第22話 攻防戦②

 第二試合目が始まった。

 相手選手は同じCランクのベニチェという女性だった。


 オレンジ色の瞳、赤毛のおさげ、スウェットパーカーを着た女性だ。

 後から知ったのだが、服装は自由とのことだ。『身軽で動けるのなら許可する』というルールがあることをルシアーノから聞いたわけだ。


 でも、普段通りに学生服でここに立っている。


「噂はかねがね聞いています。なんでも<謎の転入生>…とか」


 謎の…? なかったはずの部分に加えられている。


「クジナや<糸車>のアニーを倒しているあたり、相当強敵のお方だと存じております。個人的に戦いたくない相手だと思っていたのですが、こうやって目の前に立つと、どうも戦いたいという欲が湧いてきてしまいます」


「好奇心が湧いたのか?」


「ええ、好奇心というよりも興味からですね。私の魔法も<炎>属性なんですよ。ルアさんも<炎>属性で戦っている姿を何度か見ているので、おそらく同じだと思うんです。」


 おそらく…炎属性が得意とアピールしていたのだが、意外にも他の部分を知っているような口ぶりだ。


「ですから、正々堂々と<炎>属性で戦いたいのです。わたしが得意としている<炎>属性のプライドとして、どちらが強いのかを調べたいんです!」


 ベニチェはそう終えると、早速審判に申し出た。


「先行はルアさんでお願いします。私は<防御>からスタートします。ルアさんの魔法がどれほど強力なのか身をもって知りたいのです」


 ベニチェは自らダメージを受ける覚悟で挑んできた。

 こうまでして敬意で相手をしてほしいと頼まれたのは何度かあった。

 でも、同じ属性で戦うなんて、いままであまりなかった。


 <炎>属性はアカネが得意だった。いつも練習相手にされていたっけ。アカネと勝負して二勝十四敗だった。二回しか勝てないほどアカネは<炎>属性の制御がうまかった。


「お互い、結界(バリア)を展開します。どちらが壊された時点でバトル(ゲーム)は終了。また、魔力が切れたものは本人の確認次第で敗北します。では、試合開始します!」


 審判の合図とともにバトルが開始された。


 ベニチェはさっそく魔法を展開させる。


「あっ、あれは!」


 ベニチェが両指を使って、華麗に舞っている。踊り子のように舞い、文字を描いている。宙に描かれる文字は幻想的で煙のように漂いわずかに光を放つベニチェの魔法は観客たちを魅了させた。


