第10話 聖剣の勇者

 ルシアーノの故郷パリッシュ。

 周りは山々に囲まれながらも決して田舎とは程遠い様々な人種が集う豊かな街である。耳が長いエルフ、小柄なドワーフ、動物の耳や尻尾をもつビースト、特徴は特になく威張っているヒューマンの四つの種族がいました。


 ルシアーノはエルフと人間のハーフで、もっとも人間の血を受け継いだのか、耳の長さはエルフと人間の中間ほどしかなかった。


 エルフの種族の血を受け継がなかった母のルーシは最愛の娘であるルシアーノに冷たく当たっていました。

 父アランは、娘が生まれて6才の頃に病気で亡くなり、いまは母と姉の三人暮らしです。


「…父がなくなって、わたしは姉と母だけになった」


 静かに語り、静かに沈黙した。


「しゃべらなくなったのは、わたしが7才のときでした」


 7才の頃、ルシアーノは母に連れられ、山から離れた場所に連れていかれた。その先に、父が死んだ場所がある病院だったことを思い出していた。


 母は無言で、その病院の先生にルシアーノを託すと、ひとり寂しそうに帰っていった。母はルシアーノと永遠にさよならをしてしまった。


 先生から今の学校に移るまでは一緒に過ごしたそうだ。

 先生は「珍しい種族がいると聞いて…、期待外れだったが、言い値で買い取ったよ」といつもと見せる顔はおぞましき化け物だった。


 先生と暮らし、いろんな場所へ旅をした。母と姉を残して、先生と一緒に旅をするのは不思議な気持ちだった。


 先生は決して「だめだ」、「いけないよ」、「命令だ」、「私の指示に従いなさい」と話しを聞いてくれることなく、”人に迷惑をかけるな”を忠実に恐ろしく、毎日のように叱るようにしつけられた。


 気づいたときには、人形のように無言で無表情で、人になにも関心を示さなくなっていた。


「心がない…まるでお人形さんのようね」


 ひどく心を傷つける言葉だった。

 でも、ルシアーノの心には響かなかった。


 反応したり反撃したりするのは、”人に迷惑をかけている”と先生に教えられ、なにも答えなかった。


「変な子」、「不気味な子」、「こっちに近づくな!」、「お前は人間なのか?」、「あっちへ行け!」、「おまえにやるものはない!」、「化け物め!」

 と様々な言葉を投げかけられた。


 でも不思議と嫌な気持ちはしなかった。

 先生はにっこりと笑い、「あんまりいわないでくれ」とかばうようにして言っててくれた。


 でもそれが先生の優しさではないことは後で知った。


 10才になるころ、一人の魔女と一人の青年に助け出された。

 青色の髪に紺色の瞳をもつ魔女は先生から引き離すように私を家から遠ざけた。


 取り返そうとする先生を追い出すかのように青年が尋問をかけていた。


 ――そのあとの記憶はなく、気づいたとき、私は数年間の眠りについていたことが分かった。

 見つけてくれたのは賢者の弟子ククルトだった。


「魔女に呪われたのか、永い眠りについていたようだ」


 ゆっくりと目を大きく開け、周りの状況を把握した。

 まぶしい光に照らしだされ、一瞬、真っ白く濁った。でも、瞬きを数回とククルトの魔法で光を飼いならし、ようやく色を見分けることができるようになった。


 ククルトに抱きかかえ、周囲を見渡した。

 先生と思わしき一人の男の遺体が干からびるかのように倒れていた。皮は完全に骨とくっつくほどまでやせ細り、目はくりぬかれたようで、黒い穴がふたつ。

 白衣一枚だけ着せられ、残された免許書と財布から身元が特定された。


「わ……たし……は……」


「深い眠りについていたようだ。まだ悪夢は冷めきっていないようだ」


 ククルトに連れられ、家についた。

 賢者の弟子にしては貧相な造りの一軒家で、本がぎっしりと張り付いた本棚に囲まれた部屋に住んでいた。


 動けないルシアーノを抱え、ククルトは羊の毛皮でふかふかのベッドを作ってくれ、寝かしてくれた。


「な……にが……あっ……の…?」


 ククルトは液体が入ったコップをルシアーノに手渡した。


「霊薬だ。これで少しは覚めるだろう」


 霊薬と称した薬を受け取る。青く緑色に濁っているが、ときせつ星空のように光がチラチラと光っては消えていく。幻想的な色合いだ。まるでまだ夢の中にいるようだ。


 ゴクリと飲み込む。

 液体と思われたものは一種のゼリーのような物質だった。喉を通り、直接胃の中へと落ちた。


「うえぇ~…」


 味は上手い。酸っぱいが所々甘みが浮いては消えるのを繰り返した。だが、液体ではなかったうえ、まるで生き物のように喉の奥へと入り込んでいったので、思わず吐きそうになった。


