第5話 王子様、お姫様
――クロナのトラウマであり、嫌な記憶の断片。
エレナを守ろうという気持ちが勝り、クロナの本来の心を無くしてしまっていた。
絵本が目の前に現れた。やや古臭く色が褪せている。でも、登場人物はカラフルで、人物以外を象徴とさせていない個所が目立っていた。
『クロナの記憶だ』
ルキアが言った。
「――クロナの記憶?」
『そうだ。クロナがどうしてエレナを執拗に守ろうとしたのか、この絵本に描かれている。』
「これって、相手の過去を見るっていうことだよね。プライバシーに反するような…」
『相手は知らないことだ。別に見ても、あとでその部分の記憶を消せば問題ないだろう』
「君は本当に、怖いことをいうね」
『……さて、物語のページが開いたぞ。』
*****
昔々、あるところに王子様とお姫様がいました。
二人の仲はとてもよく、いつしかは結婚を考えていました。
ところが、王子様の父王はこの結婚を反対しました。
お姫様は隣の小さな国の娘で、資産が合わないと父王はその結婚を破棄してしまいました。
王子様は悩みました。
父王はお姫様の良さを分かっていないのだと。
王子様は部下に聞きました。
「どうしたら、父王はお姫様と結婚を許可してくれるのでしょうか」
と、部下は答えます。
「それは無理な相談なのです。王子様もお姫様もこの世界の理を無視して付き合うことは叶わないのです」
と、王子様はカンカンに怒り狂い、部下を殺してしまいました。
王子様は直接、お姫様を見れば納得してくれると思い、お姫様を馬で連れて行こうとしました。
小さな国はまさしくお城とは似合わない小さな小さな部屋にベッドがあるだけの部屋でお姫様が住んでおりました。
「おおー愛しい人よ、我の国へ招待しましょう」
お姫様の意見を無視して王子様は自分の国へ持ち帰ってしまいます。
お姫様を誘拐されたとお姫様の王は怒りました。
「全兵力を持って、その者を捕らえろ!」
と、王様は国を出たとき、連呼しながら兵隊たちが王子様の後を追いかけてきていました。王子様はお姫様を奪われまいと必死に逃げ、自分の国まで逃げ帰りました。
父王に合えば、きっとわかってくれる。
そう自身に満ち溢れる気持ちで、父王に合いました。
返ってきた言葉はとてもひどいものでした。
「お前はもう王子でもない。我が国は戦争状態となってしまった。他国のお姫様をさらうとはなんというバカげたことか。せっかく、平和協定を結ぶことの大事なときになんてことをしたのだろうか!?」
と嘆き悲しんでいました。
王子様は国に見捨てられ、父王からも見捨てられました。
お姫様と一緒になることはできましたが、身分と財産はなにも残らず、王子様はお姫様という大切な人と一緒にいられるのだと、幸せな思い出いっぱいでした。
――ところが、その話を耳にした魔女がお姫様を自分の奴隷にしてしまおうとさらってしまいました。
王子様は後を追い、魔女の根城まで追いかけました。
「やいやい、お姫様をどうするのか?」
「ウフフ…わしのかわいいペットを世話してもらうのさ」
ペットとはドラゴンでした。
ドラゴンは国を亡ぼすほどの凶悪で固い鱗に大きな翼をもつ蜥蜴のような生物です。人が造った武器など歯が立ちません。
「そ、そんなことさせないぞ!」
剣を抜き、魔女を襲いますが、魔女の魔法とドラゴンの攻撃で敗れてしまいます。
「ま、まってくれっー!」
王子様は落胆しました。
自分の腕ではお姫様を救えない。
それどころか、お姫様を誘拐され、そのうえでペットの世話をさせられてしまう。
仲間を呼ぼうにも、部下を殺してしまい、国を追われ、父王も相手にしてくれない。そんな状況のなか、王子様は「強くなろう。誰にも頼らずに」と固い決心をします。
そして、辛い試練に挑みます。
何度も負けそうになりますが、お姫様を取り戻すという気持ちだけが王子様の心を強く動かしていました。
かつての自分を捨て、強くなった王子様はお姫様を助けるべく魔女の家へ向かいました。
「お姫様、大変お待たせしました。こんどこそ――」
そこはもぬけの殻でした。
魔女は苦しそうにベットに横たわっています。
なにがあったのかを聞くと、魔女は狩人に倒されたといいました。
狩人はお姫様がさらわれたことを聞き、助けに来たのです。
魔女を相手に狩人はひるむことなくドラゴンを倒し、魔女も倒してしまいました。
「それでゆずったのか!?」
王子様は魔女に言いました。
「なによりも命が大切なので」
王子様は落胆しました。
お姫様を救うために助けるためにただ、愛していただけなのに、他人にとられ、自分はなんのためにあれほどの辛い試練に立ち向かっていたのか。
王子様の心はすでに”お姫様をたすける”ということしか残っていませんでした。
王子様は狩人がお姫様をさらったと思い込み、狩人を襲いました。
狩人は信じられないほど弱かった。
王子様はこんなやつが魔女もドラゴンも倒し、なおかつお姫様は狩人に恋してしまっている。
王子様は狩人が憎くてたまらなかった。
この手で息の根を止めるまでは、決してその心は”お姫様から愛される”を譲りませんでした。
******
ページが閉じられた。
クロナとエレナがどういう関係にあったのか、この本に記されていた。
「これって…クロナの記憶(トラウマ)なのか?」
『そうだ。王子様はクロナ、お姫様はエレナだ。二人の関係を表したものだろう』
「王子様の一方的で妄想癖に見えるんだが…」
『王子様(クロナ)はお姫様(エレナ)に恋をしていた。でもそれは、実る恋ではなかった。父王(クロナの親)が反対し、お姫様(エレナ)をさらうと計画した。でも、結局は自分のものにならなかった。』
「登場人物の整頓しよう」
魔女=クジナ
ドラゴン=?
