第14話 エレナ
今日は、エレナの姉に会いに行った。
エレナの姉は薬師で、薬屋を経営しているとのことだ。
「エレナのお姉さんってどういう人なの?」
「優しくて話しやすい…人かな」
エレナはニコニコと笑いながら、うまく言えないなーと顔をしていた。
店を出店するあたりに至って、薬を作るのに、材料を送ってもらうことにしていたのだけども、手紙を送っても返事がないことから、エレナと一緒に向かっていた。
クロナは心配している様子だったけど、ルアと一緒なら大丈夫だろうと言っていたので、今回は来なかった。
「……」
ルシアーノがニコニコと笑っているようにも見える。でも、相変わらず無表情でわかりにくいところがある。
学校から正門を通り、細い道を通った先に小さいながらも街がある。そこは、魔法使いたちが暮らす街。学生の親がここにいる人もいる。エレナもそうだ。
校則は厳しいけれど、家族に会うには特別に許してもらえることもあるそうだ。
エレナの姉の店舗は二階建てで、一階はお店、二階は住居となっている。建物は小さいながらも一人で経営していくには十分ともいえる。
「ただいまー」
「あっおかえりー」
カウンターからニコニコと笑みを浮かべながら歓迎してくれた。
久しぶりに会ったエレナと抱きかかえ、それを少し距離を置いて見つめていた。
「お客さん?」
「私の友達。今日ね、薬草をもらいに来たの」
「そうだったの…あっごめん、忘れてたわ」
カレンダーを見てハッと気づいた様子だ。
慌ててカウンターの裏へ行き、そこにあった小箱から薬草の材料が入った袋をエレナに渡した。
「これで今月分は大丈夫そう?」
中身を確認し、「うん」と答えた。
「もう、帰るの?」
「うん。お店を開くし…」
「ああ、<攻防戦>の時期なのね…せっかくだし、お茶にしていきます?」
エレナの姉の誘いだ。
ぼくは別にかまわないといった。ルシアーノも同じだと返事をした。
「そうか、よかったわ。いま、あたらしいお茶が手に入ったのよ」
嬉しそうに、上へと二階に案内してもらった。
***
テーブルを囲み、姉とエレナを挟み、ぼくとルシアーノが座り、少しばかりかの話をしていた。
エレナが学校へ行ってから、薬草を採取していた山に異変があったそうだ。異変とは、薬草の数が極端に減ったり、動物たちがいなくなったりしたということだ。
魔物の仕業かと思い、調査団に相談しに行ったところ、「確かに森の中で魔物をよく見かけるようになった」と教えてくれた。
そのこともあり、どんどん薬草がとれなくなり、いまでは仕送りだけでもせいっぱいな状態だったらしい。
エレナが来るまではすっかりと忘れていたのだという。
「ぼくらになにか手伝いすることがあれば…」
エレナの姉は即座に断った。
「いいえ。エレナの友達にそんなことを頼むなんて、失礼だわ。いいの、少しでエレナと傍にいてくれるのなら、私は満足だわ」
なにか腑に落ちないような感じだった。
エレナは姉と今日、泊っていくと言っていた。
心配でほっとけないと。
ぼくらはクリストン学長に伝えておくといい、エレナと別れて帰った。
学校の正門近くでルシアーノが立ち止った。
「どうしたんだ?」
「……」
風がざわついている。
なにか、嫌な予感がする。 と、ルシアーノがそう語っていた。
「エレナを迎えに行くか…」
「なにがあったの?」
正門前で待っていたクロナが出迎えてくれた。
事情を話した。
「――わかった。でも心配は無用ね、…といいたいところだけど。Aランクの上級生徒に聞いたわ。街で薬草が手に入りにくくなっていると。Aランクの何人かが調査に向かうと言っていたから、本格的に動きそうだね。私もいっしょに行くわ。もちろん、夕暮れまでには帰るようにしないと」
