第26話:魔の巣窟

 取調室には、最初に拘束された警備員がそれぞれの部屋で調べを受けていた。

 だが、一様に一切口を割らない。まるで、何かを待ってるように。そんな彼らの様子に、取り調べ、担当の捜査員もイライラを募らせる。


 「いい加減何か言え!!!」

 「・・・」

 「この武器。一体どこから仕入れた?」

 「・・・」


 この取調室には、第一と第二両方の捜査員が入っていた。

 しかし、その男は何も語らない。


 「その口、無理やり割ることも出来るんだぞ」

 「・・・」

 「あんまり広時警舐めんなよ?」

 「・・・」


 一切喋ろうとしない男に手が出そうになった時だ。


 「一旦私が変わるわ」

 「室長・・・」


 柚が入ってきた。第一級犯罪対策室の室長が直々に表れたことに驚きを隠せない2人。第一級犯罪対策室の捜査員はすぐに、柚に席を譲る。


 「ずいぶん好き勝手してくれたみたいだけど、君たち、何物?」

 「・・・」

 「水平線の残党、ってとこかしら?」

 「――。」


 水平線。その単語に、若干眉が動いたのを柚は見逃さない。それを切り口に、柚が続ける。


 「やはり、あなたたちは」

 「そうとも!!俺たちは水平線。この世界に、再び恐怖と絶望を届けに来たのさ!!」


 水平線。その単語を待ってたと言わんばかりに、男が口を開く。

 水平線と言う単語に、柚以外の2人は動揺した。なにせ、水平線は8年前に、完全に壊滅させた組織だから。


 「別にあなたなんて、末端以下のチンピラでしょ」

 「あんだと!?」


 柚の煽りにまんまと乗る男。


 「水平線は確かに壊滅された。あなたは、残党程度の構成員じゃないの?」

 「残党で何が悪い。我々は、あの腐りきった世界を変えたのだ!!」

 「あぁっそ」


 水平線の目的を正当化しようとする男と、まるで興味が無い柚。

 二人のやり取りを、脇で眺めるしかない、捜査員。


 「おいアマ、それだけかよ?」

 「えぇ。あなた自身に何の興味もないわ。それより、いつまでも抵抗してると、自我は今日でなくなるわよ」

 「なにぃ?」

 「ここが、普通の警察組織だと思わない事ね。その気になれば、あなたを傀儡にすることだって出来るんだから」

 

 柚のそれは、脅しでもなんでもなく、事実。それを知る、第一級犯罪対策室の捜査員は、ゾッとする。

 しかし、男は、ソレを柚の脅し程度だと、高をくくってしまった。


 「やってみろや!!!」

 

 そう叫んだ時だった。


 「――むぐぅ!?」


 柚に突然口を押さえらてた男は、あまりの事に混乱する。そして、すぐに、この世の物とは思えない経験をする。


 「んんんん!?」

 「暴れないでくれる?こぼれるでしょ・・・」


 何かに対してわめく男と、イライラが隠せない柚。男が暴れるのも無理はない。


 「ヒイィィィィィ・・・」

 「――っ」


 見慣れぬ第二級犯罪対策室の捜査員は悲鳴を、見慣れた第一級犯罪対策室の捜査員はそっと視線を逸らす。そして、当の男は必死に抵抗を続ける。

 何が起こってるのか。柚が抑えた口元目掛け、彼女の制服の袖口から、夥しい蟲が現れたのだ。それが、男の口や、鼻、耳から体内へ侵入するのだ。その感触は、どう表現しようか。


