武藤天伊の願い


 不意をつかれた僕は頭が真っ白になりつつも、急いで手元から弾かれたタブレットに駆け寄る。

しかし、速度と貫通能力だけを極限まで高めたあの光線魔法を浴びた神様のお願いタブレットは、無残にも貫かれその大部分を損傷していた。


 画面には何も映らないし、スピーカーからも何も聞こえない。

ただタブレットにぽっかりと空いた穴から、煙が立ちのぼるだけだ。


「嘘だろ」

「嘘でもなんでもないさ。これで安奈さんは死んだよ、確実に。案外あっけないもんだね。いやー、面白い。こうやってみると、あの取り柄の無かった僕もずいぶんと強くなったものだ」


 こいつは、何を言ってるんだ……。

僕の、……いや、俺の大切な仲間を失って楽しい訳がないだろ。

常識で考えろよ。


「面白い訳、あるか」

「ん? なんだって?」

「面白い訳あるかクソ野郎!! これでもう俺の両親も、クロードさんも、安奈さんも、みんな、みんなみんなみんな死んだ!! 死んだんだぞ!! 分かってるのかよお前!? なんでこんな事するんだよ!!?」

「うーん」


 頭に血がのぼった俺の必死の罵倒にも奴は動じず、平然と受け流す。

なんだその思案気な表情は。

何が言いたい。


 やはり、こいつには何を言っても無駄なようだ。


 そもそも、話し合いで解決しようとしていた俺が間違っていたんだ。

こいつにはもう、力で分からせるしかないんだろう。


「……だけど、最後に一つ質問だ」

「ああ、なんなりと聞いてくれ」

「安奈さんは『お前』と『俺』にとって、仲間じゃなかったのか?」


 この時俺は、神様にでもなく、目の前の男にでもなく、なぜか自分自身に祈っていた。

どうか、大切な仲間であったと言ってくれと。

先ほどの攻撃は、手元が狂っただけだと、本当は俺を狙っていたんだと言ってくれと。


 激しい怒りを抑えつつも、最後の理性を振り絞って目の前のじぶんに祈り続けた。


 すると……。


「くっ、くくくっ、あははははははは!!!」

「そうか、それがお前の答えなんだな。……安奈ちゃん、ごめん。こんな奴のために、俺なんかのために巻き込んで。でも、おかげで覚悟が決まった」


 ────だからもう、お前を、殺す。


 そうして心が絶望に染まったその瞬間、目の前が突然輝きだした。


 

──☆☆☆──



 気づくと、俺は中央に大きな大樹が生えた緑豊かな丘で寝転がっていた。

なんだここは、さっきまでの場所はどうしたんだ。


 というか、今はこんなところで寝転がっている場合じゃないのに。

早くあいつを、武藤天伊を消さないといけないんだ。


 だけどこの不思議な空間は何故か懐かしくて、どうにもふわふわとする。


「……どうなってるんだ?」


 そう呟くと、寝転がっていた頭の方から声がした。


「おお、気がついたかテンイ。ワシじゃよ、ワシ。というか、その恐ろしい顔をやめんか。まったく似合っとらんぞ」

「……え?」


 起き上がり振り向くと、そこに居たのはずっと前にその最期を看取ったはずの、クロードさんだった。


「ほっほっほ」

「いや、そんな馬鹿な……」


 ありえない。


 だけど、あの時と何一つ変わらないその朗らかな笑い顔を見て、彼が本物のクロード・ウォン・グリモア、僕の師匠である事を確信している自分がいる。


 よく見ると、いるのはクロードさんだけではない、グランくんの姿も、両親の姿も、安奈さんの姿もある。


 なんでこんな時に、こんな幻想を見せるんだよ。

せっかく覚悟を決めたのに、自分に決着をつけると決めたのに……。


 これでは、そんなちっぽけな決意は全て揺らいでしまう。


「じゃじゃーん!! なんと、高瀬安奈ちゃんもここにいまーす! おーい! 聞こえてますかー?」

「というかおい、何てツラしてんだ友よ。久しぶりの再会だってのにあんまりだぜ」

「安奈さん、クロードさん、グランくん、父さん、母さん、みんな……」

「なんじゃ、しかめっ面の次は泣きっ面か。いつにも増して未熟な弟子じゃな。それともワシに会えたのがそんなに嬉しいのかのぅ。これはまた、ジジイ冥利に尽きるわい。ワシはいつもお前さんを眺めておったから、そんなに懐かしい感じではないのだが」


 嬉しいよ、嬉しいに決まってるじゃないか。

もう二度と会えないと思っていたみんなに会えて、嬉しくない訳がない。


 でもどうしてだろう、なんで本物としか思えないみんながここに居るんだろうか。


 もしかして僕はあの瞬間、考える間もなく一撃で殺されてしまったのだろうか?