「さすが、クロナだ。頼りになる」
「別に、あんたのためじゃないからね。さて、ルシアーノとルア、一緒に生きましょう。日が暮れる前に…」
ツンデレなところがある。
やはりエレナのことが心配のようだ。
用事があると言っていたが、正門に待つなど、やはりエレナの姉のような存在を出していた。
「走りながら話したいことがあるの」
「……」
「魔物が出るようになったという理由に見当があるの…。まずはエレナの家に行くべきよ」
エレナの家に向かった。
まだ日は降りてはいない。だが、空は少しずつ暗くなっている。星空は見えない。今日は曇り空のようだ。
「エレナ! エレナ!」
エレナの家の扉に何度もたたいた。
家に電気は付いていない。
「家にいないようだね」
「おかしい」
クロナは血相かいていた。
なにかよからぬことがあるような節だった。
「――あら、あなたたち…」
振り返ると、エレナの姉がいた。
買い物の後のようでたくさんの紙袋を抱えていた。
「エレナのお姉さん! エレナはどこ行ったのかご存知ですか!?」
「えっ…エレナが来ているの? 大変、そういえばまだ送ってもいなかったわ。それで、エレナがどうかしたの?」
昼前にあった人とは別人のようだ。
なにかが変だ。
「≪燃える玉(ファイアボール)≫」
手のひらを前に突き出して、クロナが唱えた。
袋ごと黒く燃え、飛び散る。
「急にどうしたんだよ」
「見て!」
エレナの姉がいたであろう場所に木人形が落ちている。黒く焦げてはいるが、魔力を感じられた。
ぼくはその木人形を拾い上げると、クロナが貸してとぼくの手から奪った。
その木人形にまじまじと見つめると、クロナが一言。
「黒魔術師の仕業だわ」
「くろ…じゅつし?」
「黒魔術師。しかも複数体を呼び出せるほどの魔力の持ち主だわ」
木人形にぎゅっと握りしめた。
「クソッ! やっぱり一人にするんじゃなかった!」
「いったい何があったのか、教えてくれよ」
「まずいことになった。もし、本当だとしたら――」
「クロナッ!」
クロナが突然走った。
ぼくらはクロナを追うだけでもせいっぱいだ。
どうしてこんなにも急いでいる。エレナになにかがあったのか。
「走りながらでいい、説明してくれ。どういうことだ?」
「……エレナのことはなにも知らないのよね。」
「え…まあ…」
そういえば、イジメられていたこと以外、エレナについてはあまりわかっていない。ルシアーノもそうだが、クロナとは一線交えていくつかわかってきてはいたが…。
「エレナは人よりも優しい。しかも、種族関係なく助けようとする節があるの。きっとそれに付け込んだのね」
「付け込まれた?」
「エレナの姉から連絡があったの。電車が止まって今日は帰れそうにもないって。Aランクの生徒から嫌な予感がするとも言っていた。もしかしたら…と思った。まさか、こんな結果になるなんて…」
それじゃ、昼間にあった姉は偽物だったということなのか。
エレナが姉のように慕っていたが、実は何者かが化けたものだったということか。
「でも、連絡が言っているはずだろ? エレナが自分から偽物にくっついていくなんて…」
「あの子ならありえるわ。あの子は少しでも傷ついてる人や生物がいれば、助けてあげる優しい子なの。私もそうだった。ひとりで苦しんでいるときにあの子に助けてもらった。それで、一緒にいるようになった。あの子は「クロナを守ってあげる」と言ってくれた。だから私も「エレナを守り抜く」と決めたのよ」
クロナとエレナの絆はここで生まれたのか。
「誘拐した犯人はなにが目的なんだ? エレナの姉に化けてまで…」
「さぁ、知らない。ただ、あの子が無事でいることを祈るだけよ!」
エレナの行先なんて知らないはずなのに、クロナは迷いなく突き進んでいく。