「これが私の得意分野。これに打ち破った人は数少ない。伊達に<双使い>と呼ばれていない」


 <双使い>または<二刀流>と呼ばれる使い手のことだ。それぞれ別の動きをし、同時進行で魔法を別々で発動させる技術だ。


 魔法使いはひとつの魔法に絞って発動に集中する。頭はひとつであり司令塔もひとつしかないからだ。

 逆に同時進行で考えて行動する人もいる。彼らは頭の中で無数の選択肢と司令塔があり、小分けして指令を出すことができる。

 そういう人は、無詠唱のような呪文、イメージだけで発動する人や両手を使って魔法を同時進行でふたつ使ったりする人もいる。


 高度になれば、なにもせずただ突っ立っているだけで複数の魔法を発動したいると超人的なことをする人もこの世の中に存在しているのだ。


 ベニチェは右手、左手で異なる魔法・同じ魔法を使える魔法使いなのだ。


「ベニチェ…聞いたことがある。去年、準優勝まで上り詰めた相手だ」


 観客席から声を拾った。

 客の人は少ない。この時間は、別の試合(争奪戦など)が盛り上がっている時間だ。

 準優勝まで上り詰めたことがある相手。かなりの強敵だ。

 ベニチェは自ら後者を選んだ。つまり、守りに自身があるということだ。


 同じ<炎>属性の使い手として、正々堂々と戦いたいのは…そういうことなのだ。なるほど、準優勝者か。

 ベニチェを倒せば、準優勝者ほどの力量だと認められるということだ。


「なるほどね…準優勝者か。これはいきなり強敵と会ってしまったわけだ。頭が痛いなー…」


「棄権なんて、バカげたことを言わないよね?」


「もちろん言わないさ。そんな恥さらしなことはしない」


 さて、≪炎の波(ファイア)≫では彼女の自信を崩せるのだろうか…。それはたぶん不可能だ。

 あの余裕もった姿を崩せる自信がない。


『あきらめちゃうの?』


 ルキアだ。昼間から顔をのぞかせるなんて、相当暇なのだろうか。


『本気で行けば、イージーモードでクリアだ』


「それもありだけど。ベニチェは<炎>属性がお求めだ。それ以外の方法を使うのは礼儀的に恥ずかしいものだ」


『ふーん…きれいごと並べているようだけど、勝てる自信ないくせに、えらそーに言うね』


「偉くはないよ。ただ、個人的に<炎>属性で負かしてみたいと欲をかいている」


『まぁ、ピンチになっても我は助けないよ。君が負けた時点で、君の身体・魂は我がもらうから…』


 煙になって消えていった。

 急に身体が冷え切ったように感じた。冷蔵庫に入れられた気分だ。


 敗北――すなわち乗っ取られる。


 ベニチェたちは知らないだろう。負けるということは死ぬということだ。ぼく自身の記憶も体も存在自体失くすだろう。

 この呪いを解くためにこの学校に転入してきた。


「フゥー」


 息を吐き、魔法を唱えた。


「<炎の波(ファイア)>」


 炎の波がベニチェに向かって突き進んだ。

 以前よりも威力がやや上がっている。ベニチェは息を吐いた。


 バッ~シュンと味気ない音で<炎の波>は跡形もなく消え去った。

 どういうことなのだろうかと、ベニチェの方に視線を向けると、詰まらなそうに大きなため息とともに「この程度か」とほざいた。


「つまらない」


 ベニチェは唾を吐き、睨みつけた。


 想像以下だったのだろう。ベニチェの目は軽蔑していた。


「もっと本気で戦え! 私を地べたに張り付けさせろ! Cランクで私を圧倒する<炎>属性の使い手のほとんどがBランクに行ってしまった。いまは、あなたとしか戦えない。私をもっと満足させろ、もっと興奮させろ!」


 それが、ベニチェの本音だった。

 他に対等に戦える相手がいない。それがベニチェの愚痴だった。


「次は本気でこい!」


 床や壁に亀裂が走った。亀裂の隙間を縫うように炎の蛇が走り抜けていった。ベニチェなりの怒りだった。

 ベニチェを満足させないと、怖いことに発展しそうだ。


「<攻撃>・<防御>交代です」


 ぼくは<防御>、ベニチェが<攻撃>に交代した。


「こんなにつまらないとは、思いもしなかった。この最悪な日(火)をさっさと終わらせましょう」


 再び二つの呪文に入った。違う書き方だ。


「≪沈黙する炎の習わし≫」


 ボウっと蝋燭に火がついた。周りに蝋燭が無数に宙に浮いている。


「≪炎が私と一緒に踊る≫」


 蝋燭の火が一斉に消え、その火がベニチェの方へと集まっていく。

 なにをしようとしているのか。


「≪か弱い者への祝福≫」


 火がベニチェを覆うようにして纏まっていく。全身が火に包まれているのに痛みがないようで平然としている。


「準備が整った。さぁ、来なさい。私が全力で返してあげる」


 準備が整った? ベニチェはあの火でなにかをしようとしている。それも先ほどと比べ物にならないほどの魔力がベニチェの身体を纏っている。

 火だ。火を魔力に分担させ、それを自身の活力として増幅させているのだ。


 つまり、ベニチェは炎属性による耐性と能力値アップ効果を得たというわけだ。並大抵の炎魔法ではベニチェには通用しないだろう。


「仕方がない…」


 ルシアーノ戦まで取っておこうと思っていたが。ここで敗北するのもルシアーノとソラとの約束を果たせなくなる。


 指を動かそうとしたとき、誰かに声を掛けられた。


「こっち、こっち」


 ボウっと蝋燭の火がついた。ベニチェの魔法じゃない。ぼくの魔力を借りて現れた。

 小人サイズにキャミソールを着た小さい女の子の妖精だ。


「ようやく気付いてもらえたよー」


 ホッとしたかのように胸をなでおろした。


「私たちの仲間がみんな、あの子に吸い寄せられたの…」


 ベニチェに指をさして火の妖精は訴えた。


「吸い寄せられた?」


「あの子からとても強力な何かを感じる。なにか…火を恐れている」


 火を恐れている? <炎>属性を得意としているうえ、炎を纏っている。そんな彼女が火を恐れている。そんなわけがないと思うのだが、火の妖精が言っていることは事実らしいと、思ったのはベニチェを見た時だった。


「たすけてー」

「たすけてー」


 と無数の声が聞こえてくる。


「仲間たちの声だよ」


 火の妖精はそう言った。

 火の妖精を取り組むほどの彼女の秘密は何なのか気になるところだが、火の妖精と会話ができるようになったのはソラが施してくれた魔法の効力だ。


 精霊たちと話せるように――と言っていた。


「助けると言っても具体的にどうすればいい?」


「あの子から火を引き離すの。風でも炎でもなんでもいい。でも、氷や水属性は止めてね。消えちゃうから」


 火の妖精は辛そうにしょぼくれていた。

 ぼくがうまく返答できないでいると次第に泣き崩れ、ぼくは戸惑ってしまった。


 そのとき、ベニチェの魔法が飛んできた。


「やばッ!?」


 防御魔法を発動しようにも間に合わない。

 そのときだった。火の妖精が姿を変え、大人の姿となって代わりに身を挺してくれた。


 ドカーンと大きな爆発音とともに建物が揺れた。

 天井から瓦礫が降ってくる。炎の魔法が衝突したことによって火花と煙が大量に広がった。


「えっ!?」


 人と身長が同じぐらい。火の妖精はぼくを前に両手を伸ばして大の姿で庇ってくれていた。

 その場に崩れ、火の妖精は言った。


「あの子と、仲間たちを守って…――」


 火の精霊は消えていった。赤い火花が粒子となり、煙とともに消えていく。火の精霊という存在が消されていくさなか、ぼくは拳を握り、誓った。


「どいつもこいつも頼んできてばかりだ。わかった。ぼくが何とかする。両方助けて見せる!」


 拳をグイッと前に突き出し、次の勝負で決着をつけると誓った。

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