第20話 目標

 ある日のことだった。

 甘酸っぱい思い出なんてなにひとつない。

 ぼくのなかにあるのは、常に生きるための努力とルキアからの誘惑に負けない心の強さだけだった。


「――好きです」


 突然の告白。

 ぼくは胸に大きな杭を打たれたような感じがした。

 丸く冷たい杭がぼくの胸の奥へと貫く。閉ざしていた心の壁を打ち破ったような温かいものだった。


「返事はいつでもお待ちしております」


 そう言って彼女は顔を真っ赤にして走り去ってしまった。

 ぼくは言葉を返さず、ただ彼女の後ろ姿を見つめるだけで、彼女が角を曲がり、姿が見えなくなっても見つめていた。


 ボーと授業の内容や先生の話し声にまったく聞こえてこない。

 不思議だ。退屈のようだ。空白の時間だけが過ぎていく。


「ボーとしてどうしたの? 変な物でも食べた?」


 クロナが心配な顔をして覗き込んでいた。

 ぼくは、「ああ、うん、平気」と適当に返事した。


 するとクロナはしかめっ面で「正直に話せ!」と、ぼくは居づらくなり、「ごめん」と謝ってその場を去った。


 ぼくはどうにかしていた。

 気にもしない人だ。初めて知った人だ。

 そんな人から「好きです」と告白されてから、胸がいっぱいだった。


 チームメイトのクロナやエレナ、ルシアーノでさえも、言葉が胸に届かなくなった。声は聞こえるが、頭の中に入ってこない。

 雑音のようで、聞こうとしてももみ消しされてしまう。


 ぼくは、告白してきた人を全く知らず、ただ時が流れるだけだった。


 <攻防戦>の後、彼女にあった。

 ぼくに顔を見られないようにして教材で顔を隠しながら話した。


「あの…返事を、聞いてもよろしいでしょうか」


 照れ臭そうに声がこもっている。

 ぼくは、返事を言う前に、彼女の名前から知ろうとした。


「ぇ…ぁ…」


 声が小さく籠っている。

 はっきりと聞こえず、もう一度訪ねた。


 すると勇気を振り絞るかのようにか弱い声が聞こえてきた。


「レイナ」


 レイナはにっこりと笑みを浮かべ、笑って見せた。

 ぼくは、アカネのことを重ねていた。


 あの事件で失ってしまった仲間。幼なじみであって、共に学校一の優等生を目指して努力していたあの頃を思い浮かべていた。


 レイナはアカネとは違う。

 髪は桜色。ロングヘアで、首あたりで髪を結んでいる。

 耳は横に長い。エルフだ。しかも、幼いかのように身長もやや小さい。


「ぼくは、ルア」


 かしこまるかのようにレイナは言った。


「ルア、さん。わたし、あなたを見て…」


 ――回想。


 レイナが初めてぼくと出会ったのはエレナを助けるために虐めっ子の少女と戦ったときに偶然見かけたという。

 最初は、転入生の力量の拝見だったのだが、強力な魔法を相手に、一歩も引かない姿勢に、胸を打たれた。


 それだけじゃない。

 ルアは他の人とは異なるものを感じた。

 魔力の長けもあるが、なによりも光か闇の中間という立場にいるような風に見えた。


 興味を抱くうちに、ルアのことを調べていた。

 調べていくうちに、ルアがどういう人物なのかが気になり、気づけば、鼓動が激しく鳴るようになっていた。


 現実――


「気づけば、あなたを見ただけで胸がとろけそうなんです。初めてです。エルフとして生まれ、人間よりも長生きしているにもかかわらず、ルアさんと近くにいるだけで、私の鼓動は鳴りっぱなしなのです。わたしの鼓動はどうなっているのでしょうか? 私の力では止めれません。」


