第4話 クロナ
次の日、授業を終え、昨日バトルした場所へ訪れていた。
今日は、学長も他の生徒もいない。
今は授業中だからだ。
「本来なら箒授業で、空を飛ぶ練習する時間なんだけど、わたしにはあなたと勝負したいと思っているの。後日、箒の授業をしてあげるわ」
殺風景だ。昨日の荒れ果てた部屋はきれいに元に戻っている。人がいないとこうも静かな場所だと改めて実感する。
心配そうにひとり見つけているエレナがいる。誰もいない観客席からルアたちを様子見していた。
「ルア、五回勝負よ。私の魔法を一度でも防げたらあなたの勝ちよ。すべて防げられなかったら、あなたをチームの一員として認めないわ」
通告通り。
ルールは一方的に〈防御〉の戦い。常に〈防御〉で身をやり過ごせということだ。
「エレナ、審判をお願い」
「わかったわ。では、第一試合、はじめ!」
エレナが手を挙げた。始まりの合図だ。
「≪イリュージョンストライク≫」
クロナの足元に玉のようなものを作り出した。サッカーボールのようなものだ。どういう副産物かはわからない。ただいえることは、それが消えたということだ。
クロナはそれを蹴る動作をした。
見えない。その蹴ったものがどこへいき、なにを生むのか。
ただ、それがぼくへ向かってくるのはわかった。空を切る音が聞こえるからだ。
「≪スライムネット≫」
スライムのネバネバを利用した網だ。
クジナのバトルでも使用したもので、床や天井、壁に付着させることでサッカーゴールのような役割を果たす。
バッシュとネットが大きく引き伸ばされた。
なにかがシュートされたようだ。
少しずつ透明だった玉が姿を現す。サッカーボールだった。
「やるじゃない。次はこれよ」
普通の玉だったのだろうか。
腑に落ちない。姿を変えて打ったのに普通のボールで攻撃する必要があるのだろうか。
パシュッと結界に衝撃が走った。結界は魔法バトルを開始時に自動的に張られるもので、プレイヤーに一定以上のダメージを防ぐ役割が与えられる。
結界は割れることは少々ないが、稀に相手の意思(殺意、敵意など)を糧に消滅させるほどの威力を発揮することがある。
その際は、学長か審判が止めに入るのだが、クジナの件のように殺意と負けたくない気持ちから発生した魔法はすさまじい威力を高めていた。
建物に亀裂を応じるほどの威力だ。人(プレイヤー)なんてひとたまりもないだろう。いまにして思えば、よく止めれたものだ。
「…いま、なにか…?」
「私の一勝!」
人差し指をたて、勝利したと合図をした。
まるで見えなかった。何かが結界へぶつかった衝撃はした。
スライムネットで防いだと思ったのだが、どうやらクロナのだまし討ちだったようだ。
「このまま私の攻撃を防ぎきれるかな?」
第二回目の攻撃が始まる。
「≪イリュージョンストライク≫!」
また同じやつだ。
今度こそ、止めて見せる。
「≪ブリザドウェーブ≫」
高波が発生する。
「水がないこの場所でこれほどの水を――」
波が一定以上の高さまで上るとみるみると凍り付いていった。氷の彫刻化とも呼べるべきだろうか。高波が一瞬にして氷の彫刻化としたのだ。
ガキンッ! と鉄板に衝撃が走ったような音が鳴り響いた。ガチガチと氷が割れる音が聞こえる。
パキンッ! とガラスが飛び散ったような音が鳴った。氷の彫刻化は砕け散り、ルアの結界に衝撃波を走らせた。
再び、止められなかった。
「すごいじゃない。水を呼ぶだけでなく凍らせるなんて、あなた才能があるじゃない。」
褒めているのか貶しているのか、どちらの意味をとってもいいような表情をしている。羨ましそうにそして憎しみそうに。
「でもね、ここじゃ才能があってもそれを糧にして強くなければ、無駄なのよ。無力で愚かで泥水を吸っても決して陸地に足をつけない愚かな下僕。ここの厳しさを私が教えてあげるわ」
びりびりと電気が走るような肌が痺れる。威圧なのだろうか、クロナは明らかにぼくを敵意を抱いている。
エレナがこっちにチラチラとみてくる。クロナがしようとしていることに不安げな様子だ。
「次が三回目よ。」
「クロナ! やりすぎだよ」
観客席にいるエレナが叫んだ。
クロナは一瞬ピタリと止めるが、すぐに返事をした。
「黙っていて。これは私たちの戦いなの。あの戦いで衝撃を受けたわ。クジナの魔法に勝てず、あなたを助け出せなかった。私は何度も後悔し、何度も挑戦した。ようやく切り札が完成したのに……なのに、おまえ(ルア)が先に攻略してしまった! 私の努力はどうなる!? 憎き魔女からお姫様を救えず黙って佇む王子様の気持ちがあなたにわかる!? わからないでしょうね。エレナを助けてくれたのは感謝しているわ。でもね、わたしも意地があるの。私がお前を倒せば、きっと私の努力は報われる。後からやってきた狩人にわたしの気持ちをお前に味わしてやる!!」
