第45話
灰犬が二匹の狼に「ただいま」と言った瞬間、木にもたれかかっていた男の死体が、光の粒を放ちながら消え始めた。
光の粒は、灰犬の方へと淡く光りながら流れ、灰犬の中へと入っていく。歪みの楔は正常な姿へと戻り、そして、それは灰犬のものになった。
独りぼっちで死んだ男は、もういない。消えていく前世の自分を見て、灰犬はふと、自分は、己の死を受け入れていなかったのだな、と思った。
ようやく、前世の未練を断ち切って、この世界で生きていける……そう、灰犬は思えたのだ。
同時に、三匹の狼達も、端から光の粒へと変わっていき、灰犬の中へと流れていく。
狼達の想いが、灰犬の中に流れ込んでくる。怒り、飢餓、悲しみ……そして、家族を想う温かさ。
灰犬は、狼達を、しっかりと受け止めた。
キュレウは、目を見開いた。
灰犬の、灰色の髪が、淡く銀色に光っている。それは儚く……どこか、神々しい色だった。
灰犬は、振り返ってキュレウを見ると、フッと笑った。
「俺を止めに来てくれて、ありがとう。意識は微かに残ってはいたんだけど、自分で止められるかは分からなかったから。」
灰犬の言葉に、キュレウは目を瞬くと、呆れたように息を吐いた。
「そんな事だと思ったわよ。でも、意識が残ってたのなら、もうちょっと手加減しなさいよ。死ぬかと思ったわ。」
眉根を寄せてそう言うキュレウに、灰犬は獣耳を伏せ、尻尾をへにょりと下げた。
「あー、その、できるだけ手加減しようとは思ったんだけど……ほら、キュレウなら大丈夫かなって。」
「大丈夫な訳ないでしょうが!特に何よ、あの空間が消失するやつ!あともうちょっと避けるのが遅かったら、私も巻き込まれてたのよ!?」
「ごめんって。だから、二発目は巻き込まれなかっただろ?」
「そういう問題じゃないわっ!!」
キュレウはそう叫ぶと、灰犬に飛びかかって、灰犬の獣耳を引っ張った。灰犬は、なすがままになりながらも、困ったような表情でキュレウを見つめる。
キュレウは、暫く灰犬の獣耳を弄って、満足すると、手を離した。
「まったく……ノワールの力がなければ、どうなっていた事か……」
キュレウが自分の手の甲に描かれた黒い絵を見ながらそう言うと、灰犬は頷いた。
「俺も、ノワールに助けられたよ。ノワールがいなければ、俺は狂呪具に塗り潰されて死んでいた。
今の俺は、もう、人間ではないけれど……でも、死んではいない。生き物であるかは分からないけれど、でも、生きているんだ。」
灰犬の言葉に、キュレウは顔を逸らしながら、灰犬の袖を掴んだ。
「そう、ね。本当に、良かったわ。あなたが、どこかに行かないで。」
そう言って、灰犬の袖をギュッと握るキュレウに、灰犬は微笑んだ。
「キュレウ……いや、俺の適正者。お前に、話があるんだ。」
怪訝そうに灰犬を見るキュレウに、灰犬は目を閉じた。
「俺は、生きている。生きているけれど、今の俺は道具でもあるんだ。」
灰犬がそう言うと、灰犬の体が淡く光り、次の瞬間には、赤黒い刀身を持つ刀が、地面に刺さっていた。
『俺を扱えるのは、お前しかいない。キュレウ、お前が、俺を扱える。
俺は、俺の適正者でしか、正確な存在を認識することができない。だから、』
「だから何よ。あなたを道具として扱えって?」
キュレウは、眉間に皺をよせ、吐き捨てるように言った。
「灰犬。あなたは、あなたよ。ノワールと私の親友の、灰犬なの。
あなたが化け物だろうと、道具だろうと、人間だろうと、そんなの関係ないわ。だから、これからの扱いだって変わらない。」
そう言って、キュレウは、その刀を掻き抱いた。
「それが、私の答えよ。」
「……敵わないなぁ……」
刀は、いつの間にか、灰犬に戻っていた。
キュレウが灰犬を離すと、灰犬は少しだけ後ろに下がる。
灰犬が指を鳴らすと、瞬く間に姿が変わった。
それは、キュレウが対峙した、銀色の狼だった。
『俺の復讐劇は終わった。』
キュレウが瞬きする間に、灰犬は髪が真っ白な女性になっていた。
「そう、私の復讐劇は。……これから、始まるんだ。世界を巻き込む復讐劇が。」
灰犬はそう言って、指を鳴らした。
次の瞬間には、髪が真っ黒な男性に姿を変えていた。
「きっと、俺や両親が殺したドワーフども以上に、死人が出るだろう。これからの世界に、希望なんてないのかもしれない。」
組んでいた腕を解き、灰犬は指を鳴らした。
元の、淡い銀色の髪に戻った灰犬は、キュレウに手を差し伸べた。
「それでも、俺と共に行くか?」
キュレウは、灰犬の差し伸べられた手をじっと見つめた。
「これからの世界とか、復讐劇とか。そんな事、私には分からないわ。でも……」
キュレウは、灰犬の手を取った。
「あなたを放って逃げるなんて選択肢は、私には無いわ。私はあなたの友達よ?」
キュレウがそう言って勝気な笑みを浮かべると、灰犬も釣られるように笑った。
「そうだったね。俺の友達だものな。今更か。」
灰犬は、キュレウの手を握り、いつの間にか木々が開けて草原が見えるようになった地に指をさした。
「さて、一緒に行こうか。」
灰犬の言葉に、キュレウは頷いて、光に満ちあふれて見せる草原へと目を向けた。
二人は、光の中へと足を踏み入れた。
狂った呪具と狂犬の子 白灰黒色 @graycolor4696
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