 「んんんんん!?」

 「もう、何かを喋ろうと無駄よ。全部、あなたの脳に聞くから」

 「んんんんんん・・・」


 必死に何かを訴えようとしても、柚は手を離さない。


 「ここの監視カメラの映像を残りの取調室で流して」

 「はい?」

 「早く語らないと、私が一人一人、こうして尋問しに行くと言いなさい」


 そういわれ、捜査員はそっと、取調室を出ていく。

 柚に抑えられてる男は何とか逃げ出そうと藻掻くが、体が言う事を聞かない。まるで、自分の身体の制御を乗っ取られたように。

 暫くして、男がガンッ!!と机に顔をぶつけ、意識を飛ばす。精神が限界を超えたのだ。それと同時に、男の身体から蟲が出てくる。それは、柚の腕目掛けて戻っていった。


 「あの、滝本室長」

 「何かしら?」

 「あなたの能力は何なんです?」

 「それ、今必要?」

 「いえ、別に・・・」

 「そっ・・・」


 蟲を回収し終えた柚は取調室を出る。


 「もう、よろしいんですか?」

 「えぇ。大体知りたいことは分かった。やはり末端はダメね。殆ど情報持ってない。彼も、せいぜい雇われ程度ね」

 「他も同じでしょうか?」

 「ここの映像見てどう判断するか、ね」


 自分たちの仲間がどれだけ悲惨な事態になったのか。今、他の取調室で映像が流されている。


 「90分後、捜査会議を行います。貴方も来て」

 「はっ!」

 「そいつ、精神病院にでも放り込んどいて」

 「かしこまりました」


 出ていく柚にお辞儀をして見送る捜査員。


 「狂犬どころか、狂気の魔女だろあんなの」


 捜査員の小言は、幸いにも柚の耳に入ることは無かった。

 それからの柚は、他の取調室全てを回る。あの映像が嘘でないことを証明するために。時に、実際の脅しとして、自身の蟲たちに、相手の身体を這わせたりもして。当然、そんな真似をされれば、いかに屈強な男いえど、簡単に屈する。彼らは、拷問の訓練までは受けてない。故に、収穫もあった。まず、武器の流通だ。


 「俺たちが使用する道具は定期的に補充されていた」

 「それはいつ、どのタイミング?」

 「知らない。時期はいつもバラバラだった。そもそも、使用することが無かったし、気にもかけなかった」

 「じゃあ、誰が持ってくる?」

 「それも知らない。俺たちはあの研究所に常に居る訳じゃない。だから、誰が持ってきてるか知らないんだ」


 嘘を言ってるようには見えない。今、取り調べを担当してる捜査員。第二級犯罪対策室のヒューズはさらに取り調べを続ける。


 「そもそも、水平線は8年前に壊滅した。どうして今になって?」

 

 ヒューズの問いを、男は鼻で笑う。


 「その8年間、あの世界は何か変わったのか?我々を支持し、我々が訴えていた格差は無くなったか?違うだろ?」


 進みすぎた世界で、格差を零にするのは不可能だ。全てを均すのは、無理だと、先人たちが知ったから。


 「まぁいいわ。広時警わたしたちを本気にさせたこと、後悔させてあげる」

 「やってみろやぁ!!」


 その男の啖呵に柚は無言で、男の口をふさぐ。


 「そこの君!」

 「は、はい」

 「今すぐ出ていきなさい」

 「え?」


 ヒューズは柚が何を言ってるのかわからない。


 「ここから先、君は何も見てないし、何も知らない。ちょっと席を外してる間にこいつは廃人になってた。いいわね?」

 「お、おい、一体何を・・・」

 「誰が喋る許可を与えたかしら?」


 男の口めがけ、柚の制服の袖口から、おびただしい数の蟲が雪崩れ込む。当然、押さえつけられた男も、その場に居合わせたヒューズも、まともな精神では居られない。特に、口内に蟲を放り込まれた男は、必死の抵抗を見せる。

 柚の蟲は、決して幻覚ではない。すべて、文字とおり本物、なのだ。

 体内に得たいの知れない物を放り込まれて、体が無事な訳が無い。


 「むご、むごごごごがが」

 「後悔したいんしでょ?よかったわねぇ~できて」

 「んんんんんんーーーーーー!!」


 叫ぶのとを許されず、抵抗することを許されず。ただ侵される。それが、どれ程の恐怖か。目前に居るその女は、ただ、坦々と感情を見せずに、流れ作業のように続ける。そうして、男の意識が失くなると、柚は、そっと、腕を下ろす。それから、ヒューズに目配せする。


 「君はたった今、戻ってきた」

 「はぃ」

 「こいつが暴れたから、私は仕方なく制圧した。いいわね?」

 「はぃ」

 「結構。後を任せるわ」


 広域時空警察・特殊犯罪捜査部の管理職が何故、人離れと呼ばれるか。その一端を垣間見た瞬間だった。同時に、滝本柚のもう一つの顔が現れた瞬間である。

 取り調べを終えた柚は、早歩きでとある場所へと向かう。そこは、自分たちと同じ部であり、広域時空警察のもう一つの巨頭。第二級犯対策室。第一級と第二級に別れては居るが、扱う事件に難易度の差があるわけではなく、純粋に種類が違うだけだ。


 ――コンコンッ!