「吐き出すな。一分もしないうちに消化される」


 ぐぐぐ…と押さえつけていると、しだいに胃の中から消えてしまったの様な体が軽くなったような感じがした。


「事の話をしよう―――」


 ククルトはルシアーノと出会うまでの話しをした。


***


 パリッシュで魔物が出没したと報告があった。

 目撃された魔物は数種類で、現地の人だけでは対処できないことを手紙で知らされ、現地に向かった。


 すでに何十人かの傭兵やモンスタースレイヤー、魔法使いが向かったそうだが、現地について、魔物が出没した原因の特定はまだなかった。


 現地に着くと、一人のエルフが駆け込んできた。


「剣が……剣がどこにも見当たらないのです!」


「剣とはどんなものなんです!?」


 魔法使いが訊いたが、そのエルフはすでに息がなかった。

 魔法かなにかの呪いであることを賢者ククルトは皆に伝えた。


 魔物の伝染病か、それとも魔女の仕業か、原因が特定できない状況で、モンスタースレイヤーたちを手分けして捜索するのは得策ではない。

 でも、一刻を争う。


 街に入ってからすでに何百という死体を見た。

 みんな苦しそうに悲しそうに死んでいた。


 報告が来るまで、山に避難者がいないかどうかを捜索するかどうか話し合っているとき、一人老いた傭兵がこんな話をした。


「聖剣アルベルクはどこへいった?」

「聖剣アルベルク?」


 一人の若者が尋ねた。


「聖剣アルベルクとは、かつて聖剣を何本も装備していた勇者がもっていた剣のひとつ。魔物を退けると勇者がこの地に置いていった物だ。だが、祭壇にあるはずの聖剣がどこにもなかった。しかも、盗まれたのはここ最近ではない」


「その伝説、俺も知っている。勇者が「強い敵と戦えない!」と、嘆いて置いていったものだろ」

「ああ、その話知っている。故郷で同じような話を聞いたよ」


 何人か心あたりがあるようだ。

 老いた傭兵いわく、聖剣が盗まれたから、魔物がこの街を襲うようになったということか。

 だが、聖剣は勇者でしか抜けないと聞いている。


 その話が嘘だったら、原因は他にもあるが、もし事実だったら、盗んだ犯人はもうこの土地にはいないだろう。


「聖剣アルベルクの行方を知っています…」


 思いがけない事実を知るエルフと出会った。


 彼女は見た目は美しく美人だが、年齢は当におばさんだ。

 彼女の娘は類を見ない種族で、珍種とも周囲から目立ったために親戚に養子として送り出したのことだ。

 いまは、一人娘と暮らしているが、故郷が襲われたと聞いて慌てて来たらしい。

 娘さんは元気でいるようだが、養子に出した娘がいま、どうなっているのか気になっていたとのことだ。


「――それで、あなたはなぜ聖剣アルベルクの行方を知っているのですか?」


「私が養子に出す娘に向けて渡したのです」


 ざわ… ざわ…

  ざわ… ざわ…


 周りがざわめく。

 パッと手を挙げ、静かにするよう合図をした。

 一斉に止んだ。賢者の一言はやっぱり違う。


「剣は勇者しか抜けないと聞きました。あなたは、どうやって抜いたのですか?」


 彼女は答えた。


「抜いたのは私ではありません。娘です」


 ざわ… ざわ…

  ざわ… ざわ…


 周りがざわめく。


「それで、剣を元に戻そうとしたのですが、戻らなくて…。私は焦りました。でも、娘が自身の胸に剣を突き刺したとき、心臓が止まりそうになりました。娘は…娘は…なんともなかったのですが…剣は娘の中にあるのだと思うと怖くなり、親戚にいる医者に相談しにいったのです」


 ガクブルに震えながらも起きたことを冷静に話そうと何度も深呼吸を繰り返していた。


「ですが、私は愚かな過ちをしました。親戚の医者に頼り、「私では無理だが、私の上司が治し方を知っている。私が連れて行ってあげる」といって、それっきり会えなくなりました。何度も娘に合わせてと、尋ねに行きましたが、すでにどこかへと旅立った後でした…。私は後悔し、娘の姉と一緒にこの街から去ったのです」


 と、深い悲しみを浮かべながら彼女は静かに唸った。

 過ちと暗い過去を思い出した彼女はしばらく、口にすることはなかった。


 賢者は魔法で彼女の心を慰めた。

 心に直接魔法でいじるのは禁止されているが、このままでは再び自分の過ちで心を傷つけてしまう。せめての慰めだ。


「これで分かった。彼女の娘は、聖剣アルベルクに認められた勇者だ。きっと、その医者に連れまわされている可能性が高い。私は、その子を探しに行く。皆は、この街の魔物を討滅し、結界を再度張ってほしい」