「チッチッチ、違いますよテンイさん。テンイさんはそんな簡単に死にませんとも、ちゃんと生きてます」

「じゃあ、なんで?」

「それはもちろん、神様のご加護ってやつですよ。……あ、この場合は報酬と言った方が良いのかな?」


 その時、僕はピンと来た。


「そうか! 過去の世界に来る前の、あの時内緒にされていた神様の報酬!」

「そーです、大正解! その報酬で、テンイさんはこうして私達と再会しているのです」


 ははは。

さすが神様だ、何もかもお見通しだったのか。


 でも、だとするとこの空間は……。


「そういう事か……」

「はい、そうです。そして、ここで会えるのは一度キリです」


 そう答える安奈さんの顔は今にも泣き崩れそうで、でも、どこまでも優しい笑顔だった。


「のう、テンイよ」

「なんでしょうか、クロードさん」

「もしかしてじゃが、ワシや安奈、そしてお前の両親がお前さんと居たせいで死んでしまったとか、責任を感じるとか、そんな事を思っているのではあるまいな?」

「いえ、そのような事は……」


 実を言うと、責任を感じていない訳ではない。

僕がもっと上手くやっていればどうにかなっていたとか、もっと違う方法があったとか、常にそういう考えは付きまとう。


 僕が神様に機会をもらったのだって、そのためだろう。


 しかし僕のそんな浅はかな考えは、次のクロードさんの一言で瓦解する。


「馬鹿弟子が。それはテンイ、お前さんの傲慢というものじゃよ」

「…………っ」

「いいか我が弟子よ、よく聞け。ワシらはワシらの自由せきにんを以って物事を選択し、生き抜き、そして死に、人生をまっとうしたのじゃ。それを何を、自分次第でどうにか出来たなどと抜かす。まずその考えから改めよ」

「うっ、そ、それは……」


 全く以って、クロードさんの言う通りだった。

何を思い上がっていたのだろうか。

僕は自分を神様か何かだと思っていたのだろうか?


 それこそ神様のように物事を上手く動かしていくなんて、僕には到底無理な話だ。

それに思い返してみれば、天空城の面接の時だって僕は「相手となるべく会話する機会を多く持ち、話に耳を傾けます」と、そう答えたじゃないか。


 それこそが、今の僕に出来る全ての事だったじゃないか。


「ふう、ようやっと元の弟子に戻ったか。まったく、年寄りに説教なんてさせてくれるな」

「ははは、すみませんクロードさん」


 でも、ようやく目が覚めた。


「それにですね、テンイさん。私はどちらにせよ死ぬつもりだったんです。この仕事に出向く前に神様に言われました、命ある限り、死からを目を背けてはならないと。あの能天気な神様が真面目な顔してこんな事言うんですよ? 笑っちゃいますよね」

「…………」


 確かに、あの神様が真面目な顔してそんな事いうなんて、とても想像できないや。


「でも、おかげで分かったんです。寿命のないAIなんかになっても、自分の死から逃げいていただけだったんだなって。そして今回の仕事こそが、私の最後の試練しごとだったんだなって。ここまで言えば、……テンイさんならもう気づきますよね」

「……うん」


 そう、僕は途中から気づいていた。

あの目の前の男、そして転移してきた過去の世界全ては、かつての僕のトラウマそのものだったのだ。


 だからこそ神様は僕を過去の世界に飛ばして、トラウマを克服させるために、歩みを止めた心を再び前に進ませるために仕事しれんを受けさせたのだ。


「ふう、良かった。これでテンイさんが、まだ俺はおこってるぞ~! なんて言ったら、どうしようかと思いましたよ」

「それは無いさ。それは無いけど……」

「え?」


 だけど、それでも……。


「僕は、それでも、みんなに、安奈さんに生きていて欲しかったっ! 生きていて欲しかったよ!」

「…………!!」


 涙が止まらない。

当然だ。


 いつか人が死ぬと分かっていても、どこかで別れる時が来るとは分かっていても、それを受け入れるのが大人だと理解していても。

それでも。


「まだ一緒に居たかったと、神様お願いだからと、願わずにはいられない!」

「…………」


 全てはちっぽけな人間の、わがままだ。

そんな事は分かってる。


 だとしても。

例え僕が大人になって、いろんな現実を受け入れていって、様々な答えを得たとしても。


 こうして流した涙の事を忘れる事はないだろう。


 そうして僕の最後のわがままを吐き出し終えると、それを皮切りに、神様の計らいで成り立っていた世界は霞むように消えていった。



──☆☆☆──



 ────またいつか、どこかで、巡り会いましょう。英雄テンイさん。


 ────ありがとう、私の英雄ヒーロー


 

──☆☆☆──


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