第11話 ルキアの呪い

 ガブリと食す何者かがいた。

 真っ暗闇の中でなにかを口に運んでいる物体。

 ガツガツと音を立てての喰いっぷりは上品さは感じられない。


 その正体はルアであることは、目撃者でも判断できなかった。

 なぜなら、魔物を食べなければ魔物に変身してしまう呪いに掛けられているからだ。ルアは半分魔物化していた。


 元が人間だとは思えないほど変わり果てていた。

 魔物を食べなくてはいずれ、魔物になる。


 そうなれば、もう元に戻る術も人間だったころの記憶も心も失い、ケダモノそのものになってしまう。


 転入してからも結界のせいで魔物を採取できない日々を過ごしていた。

 ルキアの呪いは増す一方だ。


 部屋を抜け出して、結界を抜け、魔物にありつけるのは週に一度のみ。

 空腹に耐えきれず、人間を襲いそうになるが、自我を持って制止する。でも、限界はすぐにやってくる。


 学校にいる教師、生徒が食べ物に見えてくる幻覚に襲われることもしばしばある。そのときは、夢の中でルキアに誘惑されるのを必死に堪えている。ルキアは人間を食えば、もっとも魔物に近くなることを知っているからだ。


 この呪いを解くには、魔法書を見つける必要がある。

 魔法書には呪いを解く方法も暗号で隠されていることがあるからだ。この呪いを解けば、ルキアからの呪いも解き放たれる。それを信じて、魔法書を探している。


「いつも顔色悪いよね、ちゃんと寝ている?」


 ルームメイトのエレナに心配をかけられた。

 呪いのことはルキアとぼく自身しか知らない。学長もある程度は理解しているが、治す方法までは手が回らないと話していたのを覚えている。


「うん。ちょっと考え事をね…」


 そうごまかすも、エレナは「体に悪いことはダメだよ。ちゃんと寝て、食べて、運動する。これが大事だよ」と念を押された。


 人間としての大事なことなのだが、ぼく自身にとって、いまは呪いを解く方法が先決だった。エレナの話を適当に返事を返して、部屋に戻った。


 ルームメイトにいつバレるのかもヒヤヒヤしていた。

 ルキアは隙をついてくるはずだ。

 ルームメイトに本性を知られたらもう、この学校に戻ってくることはできないかもしれない。


 そう考えると、ゆっくり寝られない。

 そにれ寝たら、ルキアとの修行がある。


「…わかっているさ。君の気持を踏みにじっているわけじゃない。でも、耐えなくちゃダメなんだ…」


 エレナに心から詫びた。


 翌朝、日が昇る時間帯に、急に目を覚ました。

 空腹だ。魔物を食いたくて体から嫌な汗が噴き出ていた。


 ルームメイトにバレないよう、部屋から出て外へ出た。


 見張りや絵画たちの視線を潜り抜け、森へ出る。

 学校の正門は北西にある。その反対の南東には森がある。


 魔物たちの楽園ともいわれている。

 強い結界で守られ、下級中位以上は入ってこられないようなっている。


「はら…へったなー…」


 腹をさすりながら結界を潜り抜ける。

 結界師にバレバレな行為だが、クリストン学長の申し出によって責務に問われていない。


「あれは…ボーンラビット!?」


 大きな角を頭部から突き抜けるようにして生えている白いウサギ。下級下位の魔物だ。固い角は魔術師の素材になるうえ、薬の材料にもなる。

 白い毛皮はふさふさで服屋には売れる。


 肉もウサギに近い味がするが、焼いても煮ても癖は中々取れない。そのため、エルフや人間などが食べることはまずない。肥料にされるか魔物たちの餌になるかだ。


「≪貫け槍(ノーランス)≫」


 槍を手のひらに出現させ、大きく振り放す。

 槍は生きているかのように巧みに木や草花を抜け、ボーンラビットの心臓部に突き抜けた。


 ドサっと音を立て、倒れたボーンラビットに生のままガブリつく


 もう半分近く獣のような毛皮と皮膚に纏ったルアは、もとが人間とは思われない外見をしていた。

 そのため、不審に思った見張りに学生だとは思われずに済んだのは幸いだった。


「なにをしている!」


 ライトを照らし出され、ハッと振り返った。

 血相を抱えながら青年は「ば、バケモノ!」と大声を上げ、逃げ去っていった。


 ボーンラビットを食べ終えたとき、魔物化の呪いが収まり、もとの人間の姿に戻っていた。

 血まみれになった洋服は、あたかたも襲っていた化け物そのものの痕だった。


 このまま学校に戻れば、なにかを言われる可能性がある。

 ボーンラビットをそのまま放置し、≪ファイア≫の魔法で灰にして去った。


 結界を抜け、血まみれになった服を≪クリーン≫で跡形もなく赤い血液を拭い捨てた。監視の目を潜り抜け、部屋に戻るなり眠りついた。


 後日、魔物が学校の近辺をうろついている可能性があるとして、三人の探偵が学校内に入ったことはぼくにとって危険な存在となった。

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