絆というのはなんという深いのだろう。
「ついたわ」
クロナが立ち止った。
木陰に身を隠した。
葉の隙間から世界を見渡す。
そこに黒魔術師と思われる人物とエレナが、倒れている鹿のような生物に魔法をかけていた。
「なにをしているんだ…?」
「回復魔法よ」
ボソボソと小さな声で会話した。
「エレナは最も得意な魔法よ。回復・防御・束縛・強化といった支援者向きの魔法。あの子は私のような攻撃魔法を苦手としている。呪文も詠唱もそう。私が攻撃魔法で戦う時もあの子は「痛くしてはだめだ」と何度も止められたっけ」
懐かしむようにクロナは笑っていた。
回復魔法でいったい、なにをしているのだろうか。
黒魔術師はなにを差せているのだろうか。
鹿のような生物にエレナが魔法をかけている。とても真剣な顔だ。あんな顔をしているのは初めてなのかもしれない。
「……」
ガサと音を立てて立ち上がった。
「だれだ!?」
黒魔術師が振り返った。
そこに立っていたのはルシアーノだった。
「ルシアーノさん」
エレナが言った。
「どうやってここに…?」
はぁ~むちゃくちゃだよとクロナがため息を吐いた。なにか作戦があったようだったが、ルシアーノが姿を見せたことでぶち壊したようだ。
クロナも立ち上がり、ぼくも立ち上がった。
「それは私の追跡魔法よ。複数体召喚させ、それを操るのだから、魔力の糸があると思ってたどったのよ。正解だったみたいね」
それで場所が分かったのか。さすがだ。
「ふん。それでわかってどうするんだね。子供が我を相手に戦えるとは思いもしないがね。≪沈黙(サイレス)≫」
先を越された。
「……」
「……」
口は開けるが声が出ない。≪沈黙(サイレス)≫は口封じの魔法。口封じは即ち魔法の発動を無効化する。
大半の魔法使いの弱点でもある。
そのため、声に頼らない魔法使いも何人かはいる。
「……」
「……ッ」
声を出そうにも腹からでない。出るのは肺から搾り出た空気だけだ。
「魔法が使えない魔法使いじゃ、俺の手はお前たちをどん底に引き落とすぜ」
クイっと手を下ろした。
すると、地面から這い出るかのように何体かの木人形が現れた。それも十の数じゃないそれ以上の数だ。こうも操れるなんて、黒魔術師は伊達じゃないようだ。
「お前たち、そいつらを殺さずに捕らえろ!」
わーー! と覆いかぶさるようにジャンプしてきた。
そこにルシアーノの斬撃が一閃を描いた。
胴体から真っ二つに両断される。
「なっなにが…!」
煌めく剣。聖なる白い光のツヤを放ち、闇をも切り裂く。両手に握られる一太刀。かつてその剣を手にした者の周囲には魔物を遠ざける見えない光を放ったという。
「そ、それは…聖剣アルベルク!? なぜ…それをお前が…いや、お前が盗んだのか。そうか、だからあの町は滅びたのか」
なにを話している。
ルシアーノを持つ剣を見て、黒魔術師は動揺している。
「そうか、お前だったのか! その剣がどんな価値があるのか知りもしないで盗んだ罰あたりめが!!」
「……」
ルシアーノは剣を大きく振り回し、周りにいる木人形を片っ端から切り裂いていく。胴体から切り離された木人形は炭とかして、霧散していく。
「っく…だが、お前がどんなに頑張ろうと、俺の≪木人形(ウッドドール)≫はいくらでも増やせる」
次から次へと地面から這い出るかのように木人形が姿を現す。ルシアーノのひとりの力では木人形をルアたちから遠ざけるだけでせいっぱいだ。
「やめてください!」
エレナが叫んだ。
「もうやめてください。」
エレナが泣いている。
「これ以上、傷つけないでください。クロナもどうしてここに来たのですか? 私は平気です。この子を治療するために来ただけですから」
この子とは…?
『リーブスだ。』
ルキア!?