さっきよりもピリピリと稲妻が走り抜ける。クロナの怒りがクジナという虐めっ子がいなくなったことによって、その衝撃を抑えきれず、クジナを負かせた相手を負かせることで自信を取り戻そうとしているのだ。
だからといって、チームメンバーなのに、荒そうにはおかしい。そんなに努力したのなら、行方が分からなくなる前の前日に戦いを挑んでいてもよかったはずだ。それをしなかった。クロナの気持ちはわからない。
でも、わかるところはある。
変えたかった未来を赤の他人に変えられた時、自分の目標が崩れたとき、その怒りの矛先が助けた人に当てるのはおかしいことだ。
「クロナ! ダメだよ!」
「うるさいっ!! わたしは…わたしはああああああーー!!!」
来る。
大きくて、とてつもない魔力。
計り知れないものがくる。
竜巻のようなものがクロナを中心に渦巻いている。
風でも竜巻でもない魔素を引き寄せているんだ。
体内だけでは足りない魔力を、自然界にある魔素を吸収し、自分の魔力に強制的に変換している。危険な行為だ。このままではクロナの身体が持たない。
「私の気持ちがどんなものか思い知れ! 我が黒き獣の長よ、その身を食らい、その姿を献上せよ。沸々と煮え来る灼熱を纏いし獣よ、熱気を帯び、地の底の熱でさえも食い尽くせ! 召喚≪ブラックサラマンダー≫!」
詠唱系の呪文だ。
独自で編み出したもののようだ。
黒く沸々と煮えるかのような溶岩を口や体外の穴から噴き出る。大きなトカゲのような獣の姿で不気味に赤い瞳を輝かせ、こちらを睨みつけていた。
「私の最高奥義にて、切り札! ≪ヘルフレイムブレス≫!!」
黒くドロドロとした溶岩がブラックサラマンダーの口から吐き出された。波を打つようにしてこちらへ迫ってくる。
「やりすぎだろ!? どうしてこう、みんな命を狙ってくるんだよ!」
「やめてえええ!!!」
観客席にいたはずのエレナが目の前に現れた。
見てもいられず、直接止めに来たようだ。
「避けろ! エレナ!!」
「避けない! だって、ルアは私を助けてくれた。同じチームにもなれた。クロナも一緒だよ。それがどうしてこうなったの? ルアと魔法の試し打ちをしたいからって賛同したのに……どうして殺す気でいるの、クロナ!?」
「……っぐ。ちがう。ちがうんだ…私は…私は……ただ、エレナを守りたい…だけ…なんだ。だって、私はエレナの王子様だから…」
パキンとガラスにひびが入ったような感じがした。
クロナの頭上に絵画のようなものが浮いている。その絵画の中に幼いころのクロナとエレナの姿が描かれていた。
クロナは王子のような王冠を被り、マントを着ている。
エレナはお姫様のようなウィディングドレスを着ている。
まるで結婚式のような感じだ。
「私は……わたしは――とめろ! ルアああああ!!」
クロナの本心が現れた。
絵画が歪み、崩れ去ろうとしている。
『あの絵画はクロナの薄汚れた記憶なのだろう』
その声はルキア。
『クロナはおそらく、過去――幼いころ、二人と約束を交わしたのだろう。それが呪いとなってクロナを苦しめた。』
「つまり、どうすれば…」
『あの壁画を壊せ。過去のトラウマが絵画となって現れたんだ。この戦いを終止するんだ』
つまり、≪ブラックサラマンダー≫ごと絵画を打てということか。無茶なことを言うものだ。
「エレナ、後ろにいてプロテクションで構えてくれないか」
「でも…」
「いいから!」
「わ、わかった」
エレナが後ろに下がる。
「≪プロテクション≫」
結界をさらに厚く強くした。
今、唱える魔法の中で一番最強のものはない。
でも、いくつかの魔法をつなげれば、きっと止めることができるはずだ。
「いくぞ! ≪ブラックホール≫」
黒い玉のようなものが空気中に現れた。少しずつ黒い玉を中心に渦が現れだした。≪ヘルフレイムブレス≫を圧縮する。
空間を歪ませ、黒い玉のなかへと吸い込まれていく。
「よ、溶岩が飲まれていく…!?」
空間魔法の上位種だ。
あらゆる物質や気化などを吸い込んでいってしまう魔法だ。
人でも近寄れば、あっという間に飲まれてしまう。もちろん、飲まれた先はどこへ行くのか検討もつかない。
「正確には魔素や物質などを吸い込む禁断魔法。学長にバレると即行退学になるから内緒にしてね」
とエレナに呟いた。
エレナはコクコクっと頷き、同意してくれた。
≪ブラックホール≫は≪ブラックサラマンダー≫も吸いつくしていた。クロナの絵画も吸い込まれると思ったのだが、位置かよくない。このままではクロナも吸い込まれてしまう。
「クロナっ!」
エレナが蔦のようなものを呼び出していた。
床のなかを這い、クロナに向かって蔦の先端が押し出した。
「ぐはっっ!!」
軽やかに吹き飛び、壁に叩きつけられると同時に、絵画はエレナの蔦で砕かれた。
絵画は砕かれると同時に、クロナの過去と思わしき記憶が頭の中へ流れてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます