第23話 攻防戦③
≪赤鬼火の砲弾(レッドファイアボール)≫が放った。≪炎の祝福≫で威力と操作性を高めた。相手がどんな魔法で防御しても確実に崩せることができる強烈な魔法だ。
ベニチェは生き生きとしている一方で大きなため息を吐いていた。
思っていた以上に弱かった。自分の評価に呆れていたのだ。
「審判、勝負はついた。」
「いや、まだだ」
審判が風魔法で煙を吹き飛ばし、ぼくが立っている姿を見せつけた。
「お、面白いわ!」
ベニチェは微笑んだ。
倒れていることが前提の魔法に立ち尽くし、しかも結界が崩れてもいない。こんな相手を待っていた。ベニチェのなにかが興奮しだす。
「火の妖精…君の思いを踏みにじない!」
ぼくは、拳を前に突き出していた。
ベニチェはそれを見て、さらに興奮した。
「ルア選手、<攻撃>の準備をしてください。ベニチェ選手は<防御>の準備を」
審判の合図で役割が交代した。
ぼくは切り札ではないが、イメージの魔法使った。それも両手で。
腕を組む、指を見せない。
さらに、魔法の文字も見せないように透明化させた。相手が目に魔力を集中させていない限り身バレすることはない。
「――魔法は単純なものじゃないよ」
ふと、アカネの言葉を思い出した。
***
――転入前。
アカネと魔法勝負で日々、喧嘩していた。
アカネの一方的な勝ちだったが、ぼくはあきらめず何度もぶつかっては黒焦げになるまで戦いを挑み続けていた。
「なぜだ! なんで勝てないんだ!」
ぼくは仰向けに寝転がった。悔しかった。何度、挑んでも勝てる見込みはない。魔力はぼくのほうが上だ。魔力をパンのようにこねてもアカネの結界を崩すことができない。
「魔法は単純なものじゃないよ」
アカネはため息をはき、ぼくに手を伸ばしてきた。
アカネに引っ張られ、無様に負けたぼくはいいように笑われると思っていた。
「ルアと私の大きな違いはわかる?」
「魔力の違いだろ。」
「いいえ、ぜんぜん違う。魔力が多い少ないなんて問題じゃないの。いいこと、魔力は精神的エネルギーであって、体は貯蔵庫のようなもの。貯蔵庫にどれほどのエネルギーをため込めるかで多いか少ないかで測っている。でもね、理屈は単純じゃないの。それをどう魔力をこねるかで変わってくるの」
アカネはぼくになにかに気づいてほしいと思っていた。
ぼくはその意味を最初は理解できていなかった。
「わからないよ。魔力の多さじゃないなら、なんでアカネに勝てないのさ」
「単純に魔法の使い方が違うのよ」
「どう違うんだよ」
「私が使っている魔法は主に、一点集中の技。例えばここにボールがある」
ブルーノから野球ボールを奪い去り、見せる。
「このボールに魔力を込めるイメージ。それも鉄砲並の威力と速度をもつほど。そうすれば魔力はボールに注ぎ込められ、相手に向けて投げる動作をすれば、そのイメージ通りに発動する。」
「つまり、使い方次第だよ。アカネの≪ファイア≫は一点集中にした技で、100%の威力で放たれている。一方でルアの≪ファイア≫は拡散型。広範囲に放つため、威力が分散してしまう。その結果、100%の魔法に50%以下の魔法では負けてしまうという意味さ」
横からブルーノが入ってきた。
「ちょっと、わたしが説明しているんだから入ってこないでよ!」
「ぼくからボールを奪っといて失礼じゃないのか?」
「それは謝るけど、これとそれとは別の話じゃないの」
「ルアに魔法のこと教えているんだろ? だったら、一人じゃなくて二人の方がうまく説明できると思うよ」
――現在。
そうだ。アカネは一点集中すれば、魔法の威力は高まる。100%に引き出した魔法は相手の魔法がどんなに堅くても相殺することができる。
つまり、≪炎の波(ファイア)≫では拡散型。広範囲に攻撃ができる半面、威力は分散され、魔力も波として再現しているため、効率が悪くなっている。
(ありがとう。アカネ)
ぼくは、おにぎりを作るかのように手を合わせた。
魔力はイメージ。それも今までない魔法を新たに作り出して見せる。
火の妖精たちの力を借りて…。
手のひらに魔力を集中させる。身体中に流れているエネルギーをひとつに集めるイメージ。
≪炎の波≫では広範囲に放つため、正面へ魔力を放つイメージだったが、これは真逆。たったひとつの出口に魔力を流し込むというイメージだ。
「…できた」
完成だ。
クジナの魔法(イメージ)を利用(借りる)させてもらう。
「≪黒獄炎の短剣(ヘルフレイムダガー)≫」
黒く禍々しい炎の短剣を手で握り持つ。
持っているだけで周囲の空気を活性化させ、物資に近づけば溶けだすほどの熱さを持つ。使用者である術者には影響はない。
なにせ自分で作った魔法だからだ。魔法で殺されない結界(オーラ)を纏っている。
「すごい、すごいよルア。黒くて禍々しい…私のなかがときめきそうだ」
ベニチェは興奮しているようだ。両手を頬にあて、とろけるような眼つきで見つめている。目はハートマークで恋という表現を表していた。
≪黒獄炎の短剣(ヘルフレイムダガー)≫を投げる。
「えいっ!」
単調で単純だが、この魔法でベニチェの結界を破ることができるのだろうか。
「いいわ。わたしが全力で受け止めてあげる」