 言い切った。

 息が乱れ、レイナは戸惑っていた。


 これ以上、言ってしまえば、おかしくなってしまいそうだと。

 でも、言わなければ、永遠とこの謎の苦しみから解き放たれない。


 エレナは言った。勇気を振り絞って――。


「友達に聞きました。これは恋だと。私は、あなたが好きなのです!」


 顔を真っ赤にしてレイナはそう答えた。

 ぼくは、まんざらではなかった。


「――少し、考えさせてくれないか」


 ぼくは、そっとレイナの肩に手を置いた。

 彼女は両手を胸に置き、「待っています」と答え、ぼくの手を振りほどいて去っていった。


 ぼくは、レイナことが少しばかりか気にするようになっていた。


 昼休み、ぼくはレイナのことが頭いっぱいで、昼飯を前にしても腹に進まなかった。腹がぐーとなり、飯をよこせと訴えているにも関わらず、ぼくは、別のことで頭をいっぱいにしていた。


「最近、食べていないけど、大丈夫?」


 クロナに聞いて、心配になったのかエレナが反対側の席に着いた。

 ぼくは、躊躇していた。


「ごめん、食欲がないんだ」


「そんなにやつれるまで…大丈夫。私が料理を提案してあげるから」


 エレナは料理上手。クロナよりも上手だったことは知っていた。


「あ、ありがとう」


「今晩、作っておくわ」


 エレナは楽しみそうに昼飯を食べていた。

 ぼくは、窓の外を見つめるだけで、食事に手を付けることはなかった。


 深夜、ルシアーノが尋ねてきた。

 もう寝る時間帯だ。この時間にどうしたんだろうと、ルシアーノに訊いた。


「……」


 ズバリと当てられた。

 ルシアーノは紙とペンを使って、レイナのことが気になっているのかどうか聞かれた。ぼくは、ありのまま正直に話した。


 すると、ルシアーノは紙にこう書いた。


『それを決めるのはルア。レイナの気持ちを受け取るなら、付き合う。レイナのことが知りたいのなら、友達から。レイナのことが気になるのなら、告白する』


 と、ぼくは、ためらった。

 エルフと付き合うのは初めてだ。それに、レイナのことはあまり知らない。


 ぼくは、一時間あたり使って、ルシアーノと相談した。


 結果、ぼくは決めた。


 翌朝、レイナを前にぼくは堂々と言った。


「好きです」


 と、ぼくは顔を真っ赤にしていた。

 レイナの顔は真っ赤に染まった。柿のようだ。


「――ありがとう」


 レイナはそう言って、ぼくの手を握ってくれた。


 でも、知らなかった。

 レイナは、同じランクではない事に。


「――待っているから」


 レイナはそう言って、去っていった。

 去った理由は、ぼくはCランク。レイナはAランクだからだ。


 <攻防戦>を勝ち抜いても、1位を勝ち取り、なおかつ連勝しなければ、Aランクになれない。そにれ、Aランクになっても、お国の偉い人や貴族階級の人がたくさん詰まっている場所だ。


 そんな場所に入れる余白はない。

 ぼくは、レイナが遠くに行くような気がした。


 せっかく告白してくれた彼女が、目指すてっぺんにいることに、ぼくは抑えきれない不快感に襲われた。

 チームメイトを裏切り、Aランクに上り詰めてレイナと会う…か、それともチームメイト共にAランクに目指すか。


 後者は二年以上はかかるだろう。

 レイナはそう待ってはくれないはずだ。


『――運命の選択肢だ』


 ルキアだ。


 そうだ。ぼくは、呪いを解くためにこの学校に来た。

 呪いで怯える生徒たちが集うこの学校で、ぼくは、恋や友情のために来たわけじゃない。


「レイナ、しばらく時間かかりそうだが、約束は守るよ」


 ぼくは、前者をとった。レイナが「待っている」と言っていたんだ。ぼくは、チームメイトと一緒にレイナがいるAランクを目指す。

 それと同時に、エレナ、ルシアーノに掛けられた呪いを解く方法も探す。

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