第13話 クロナのけじめ

 リック先輩の墓の前で泣いているクロナを見つけた。

 木の木陰から覗くようにしてぼくは、どう声を掛ければいいのか迷っていた。


「そこにいるはわかっている」


 クロナは振り向かず、そこにいることはバレていると言っていた。


「エレナから聞いたよ…その、なんというか…」

「かわいそうとかはいいわ。……何しに来たの?」


「えー…と」

「慰めに来たのなら、いらない。私は、誓ったのよ。ここで」


 墓を背にして、ぼくに向かって言った。


「もう誰にも奪われない。私は強くなって、エレナもリック先輩が大切にしていた後輩たちを守るって! だから、私は呪いにも力を染めていた。だって、私は元々呪いなんてなかった。強くなる糧がなかった。でもね、ルアと会って少しわかったの。守るって呪いを頼ることじゃないって。」


 クロナなりの解釈だった。


「あのときは、呪いで中断したけど、まだ勝負の続きがあったわね」

「ここでやるのか」

「先輩に見てほしいのよ。もちろん、場所はここから少し離れるけどね」


 いつもの表情を見せていた。

 でも、どこか寂し気で悲しそうだった。

 まだなにかを怯え、怖がっている。

 ぼくになにかできることはあるのだろうか。


 場所を移し、公園のような場所に出た。

 遊具はすべて取り外されて、いまはなにもない。


「ここね、リック先輩が後輩のためにと遊具を作ったのよ。でも、あの日を境にわたしはここの遊具を撤去したのよ。リック先輩を思い出すからといって……」


 涙を浮かべながらなんであんなことをしたんだろうっと後悔をしていた。


「さて、気を取り直して始めましょうか。そうね、あの時は一方的だったから、交互に攻防して、最大三回まで勝負ね。先に、相手を吹き飛ばした方が先」

「いいね。わかりやすくて」

「でしょ。ではいくわよ」


 互いに十五メートルほど離れ、戦闘態勢に入った。


「私から行くわ。≪黒い魔弾(ブラックバレット)≫」


 親指を上げ、人差し指と中指を前にして、薬指と小指を丸めた。銃のような仕草をとり、魔法名を唱えると同時に前に出していた指から黒い弾丸を放った。


 ≪黒い魔弾(ブラックバレット)≫はまさに黒い弾丸そのものだ。放ってからは見えないほどの速度だ。とっさに構え、素早く抵抗の魔法を放つ。


「≪神の手(ゴッドハンド)≫!」


 大きく黄金のように光放つ手をグーと握り、相手に向けて前に出す。


「≪神の拳(ゴッドグー)≫!」


 ガンと音を立て、≪黒い魔弾(ブラックバレット)≫は拳の状態となった中指で止まっていた。パラと弾のようなものが地面に落下するなり、霧散した。


「さすが、人縄じゃいかないかー」

「次はぼくの番だよ」

「容赦は必要ないよ」


 手を前に出してクイクイと煽った。


「≪回転する錐(ドリルスマッシャー)≫!」


 人間の体をすっぽりと入るほどの大きさの角ばったドリル。風の精霊の力を借りて回転させる。

 相手に向けて弾丸のように発射する。イメージは銃を撃つのと同じ感覚だ。


 ≪回転する錐(ドリルスマッシャー)≫は真っすぐとクロナに向かって突き進んでいく。クロナは「いい魔法だ」と褒めたうえ、魔法を放った。


「≪真っ黒い鉄製の壁(ブラックアッシュウォール)≫」


 黒い金属の壁がクロナを前に展開された。

 ≪回転する錐(ドリルスマッシャー)≫がその金属の壁にぶつかると金属の音とともに火花を大量に散らせる。鉄の壁は徐々に赤くとろけていく。


「避けろ! クロナ」


 クロナの安否が気になり声を上げた。


「平気よ」


 やかましい音の中で冷静にクロナは答えた。


 ≪回転する錐(ドリルスマッシャー)≫が徐々に勢いが弱まっていく。黒い金属の壁に遮られ、≪回転する錐(ドリルスマッシャー)≫はぴたりと止まってしまった。

 ≪回転する錐(ドリルスマッシャー)≫お角がなにか強烈なものに潰されたかのようにぺっしゃんこになっていた。

 回転の勢いが負けたのもこれが原因だったのかもしれない。


「危ないとこだった」

「そんな風に見えたよ」

「正直なんだねルアは」

「まあね」


 そんなやり取りをし、互いに笑った。


「はあーー。空気がおいしい。こんな風なんだね。戦うってのは」

「どうしたんクロナ?」

「リック先輩が頑なに棄権しなかった理由よ。リック先輩は戦いを楽しんでいる節があった。でも、当時の私は戦いは醜いものの争いだと思っていたのよ。でも、リック先輩を見ていて、戦うっていうのはどんな気持ちなのかなーって思うようになったの」