「なっ!? なにをするんだ!!」
審判がベニチェ選手に向かって手を伸ばした。
ベニチェが魔法の壁を解き、自ら受け身の態勢をとった。そうまでして攻撃をくらいたいのか!? ある意味で恐ろしい人だよ。
ドカーンと白と黒の煙が巻き上がる。
バチバチと火花が飛び散り、爆心地周辺の壁や床、天井が溶け出す。まるでチーズだ。加熱されたチーズのように溶けていく。
使われている材料のせいなのか、鼻を押さえていても強烈な匂いに吐き気を感じた。それ以上吸うと意識がもうろうとしてくるレベルだった。
「最高…だった、わ」
煙の中から這い上がり、右肩に左手で押さえながらふらふらと出て来た。服は焼け落ち、所々焦げている。
それでもTシャツと髪、ボトムズは焼かれず残った。ベニチェの受け止めると言いつつも最低限に結界をしていたようだ。
「でもね、優勝者はこんなものじゃなかった。私がこの日のために作った魔法でルアさん、あなたを殺します。」
「おい、これ以上は――」
審判が止めにかかるが――。
「やらせて下さい。これは私とルアさんの問題なんです! 私が認めた人なんです。ですから、最後までやらせてください」
「だが、ルール上…」
「審判が黙っていれば問題ないです。なにせ、次の<攻撃>ターンが私の最後なんですから」
最後? この吸い寄せられるような魔力を微弱だが感じていたが、あれはすべて、ベニチェが吸い込んでいるのか。
つまり、次で<防御>で勝てなければ、実質負けということか。
「これほど強い<炎>使いがいて、まだCランクは侮れないね。Cランク最強<炎>使いを自称していたけど、あはは…負けそうだよ」
瞳に涙を浮かべている。
ベニチェは過去の自分を比べながら唇をかんだ。
「これが私の究極魔法、すなわち最後の切り札≪妖精たちよ舞え、足場のない陸地で、羽を羽ばたかせ複数の剣を持て、相手は海にいる化け物、殺しても構わん。殺す勢いでなければ自分たちが食われて死ぬだけだ、ゆけ妖精たちよ、最後の宴だ。火の剣を豪雨のように投げつけろ、無数の敵を射抜け、逃げ場がなくただひたすら立ち往生するほどに≫」
聞いたこともない言葉がいくつか入っている。それも二つの言語を変えつつ、口で唱え、両手で別の呪文を書いている。
ベニチェがいかにすごいかを物語っていた。
「ルアさん!」
観客席から仲間が呼びかけた。
心配そうに見つめ、相手選手がどれほどヤバいのかを伝える。
「棄権しろ、ルア! そいつ、殺しに来ているぞ」
「ルアさん。私の霊薬で何とかしますが…審判さん、止めてください!」
審判は一瞬エレナたちに振り向くが、怖がっている様子で、『こんなの私じゃ止められない。想定外だ』と言っている風にも見えた。
審判じゃ止められない。
「ベニチェ、なにもそこまでしなくてもっ!」
アニーだ。ベニチェと同じチームメイトらしい。
「ルア!」
Aランクであるはずのレイナも駆けつけた。
「な、なんて禍々しい魔力だ。こんな魔力…一年前以来だ」
一年前? なにかあったのだろうか。
レイナがベニチェを見つめている。部屋を覆いつくすほどの壮絶な魔力が、観客席にいるみんなが一同冷や汗が止まらない。
ベニチェが放つ魔法がどれほど恐ろしく。どれほど強いものか物語るかのように、審判が逃げるように出入口へ逃げ出してしまった。
「ひぃぃいいっ!」
「審判っ!」
止める人がいなくなってしまった。
こうなれば、やるしかない。
「≪炎の豪雨(フレイム・ダウンプーア)≫」
炎に包まれた針が豪雨となって襲い掛かる。
結界を張り巡り、≪炎の壁≫を形成するが、壁を貫いてくる。
「くそっ!」
すぐに緊急用の魔法が発動した。
命に係わることがある際に事前に発動するようプログラムしておいたものだ。
≪鉄の壁(アイアンウォール)≫
鉄の壁が炎の壁の中に創られた。
見た目は炎の壁。でも中身は鉄の壁だ。
≪炎の豪雨(フレイム・ダウンプーア)≫が無残にもはじき返す。
「ただの炎の壁なのに、なんではじき返せるんだっ!」
ベニチェは見えていない。それもそうだ。ありったけの魔力をこの魔法に使ったからだ。目で見えていた魔力の循環もこの魔法のために使ったんだ。
ベニチェはもう限界寸前だった。
「どういう理由かしれないが、そこまでいたぶる必要ないだろ!」
「なんの話だ!?」
「妖精だけでなく自分も傷つけてまで、なんでそこまで勝ちたいんだ! ベニチェは強い。妖精の力に借りなくても強い。いったい、なにがそこまで君を変えたんだ!」
「はぁー。つくづくバカだわ。こんなバカな人に紺範囲の魔法で攻撃するなんて、わたしどうかしていたわ」
「ベニチェ…」
「こんなゲームもう面倒だ。本当はある人物を殺すよう言われていたけど、もう顔を隠す必要はないわね」
どういうことだ…!? と反対に驚かされてしまった。
「そこまでだ」
賢者の弟子ククルトの登場だ。
左手で横線を描いた。
すると、≪炎の豪雨(フレイム・ダウンプーア)≫はきれいに消え去った。
「おまえは、なんでここにいるんだよ」
「化けの皮が剥けたなグリドール」
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