 老いた傭兵にお礼を言い、泣き崩れるエルフの女性には落ち着くまでここにいるよう伝えて、出て行った。


 人捜索魔法では、その娘の行方をつかむことはできない。

 毛根のひとつでもあれば多少の場所を掴むことはできる。でも、毛根も肌の一部もない。

 得策ではないが、ある魔法を使う。


「森、大地、空、水たちの精霊よ、≪聖剣アルベルク≫を持った少女を探している。私は敵ではない。賢者ククルトなり。少女の命を狙う者から助け―――」

「探し物なら、精霊頼みより、わたしよ」


 詠唱を中断し、その声の方へ目を向けた。


 とんがり帽子をかぶり薄ら笑みを浮かべた魔女が木にもたれかかるようにして立っていた。

 その隣に人間の青年がいた。


「魔女…か」


「外見で判断するのはよくないわよ。…そんなことよりも、わたしと同じのようね」

「なんのはなしだ!?」


「知っているくせに…≪聖剣アルベルク≫を探しているのでしょう?」

「…なにがいいたい」

「賢者であろう方が、とぼけるなんて…まあいいわ。私は≪聖剣アルベルク≫を盗んだ犯人を捜しているのよ」

「少女ではなく犯人か…」

「あら、ご存じだったのね。少女と犯人は別物だっていうこと」

「それでわざわざ姿を現してまで、なにを要求する気だ」

「シロ、私はあなたに言われて、姿を現したのに、鈍い賢者だね。聞いてあきれるよ」


 シロ。青年の名前か。それにしても魔女と最近あったような雰囲気ではない。まるで長年ともに過ごしたような冷静さだ。


「賢者様。俺たちは急いでいるんだ。立ち話もなんだが、手短目に言おう。『俺たちは≪聖剣アルベルク≫にも≪聖剣をもつ少女≫にも用がない。ただ、その力を盗んだ犯人を捜している。犯人は俺達の手で葬り去る。それが条件だ』とソラが言っているのだ」


 ソラとは、魔女のことだ。

 魔女は妙にくねくねと蛇のように身体を揺すりながらシロの両肩に手を置いた。


「条件はのもう。ただ、教えてほしい。犯人を捕らえる目的はなんだ?」

「別に話してもいいわよ」

「……。はぁー。俺たちは聖域を犯した奴のことを探していた。聖域は大妖精がいて、魔女であるソラたちの相談相手だったが、聖域を荒らし、大妖精の姿が見えなくなった。それで調べた結果、≪聖剣アルベルク≫で大妖精を殺した犯人がいることに。それで、俺達は犯人の手がかりを探すようになった」


「つまり、復讐か」

「そうともとれる。だが、俺達は大妖精を正当な理由なく殺した犯人を懲らしめるためにやるだけのことだ。それは、あなたならご存じのはずだ。魔法使い、魔女、賢者、妖精たちが大妖精に相談することは多い。大妖精が死んだことによって、自然が荒れ、大地は死ぬことは、知っているはずだ」

「……それで、北の大地が死んだのか…」

「知っていたのか。まあ、賢者様だからな。だから取引だ。≪聖剣アルベルク≫で悪さをしている悪党を俺達に譲れ。お前は操られている無邪気な少女を助けるんだ。これでお互いメリットだろ」

「……魔女の従うのは癪だが。いいだろうその話に乗ろう」


「相変わらず頭にくるわね。」

「きまったことだ。そうイライラするなソラ」

「シロには負けるわね。さあ、もう場所は見当ついているわ。さっさと行きましょう」


――これが事実だ。


 あの後、魔女の転送で犯人を追い詰め、操られる君を助け出したわけだ。

 魔女の行方がどうなったのかは知らない。

 だが、あの犯人を退治した。


「君は、母親にも先生にも騙されていたんだ」


「……」


「疲れただろう。狭いが私の家だ。少し休むといい。そうだ、君の母親にあった、会う気はないか?」


「……」


 少女は首を振り、頑なに嫌がった。


「そうか。私は、一旦事態の収束に向かう。君は自分の家のように過ごして構わらない。魔法でそう命令してある。もし、外に出たいのなら、わ――」


 裾を引っ張り、無言で少女は賢者ククルトを押さえた。


「……」


 行かないでと言っているように見えた。

 ククルトは困ったが、少女が少しでも安らかにできるようにと一緒にいることにした。

 事態を収束したことを伝書バトに伝えた。


 ルシアーノがいまの学校に引っ越ししてくるまで、賢者のもとで修業したことはククルト以外、誰も知らない。

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