 「どーぞー」

 「やっほー」

 

 さっきまでの取り調べとは、まるで別人である。右手を振りながら入室する柚。その、柚の笑みを見た人物は、彼女が終えたことを察する。


 「さては、まぁた被疑者をダメにしたね?」

 「私にそのつもりはないのよ?たぁだ、男の割に根性がなかっただけよ」

 「どーだかー」

 「だいたい、ちょーっとイモムシ放り込んだくらいで廃人になるなんて、やわなのよ」

 「普通の人間は、体内にイモムシが入る生活とは無縁なの!」

 「でも、縁のある生活してるから、そうなるわけでしょ?」


 それは確かに、なんてなるわけもない。

 そして・・・。


 「私、そこまで下手じゃないし」

 「はぁ?」

 「命に危険は無いわよ。どこかを噛ったりすんじゃないし」


 命に危険が無くとも、精神がダメになればもともこもない。それこそ、その後の取り調べは不可能になるからだ。例え柚の能力で、対象の脳ミソを覗けるから良いとしても、どこまで情報を取れるかかは、やってみないとわからない。

 それでも、柚の行為が可能にされてるのは、それだ実績もあるからだ。その多くの実績に追い付くくらい、ダメになった事例もある。

 柚は、取り調べの際に行った覗きの結果を話す。取り調べを受けてる者達は、証言通り何も知らされていない事。また、かれらが、水平線を語る理由も詳細は判明してない。


 「――水平線について、どう思う?」

 「どうとは?」

 「水平線の目的は成し遂げられなかった。それなのに、8年もの間、その思想は生き続けた。普通、そこまで続くかしら?」


 柚は、根っこの部分で疑問を持った。一度壊滅した組織だ。現在も逃走を続けている者達が居るとして、どうやってそこから人を補充したのか、だ。当事者達であればまだ理解出来る。しかし、新規の構成員を8年も経ったから集められるのか?

 仮に今も不満を抱えた人間を集めたとしても、烏合の衆の域を出ない筈だ。そんな寄せ集め集団に、ここまでの大事を引き起こせるだろうか?そんな疑問が残る。それが、柚にとってはあまりに不自然に感じた。なにか、大事なところで見落としや、思い違いがあるんじゃないかと。


 「そうだね。これは、魔法世界の、根深い問題なのかも知れない」

 「確か、格差問題だったわよね?」

 「うん。今のように複数の世界が繋がり、それこそ、能力の力差の議論など一蹴さ」


 能力者でも、魔法使いでも無い世界タイタン。そのタイタンが他の2世界と同等の地位を誇る時点で、力の格差を気にする理由にはならない。

 だが、それは長い歴史で見れば、まだまだ最近の話。昔からの考えと言うのは、どこへ行っても存在する。


 「ボク達魔法の世界はまだまだ、実力主義なところがある。そして、その力は家柄、血筋に強く依存する。ボクの様に生まれ持った環境が恵まれてればそれだけで大きなハンデを得る。一方、そうでなければ、恐らくどれだけ努力しようと、力技では、ボクの半分にも及ばないだろうね」

 「その格差問題は結構根深いのね」

 「うん。特に、一部の者達は差別意識も持ってる。それが原因で一体どれだけの血が流れたかわからない訳でも無い筈なのに」


 水平線の問題は、想像以上に根深い問題なのかもしれない。これまで扱ってきた事案のなかには、今でた話題のような件もある。

 柚は、どちらかと言えば、恵まれた方に分類される。しかし、彼女の姉はそのなかで力が現れなかった。そんな姉を家族も、親戚も咎めることも、疎む事もなかった。もかしたら価値観、文化の違いかも知れない。もしかしたら、はじめから理解していたのかも知れないが・・・。


 「あまり感傷的にならない方が良い。捜査に支障をきたすよ」

 「そうね。ありがとう」

 「それはそうと、そろそろ本題にはいってくれないかい?」


 第二級犯罪対策室・室長サヤは笑顔でそう言った。



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