 翌日、完全に体調が回復したと認められすぐに病院を退院することができた。

どうやら倒れて眠っていた期間はちょうど一週間ほどで、現実ではそれほど時間が経っていなかったらしい。


 あまり入院が続くとそれだけで医療費がかさむので、これは運が良かったと言えるだろう。


「お兄ちゃん、もう具合はどこも悪くないの?」

「ああ、もうバッチリだよ」

「そっかぁー、良かったぁ……」


 それこそ、明日からすぐにでも出勤できそうな勢いだ。

ただこの現実世界で僕が勤めていたブラックバイトは、従業員の過労による入院という不祥事、その責任の追及を恐れてか既にクビ扱いになっていたみたいなんだけどね。


 やれやれ、どこかで転職しなくてはいけないなぁ。

なんとかならないだろうか?


 まあ、この件に関してはおいおい考えて行けばいいだろう。

それよりも、今はもっと先にやらなければいけない事がある。


「悪い莢。ちょっと兄ちゃん、久しぶりの気分転換で外に出かけたいから留守番していてくれないか」

「ん? いいよー。久しぶりだし体が鈍っているのかな? いってらっしゃい」

「ああ、すぐ戻るよ」


 目指すは天空城のオフィス、その場所だ。


 それから夢の記憶を頼りに僕は出かけた。

さすがに起きたばかりの時は魔法を見てもすぐには信じられず半信半疑だったけど、この指輪のおかげで今は確信に変わっている。


 あの夢は、ただの夢なんかじゃない。

もしかしたら本当に、それこそ僕が眠っている間にこの世界と限りなく近い異世界の日本で起きた、別世界での現実だったのではないかと考え始めているのだ。


 そして天空城オフィスがあったあのビルまで辿り着くと、そこにあったのは……。


「は、廃墟……?」


 そこには、廃墟となったビルだけが存在していた。

誰かが居る気配は、どこにもない。


 やはりあれはただの夢で、僕の勘違いで、全ては無駄足だったのだろうか……。

すると、途方に暮れ立ち止まった僕の背中を誰かが押す、そんな感覚があった。


 ────いや、そんな事はないじゃろう。


「えっ?」


 背中を押された僕はそのままたたらを踏み、廃墟ビルへと入ってしまう。

驚いた僕は振り返って確認するが、そこには誰もおらず、ここに居るのはやはり僕だけだった。


 だけど確かに感じたその懐かしい温もりに勇気を得て、再度の決意を胸に先へと進む。

そして勝手知ったる道のりで天空城のあったオフィスの入り口まで辿り着くと、僕はドアを開けた。


「神様、いらっしゃいますか?」


 しかしオフィスには誰もおらず、錆びれたデスクの上にポツンと、謎のタブレットが置いてあるだけだった。


「……って、タブレット!? まさか!」


 僕は急いで駆け寄り、タブレットを起動する。

問題なく電源が入った。


「間違いない、これは神様のお願いタブレットだ。やっぱり、あの夢は全て本当だったんだ!!」


 心が歓喜に満ち溢れる。

あの思い出は、僕の旅は、全ては真実だったのだ。


 すると、突如お願いタブレットに一通のメール通知が入る。

僕は張り裂けんばかりの期待を胸に、そのメールを開封した。


『件名:試練を乗り越えし者へ』

『やあ武藤天伊くん、久しぶり。


君が過去のトラウマを乗り越え、ちゃんと現実の世界に戻った事を心から嬉しく思うよ。

といっても現実も夢も、神様である僕にとってはそう変わりはないのだけれどね。

君が見ていたあの夢の世界、色々な人達と出会い冒険し、救ってきたそれぞれの異世界もちゃんとどこかに存在する、本物の世界なのだから。


おっと、話が逸れた。

実は今回、君に伝えたい事がいくつかあってこのメールを出したんだ。


まず一つ目は、君の抱えていた借金の事。

これについては、君が天空城で働いていた分の給料をそのまま返済に充て、残りを口座に振り込んでおいた。

金額については向こうの世界と同じだね。


二つ目は、サービスについて。

君も気づいていると思うけど、その指輪と魔法の力は僕からのサービスだ。

加護の力は使えないだろうけど、その指輪と小さな魔法がこれからの先の君の人生を支える、そんな思い出になる事だろう。


そして最後に、神様からの自由課題だ。

この課題に挑戦するかどうかは、君が自由に選んでいい。

やりたくないと思えば放置でいいし、別に条件をクリアできなくともこれといっては不都合はないだろう。

だがそれでも、君がどうしても、最後にどうしてもと願ったその想いが今もあるのならば、挑戦してみるといい。

上手く行けば、その願いが叶う事だろう。


まあ、全ては君次第というわけだ。