『森の主とも呼ばれた鹿のような外見をした幻獣だ。身体から薬草がいくつも生え、歩いたところを芽吹かせる。癒しの力もあり、リーブスの近くにいるものは生命関わらず癒しの力を授かると言われている。もっぱら伝説級だ。多くの錬金術師はリーブスの素材を欲しがるだろうな』
リーブス。あれが…伝説の幻獣。
「この子を回復するまであと少しです。ですから、これ以上、仲間を傷つけないでください」
エレナの必死の頼みに、黒魔術師は止まった。
でも、≪木人形(ウッドドール)≫を決して止めてはくれなかった。
「それはできない約束だ。我とエレナの力でこの子を助けるのが条件。邪魔が入ったら容赦なく追い出すという決め手だ。それを”仲間だから傷つけないで”では理由にならない。」
「そんな…」
「それに、彼らが勝手にここまで来た。それは君の伝達不足じゃないのか」
黒魔術師に言われ、黙ってしまった。
もとはそうだ。黒魔術師に従っていれば、クロナたちが助けに来ることなんてなかった。それは誤算だった。
でも、助けに来てくれたのはある。
黒魔術師は信用で来てはいない。
この子が無事で森に帰される保証はどこにもない。
この子をさらう可能性もある。
この子は特別ななにかだ。きっと、この森の主に違いない。薬草がとれなくなったのもこの子が倒れてからだと黒魔術師は言っていた。
もし、黒魔術師が嘘をつき、この子を攫おうとしていたのなら、クロナたちがこなかったら助けられなかったのかもしれない。
「……」
声を出せないのは魔法使いだけじゃない。
≪沈黙(サイレス)≫は効果時間がある。相手の魔力に比例して、効果時間は短くなる。
ルシアーノがいま、木人形を片っ端から倒している。黒魔術師の魔力が尽きるのは時間の問題。
それまでに一手だけでも、黒魔術師を止める必要がある。
指で黒魔術師にバレないように地面に描く。
大きく丸い陣を描き、その中に燃える炎の印を中央にかき、風に吹かれる印を左右に描く。炎を巻くかのように渦の印を炎の印の上に描く。
そして、最後に、囲った魔法陣の上からもう一度指でなぞる。
完成だ。
≪燃える炎の波(ファイア)≫
クジナの戦いで最初に使った魔法だ。
炎が高波ごとく舞い上がり、押し寄せる。
ルシアーノをぼくらの近くに来るよう合図をし、魔法を唱えた。
炎の高波が周囲に敵に向かって放たれる。炎の波にのまれた木人形たちは灰になるまで燃え尽き、倒れた。
一斉に襲い、木人形の逃げ場なく倒し見せた。
「なっ、なに!? ≪沈黙(サイレス)≫の魔法にかけられてなお、魔法が使えるのか!? お前は、一体何者なんだ!?」
ぼくは立ち上がり、こういった。
「普通の学生ですよ」
声が喋れた。つまり、黒魔術師の魔力を大かた使い切ったということだ。
「ぐっ…愚かな≪沈黙(サイレス)≫!」
シーン。
「どうかしましたか?」
クロナが立ち上がり、黒魔術師に問うた。
「魔力が足りん。≪木人形(ウッドドール)≫ども! こいつらを殺せ!」
動揺しつつ、≪木人形(ウッドドール)≫を召喚する。が、先ほどの数とは一変して三体しか出現しない。
「クソッ魔力が尽きたか…おい、エレナ! さっさと回復しろ! クソッ…我はここでつかまったりはしな――!?」
地面から複数の棘が黒魔術師を捉えた。
黒魔術師は抵抗なすすべなく地面に倒れた。
「な、なにものだ!?」
エレナが明るく、読んだ。
「おねぇーちゃん!」
この人が? 金色と緑色を足したような髪色に腰まで長い。看護師のような服装をしている。長い杖だ。背丈ほどの大きさだ。星の印をもつ杖。
「よくも妹をつかってくれたわね」
「ひいいぃぃ。お、お助けをおお…」
黒魔術師が抵抗するも魔力は底を尽きていた。
這い出すかのようにエレナの姉から去ろうとするが、棘は体を食い込み、動こうとすれば出血するほどの痛みに襲われた。
「ぐぎゃああああ!!」
「大人しくすることね。エレナ、その子は大丈夫そう?」
「うん。もう大丈夫みたい」
リーブスはふらつきながらゆっくりと足を地面につけ、立ち上がった。
鹿のような姿だが体全体が草で覆われている。
リーブスは飛びはね、エレナたちにお礼を言うかのようにお辞儀をすると去っていった。
「さて、動かなくなった≪木人形(ウッドドール)≫も含めて、お片付けしましょうね」
エレナの姉に従い、黒魔術師と一緒にお片付けをした。
後日、黒魔術師はエレナの姉が連れて行った。
リーブスの復活のおかげか、その日から薬草が採れるようになった。もちろん、貴重な薬草を何者かが届けてくれるようになったのは内緒だ。
「これで無事、出店できそうね」
「うん。みんなのおかげだよ」
「別に大したことはしていないわよ」
「そうかな? クロナのおかげで犯人を突き止めたし、ルシアーノのおかげでぼくらを守ってくれたし…」
「それだったら、ルアだってあの炎の波が無かったら全滅していたところ。まったく、あなたの正体は何者かしらね」
黒魔術師が言っていたことを気にしているようだ。
「別にいいさ。正体なんて。同じ学生なんだから気にしてても仕方がないよ」
「なんか流された感じだけど別にいいか…さて、<攻防戦>の申請とお店を開く準備しに行きますか」
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