王子様=クロナ
お姫様=エレナ
父王=クロナの親
国=家(自宅)
狩人=ルア
「ドラゴンは何の役割があるんだ?」
『ドラゴンはおそらく壁だろう』
「かべ?」
『クロナが乗り越えないといけないと感じたものだ。ドラゴンなら普通の武器は通用しないし、生半可な魔法じゃ勝てない。いくら体力があってもドラゴンの身体能力と飛行能力があればゴミクズ程度。負ける。そういう意味で、超えられない壁の意味で例えたんだろう』
「ぼくが魔女(クジナ)を倒したから、クロナの怒りがぼくに向いたっていうこと?」
『クロナでも勝てなかった相手をあっさりと倒したからな。今までの努力が実らず、その矛先をどうすればいいのかわからなくなっていたのだろう。話の内容からしてクジナにもあったんだろう。戦意喪失していたから、挑むこともできなかったのだろうか』
「それで、クロナはどうなったの?」
『記憶(トラウマ)の絵画も破れ去ったことで、元に戻っているはずだよ』
「それにしても絵画ってなんなの? 創作物じゃないの?」
『その話はまた今度だ。いまは、現実に戻ったほうがいい』
***
目が覚める。
誰かが叫んでいるのが聞こえる。
「……ろな…」
「クロナ!」
壁に叩きつけられ、意識を失っているようだ。
エレナが必死にクロナを呼んでいる。
起き上がると、周りが何が起きていたのかがわかる。
天井は崩れ落ち、壁は穴だらけ、床は溶岩のせいかドロドロで時々、火柱を上げている。観客席は完全に燃えてしまっており、残っているのは燃えなかった特殊金属部分だけ。
「これ…どうするんだよ…」
こんな状況を学長や教師に知られたら、ひとたまりもない。退学の他に罪として罰せられる可能性もある。
「クロナ!!」
「う…うう~ん…」
「「クロナ!?」」
クロナが大きな欠伸をした。
なにがあったのか本人は覚えていない様子だった。
「クロナ!!」
ガバッとクロナを抱きしめた。
クロナはなんだ? と困った顔をしていた。
「よかったよぉ~ほんとぉにぃ~」
と泣きべそをかきながらエレナはクロナが生きていたことに喜びを感じていた。
クロナはいったい何があったのかと問われ、この惨状とともに一部始終話した。
「――ごめんさない」
クロナは謝罪した。
「ど、どうして謝るの?」
エレナの問いにクロナは思い出したかのように語った。
「昨晩、クジナを打倒と考えて図書室で調べものをしていたんだ。奇妙な本を見つけてそれを開いてからの記憶が――」
どうやら、あのように暴れたのはその本が原因のようだ。
「他に覚えていることは?」
「それがまったく。ただ記憶にあったのは、”エレナを守らなきゃ”っていうことだけで」
『本当のことを言っている』
ルキアが言っている。
本当のことのようだ。
「クロナ、その本を見つけたという図書室を教えてくれないか」
「どうして…?」
「次の犠牲者が出る前に片付けておきたいんだ」
クロナとエレナが互いに顔を見合わせる。
クロナは頷いた。
「私で良ければ」
「決まりだね」
「エレナもいくよね」
「もちろん。友達だもん」
明るく振舞った。
クジナにいじめられていたあの頃とは打って変わって明るい。
クロナは立ち上がり「ありがとう、助けてくれて」とルアにお礼を言うと同時に、頬にキスを交わした。
「で、まずはこの場所を片付けてからにしましょう」
箒とバケツを持って、エレナはルアたちに押し付けた。
「え?」
「まずはきれいにしてからね。二人がやったんだから」
このありさまを二人でやれと。
「ご冗談を…」
「あはははは!」
クロナが笑った。笑ったのを初めて見たのかもしれない。
「魔法でパッパッと片付けるわよ」
髪をかきながら生半可な返事をした。
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