目覚めた世界で


 気がつくと優しい世界は消え去り、過去の世界に戻っていた。


「ふう」

「なんだか雰囲気が変わったね? 今の一瞬で何かあったのかい」

「何を言ってるのさ。本当は分かっているんだろう? 君は僕だ」


 そう、この目の前の男は僕だ。

大切な家族を失って辛くてどうしよもなくて、それでも妹だけはと守ろうとして奮闘して、それでも何もかもが上手くいかなかった、理想いまの僕が神様に助けられる前の真実かこの僕だ。


 現実世界ほんとうの武藤天伊は、この夢から覚めるのを待っていたんだ。


「……ようやく思い出したのか。遅いよ」

「ごめん」

「謝るなよ」

「でも、ごめん」


 こんな大切な事を忘れていたんだ、そりゃ謝るし、君が怒るのは当然だ。

現実の僕がどれだけ頑張っていたのか、一番理解していてあげなきゃいけなかったはずの夢の僕が、こんな体たらくでは気持ちのやり場もなくなるよね。


 でもだからこそ、僕は真実を受け入れなきゃいけない。


「はぁ、分かったよ。もう心の準備は出来てるってことだね。もうちょっとだけ、強くて幸せな今の僕を満喫していたかったんだけどなぁ。ままならないものだ」

「そうでもないさ。だって、君は僕だ」

「……そうか、それもそうだね」

「ああ」


 そう言うと僕たちはお互いに苦笑いをして、どちらからともなく歩み寄った。


「でも、最後に一つだけ言わせてくれ」

「いいよ」

「今回は君に譲るけど、次はないよ。また現実から目を逸らして今の僕の事を忘れたり、同じような事で挫けたりしたら、今度こそ容赦はしない」

「もちろんだよ。でも、もうその時は来ないんじゃないかな」

「なぜ?」

「だって」


 ────だってもう僕には、大切な人達と築きあげた思い出サーガがあるから。


「そうかい。それは、安心だね」

「それと」

「なんだよ? 次は君からの忠告? それとも」

「現実をありがとうって、言いたかったんだよ、僕」


 僕がそう言うと彼は少しだけ笑い、そのまま溶けるように消えていった。



──☆☆☆──



 気づくと僕は、いつもの天空城オフィスに帰還していた。

だけどやっぱり、オフィスに戻っても安奈さんの入ったタブレットの姿は無い。


「おめでとう武藤天伊くん、これで君は全ての試練を乗り越えた。君の世界は君と、そして今まで出会った全ての人達の手により救われたよ」


 僕の帰還を待っていたであろう神様が、そう告げる。

でもいまの僕には、どうしても確認したいことが一つだけあった。


「それで神様。安奈さんはもう、本当に居ないんですよね……」

「そうだね」

「くそっ! 油断さえしてなければ、こんな事には!!」

「…………っ」


 やはり返って来た答えは、残酷なものだった。

神様は何か言いたげな表情をして、それでも堪えるように口を結ぶ。

きっと、まだ未熟な僕に何かを伝えようとしているのだろう。


 でもそれは、もう必要ない。

ここでまた神様に甘えて、そして逃げれば、今までの僕と何も変わらないではないか。


 確かに彼女は正真正銘、その人生をまっとうしたのだ。

それでもこの天空城で、質問の機会をくれた神様には感謝しなければならない。


 だから僕は、最後まで僕の味方であった彼にお礼を言おうと思う。


 そう考え、悔しい気持ちを飲み込み、僕は一度深呼吸した。

そして……。


「神様」

「なんだい?」


 神様は僕を見つめながら、その言葉を待つ。


「今までの事、ありがとう、ございました!!」

「そうか。もう良いんだね」


 僕の別れの言葉に、神様は目を伏せる。


 その顔は泣きそうな顔にも見えて、真面目で誠実な顔にも見えて、ちっぽけで弱い僕という人間の成長を祝福している顔のようにも見えた。


 そしてこれこそが、彼の真の姿なのだろう。


 でもだからこそ、僕は言わなきゃいけない。

なぜならこれは、僕の知っている神様じゃないからだ。


 だってそうだろう。

僕たちを巡り合わせ救ってくれたのは、少し浮ついていて何を考えているのかよく分からない、いつもの変な神様なんだ。


 だから、言う。


「神様、その顔似合いませんよ。もしかして新しい顔芸ですか?」

「…………ぷっ。は、ははははは!!! そうか分かるかい? 実はそうなんだよ。いや参った、そんな簡単に見破られてしまうとはね。やはり人間は侮れないなぁ」


 そう言うと神様はいつもの調子に戻り、何がツボに入ったのか大笑いする。

そうだこれでいい、僕たちの知っている神様はいつもこんな調子だった。


「それと、もう心の準備は出来ていますよ。遠慮はいりません。ひと思いにやっちゃってください」

「……分かった。それではそうするとしよう」


 すると彼はおもむろに片手を振りかざし、いつもとは少し違う大きな魔法陣を展開した。

するとすぐに僕の意識は遠のいて行き、だんだんと意識があやふやとなっていく。


 そして最後に、神様の声が聞こえた気がした。


 ────己の現実を受け入れるその成長、しかと見届けた。だからこれは少しだけ、ほんの少しだけだが、神様からのサービスだ。



──☆☆☆──



「知らない天井だ」


 目が覚めた僕は、どこかの病院の病室と思われる部屋の一角、白いシーツが敷かれたベットの上で横になっていた。

なんだか妙にリアルな夢を見ていた気がする。


 するとたまたま傍にいたのか、意識を取り戻した僕の隣で大口を開けて唖然としている妹の姿が目に入った。


「お兄ちゃん!? お兄ちゃん意識が戻ったの!?」

「ああ、莢か……。そうか、ここはちゃんと現実なんだね」

「何言ってるのよバカ兄!! 私が、私がどれだけ心配したと思ってるの!!」


 そう言うと妹は大声を上げて泣きじゃくり、急いでナースさんを呼びに行った。

相変わらず忙しい妹だ。


 でも、本当に奇妙な夢だった。

ついさっきまで色んな世界を行ったり来たりしてたような、そんなおかしな夢だ。

その世界での僕は魔法が使えたり、超人的な動きが出来たりするトンデモ人間だった気がする。


 その力で色んな事を解決したり、仲間が出来たり、最後には自分自身と決闘なんていうのもやっていた。


「はは、本当に変な夢だ」


 なぜか流れた一筋の涙を、僕は手で拭った。

すると、違和感があるのに気づく。


「あれ? なんだろうこの指輪。僕、こんな指輪してたっけ?」


 でもどこか懐かしくて、とても大切な物な気がした。

指輪には幾重にも魔法陣のような幾何学模様が刻まれており、まるで大魔法使い、クロード・ウォン・グリモアが若い頃に所持していた、弟子である僕に譲ってくれたあの……。


「…………!!! そうだ、魔法銀の指輪! なんでこれがここに!?」


 まさかと思い、僕は少しだけ手のひらに魔力を集中し、一番最初に教えてもらったあの魔法を念じた。


「で、出た……。魔法が、使えた……?」


 ええええええええ、嘘だろ!?

ここは現実世界じゃないのか!?


 両親が死んだ事で借金が出来て、それでも妹の未来を守るために一生懸命働いて、それでもどうにもならくて倒れた現実の世界じゃないのか!?


 最後に神様がサービスがどうのとかなんとか言っていた気がしたけど、まさか────。


 これは少し、確認する必要がありそうだ。


 この世界にもあのオフィスが、天空城のオフィスがあればもしかしたら────。



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