課題内容は、メールに添付されている駅の周辺を捜索しとある人物を見つけること。

ヒントは、君の願いそのもの。』


 僕はメールを読み終えると、誰もいないはずの社長席に向かって深くお辞儀をした。


「最後の最後まで、ありがとうございます、神様。そしてこの自由課題、心して受けさせて頂きます」


 それだけ言うと、僕はお願いタブレットを手にオフィスを飛び出していった。

僕には分かる、神様は課題なんて言っているけど、本当のところこれはサービスの続きみたいなものだろう。


 これが想定通りの課題であるならば、こんなのは試練でもなんでもない。

本当の意味での神の御業、奇跡でしかないのだから。


 それから僕は走り、電車を乗り継ぎ、また走り続けた。

退院したばかりの身体は悲鳴を上げるが、口元には笑みが浮かぶ。


 もう少しだ、もう少しで辿り着く。


 そしてついに、僕は見つけた。

目的の駅でスマートフォンを弄りながらきょろきょろと辺りを見渡し、忙しなさそうにする彼女を。

きっと彼女にも、神様のメールが届いていたのだろう。


 服装や髪色は変わっているけど、どこか面影の残る、彼女の姿を。


 僕は近づき、声をかける。


「お待たせしました」

「…………ぁ、テンイ、さん?」

「はい、お久しぶりです。安奈さん」


 最初は戸惑いつつも不安げな彼女だったが、しばらくしてこれが現実だと理解すると、瞳から大粒の涙をぽろぽろと零した。


 ああ、やっぱりそういう事だったんだ。


 そう、神様は僕の最後のお願いを、叶えてくれたんだ。



──☆☆☆──



 それから安奈さんと再会した僕は、いままでの経緯を話し合った。

驚いた事に安奈さんが記憶を取り戻したのはつい最近で、最初のうちは記憶があやふやで、あの時の出来事をただの夢だと思っていたそうだ。


 それを聞いて僕は安奈さんも実は昏睡状態であったのかと思案したのだが、どうもそうではないらしい。


 答えは後日追加で送られて来た神様のメールが全てを物語っていた。


『件名:安奈ちゃんについて』

『実は君が目覚めた後、安奈ちゃんからも抗議が来ていたんだよねぇ。「私不意打ちとテンイさんの油断のせいで死ぬんですか!?」だってさ、ははは……。だから、ちょっとサービスをしておいたんだよ。彼女が転生した時代は君が生まれた直後の時間軸という訳だ。神様より』


 だってさ。

まったく、安奈さんと神様らしいや。


 でもこれで全ての辻褄が合った。

彼女は20年前にこの世界に生れ落ち普通の人間として成長して、徐々に前世の記憶を取り戻していったという事なのだろう。


 悪戯好きな神様らしい、粋な計らいをしてくれたものだ。


「それでぇ~、安奈さんはワ・タ・シのお兄ちゃんとどういう関係なんですかぁ~? あ、もしかして彼女とか気取っちゃっていますぅ? いや~、さすがにそれはないですよねぇ~」

「ぷーくすくす! なんですかこの妹ちゃん、嫉妬しちゃって可愛い! 妹ちゃんすら虜にしてしまうとは、さすがワ・タ・シのテンイさんです」


 そして現在、僕の家によく遊びに来るようになった、いや毎日のように入り浸るようになった安奈さんとは恋人のような関係が続いている。


 ただ一つ問題なのが、妹の莢が安奈さんに敵意を燃やして小姑のようにちょっかいを出してしまう事だろうか。

どうもこの二人の間では常になんらかの駆け引きが行われているらしく、今もその現場に居合わせているところである。


「あ、あの二人とも、その辺で……」

「お兄ちゃんは黙ってて! これは武藤一族の威信を賭けた闘いなのよ!」

「武藤さんは黙っていてください! この天才安奈ちゃん、売られた喧嘩は買う主義なのです!」

「あ、はい……」


 だめだこれは、どうすることもできない。

まあ放っておけばそのうちお互いを認め合う感じになるのがいつもの流れなので、心配することもないだろう。


 そんなちょっぴり締まらない毎日だけど、なんだかんだいって僕はこの人生が、そして自分自身が気に入っている。


 だってそうだろう。

その全ては、僕を支えてくれた大切な人々と紡いだ思い出、異世界派遣物語サーガによって成り立っているのだから。


 ──☆☆☆──


 ────そして幾月か経ったある日。

平和な日常を過ごしていた僕の所へ、お願いタブレットを通じて一通のメールが届いた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界派遣サーガ たまごかけキャンディー @zeririn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