 リック先輩のことを思い浮かべ、あのとき、リック先輩はこんな気持ちだったのかなと感じていた。

 日々、魔法のことを勉強し、そのストレスを魔法にして相手にぶつける。学校に囚われ、先輩の命令や後輩から頼られ、毎日遅くまで勉強していたリック先輩。

 <攻防戦>で生き生きしていたのは、きっとストレスをぶつけるだけでなく、今までの成果を上げるためにやっていたんだ。


「その答えをいまわかった気がするわ」

「――本気でいく?」

「ええ、本気で行くわ。呪いの力を借りずに私だけの力であなたに勝つ。そして、タロットカードと薬草店を販売するわ」

「…だったら、ぼくが勝ったら<攻防戦>に出よう。リック先輩が残してくれたのかもしれない。可能性を君(クロナ)に分け与えた<後輩のためのヒーロー>としてね」

「……ルアが勝ったらの話ね」

「そうだね、いまのクロナは魔力が大きくなっている。勝負の行方が分からないからなー」

「いくわよ」

「全力でこい!」


「闇の引力に縛られし重圧の主よ、今我の力を吸収し、敵の殻を破れ≪重圧の鎌(グラビティサイズ)≫」


 紺色の大鎌がクロナの手元に現れた。武器。それも空間を歪ますほどの力を持っている。鎌を振り回すと、そこに空間が圧縮され、飛んでいた虫や胞子を吸い込み、消し飛ぶ。

 消し飛んだはずの魔力を吸収し、さらに鎌の力は強くなっていく。


「すごい魔法だね。いや、武器だね」

「別に詠唱はなんでもいいのよ。でも、特別な相手だから、せっかくね」

「強い相手と戦ったのは初めてだよ。これじゃ、負けれなくなったなー」


 余裕をぶっているわけじゃない。

 魔力を吸収し、切った・振った場所に空間を圧縮させ、踏みつぶす。触れただけでも厄介だ。

 身体を散られるだけじゃすまないレベルだ。


「切り札のひとつだけど、クロナにだけ見せてあげる≪鍵よ姿を見せろ≫」


 ぼくの周りに鍵が何千本と姿を現した。

 どれも同じ形、模様としていない。どれもオリジナルで複製物はない。


「使うカギはふたつ。そのうちふたつをチェンジ≪時の回路≫、≪影の王≫。四つの鍵が呼び覚ます」


 風が吹いた。

 鍵が解き放たれ、ぼくの容姿は変わっていた。

 ≪時の回路≫のマントを着用した。半透明に近く、色が透けている。太陽の光でようやく形あるものを着ていることを相手は知ることができる。


 ≪影の王≫の洋服に着替えた。真っ黒ではなく薄く紺色だ。相手の思うイメージの服装に変わり、そう見せる。

 相手は着替えた、幻覚の服と思うだろう。


 それぞれの能力を秘めている。


「幻か、君の容姿が変わったぞ」

「幻だと思っていると痛い目にあうよ」

「そうだな、君が幻を使うわけないか。でも、私宛てのものだろ? ≪イリュージョンストライク≫を何度も使っていたからな」

「イメージは近いかもな。では、本気で行くよ。互いに<攻攻>だ」


 ≪時の回路≫のマントはあらゆる魔法を無効化する能力を秘めている。物理攻撃は直撃してしまうが、相手の重圧する魔法を無効化できるはずだ。

 ≪影の王≫は相手の直撃する攻撃を確実に防ぐ洋服。ぼく自身の姿を影の世界に移動し、幻が現実世界へと入れ替わる。

 つまり、攻撃したはずの攻撃がすり抜けるということだ。


「勝負!」


 互いに攻撃した。


「≪地に触れし鎖(ひざまづけ)≫」


 スウっと切った感触がしなかった。

 クロナは切れなかった違和感を感じながら、ぼくが仕掛けた場所へ飛び乗った。


 地面から鎖が飛び立ち、クロナを縛り上げ、武器を手放し、地面へ引きずり倒れた。

 鎖が地面へとのび、体を自由に動かせない。


「なぜ、切った感触がしない…?」

「ぼくのいまは、幻覚そのものさ」

「逃げたのか?」

「厳密に言えば違う。君の力そのものはぼくの存在自体を消し飛んでしまうほどの力だ。そんなのまともに食らったら君は殺人者だぞ」

「はは…そうだね。だからといって、そんな勝ち方、ひきょーだぞ」


 殺そうとする方が断然ひきょーだと思うが、まあ、今は決着をつけたし、クロナに聞いてみるか。


「さて、ぼくが勝ったから<攻防戦>にでるか」

「……」

「約束は守れるはずだろ」

「……そっかー。そうだよねー。」


 涙目を手で拭った。


「負けちゃったー。先輩に止められていた魔法をもってしても勝てなかったー。呪いに頼っても君に負けてるんじゃ、私のいいところなんてなにもないよー」


 ≪地に触れし鎖(ひざまづけ)≫を解除し、クロナを解放させた。

 手を差し出し、クロナを立たせた。


「そんなことないよ。クロナは十分強い。ぼくが強かっただけだ。現に、クジナを倒したんだろ?」

「……たおせなかった。クジナを倒せる機会があったけど、彼女はもう戦線離脱していた。クジナはDランクに落ちることは知っていたからね」

「どうして、ぼくに敵意をむけたんだ?」

「あのときはどうかしていたよ。呪いに頼ってもエレナを助けたいと思っていた。でも、ルアがあっさり助けてくれて、私はどうにもできなかった。せめて、ルアに勝てば、わたしもエレナも認めてくれると思った…」


 地面に腰を下ろし、互いに座った。


「でも違った。ルアを勝つことも負かすこともできなかった。私は弱いままだ」

「そんなことないよ。十分に強い。エレナが言っていたよ。『クロナは強い。俺が引っ張る必要がないほどヒーローのヒロインとして相応しい…いや、俺がヒロインかもな。はははは…』と言っていたそうだよ」


 というのは、ルキアからリック先輩の声を拾っていっただけで、エレナから聞いたわけじゃない。


「先輩が…そんなことを…」


 クロナは静かになった。そして言った。


「わかった。私、やってみる。<攻防戦>に出よう。今の私とルアとエレナ、それにルシアーノならきっと勝てるよ。リック先輩もそう言ってくれるはず…」


 無言で握手をした。

 リック先輩もそばで見ていてくれるようだとクロナは呟いた。


 日が暮れるさなか、私たちは部屋に戻った。

 <攻防戦>に出ると同時に、店も出店することに。

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