第25話:期待と信頼

 「広域時空警察・特殊犯罪捜査部・第一級犯罪対策室への所属を命ずる」


 その通達の直後。受話器越しで、何か騒ぎ声が聞こえたが、静は無理やり通話を切った。向こうの世界での残りをミスズに任せて。

 翼への通達を行った静の心境は、複雑を通り越して、混沌としていた。覚悟は決めなくてはならない。そう、分かっていたはずだった。その、複雑な心境を、すぐ側で、聞いていた人物。


 「滝本部長」

 「室長か」


 滝本柚。彼女も、この場に控えていた。自ら受けた指示を、更に下へ回して。


 「久根翼の今後を見据えるのなら、準備は早いに越したことは無いかと」

 「無論、そのつもりだ。だか、現時点での最優先事項を見誤るな」

 「えぇ。心得ております」


 優先順位を見極めるのは柚、ではなく、静の方だ。避けられぬ事とは言え、私情が乗って来ないとも言いきれない。それが、柚から静への評価だった。


 「直ちに次の行動に出る。準備を整えておけ」

 「第一だけでよろしいですか?」

 「第二へは、私から直接通達を出す。下手な縄張り意識を持つものが第一に居るようなら、今の内に払拭せよ」

 「了解」


 敬礼をすると、柚は足早に部屋を後にする。そして、間髪入れずに、静は第二級犯罪対策室へホットラインを繋ぐ。


 「私だ。今から16時間以内に押収した物の流通ルートを調べあげろ。異論は認めん」

 「・・・畏まりました」


 電話口の主は、絶句を挟みながらも了承する。無理もない。自分達が追ってた物を他でもない上司の静に直々に提出されたのだから。

 本来なら面子丸つぶれだか、これを静は「貴様等の上司だぞ?現場以上に仕事が出来なくてどうする?」と、これだけで黙らせた。他の管理職が聞いたら、涙を流しながら辞表をしたためるだろう。

 静が事を急ぐにも理由がある。今回の非合法武器の流通ルートを辿れば、そこから犯人たちに辿りつけるかもしれないからだ。現状、研究所での確保を失敗している以上、別ルートからの作戦も視野に入れなくてはならない。

 一方、柚は静と別れた後、会議室に第一級犯罪対策室の捜査員数名を招集する。既に、水平線を追い始めたクロード・タツヤ班などは除いて。


 「急に悪いわね。先ほど指示を出したばかりなのだけど、たった今、部長より追加の指示が下りました」

 「また、ですか・・・」

 「えぇ。今後の事でまず一つ」


 柚は人差し指を立てながら話を続ける。


 「これから、第二との合同捜査が始まります」

 「第二、とですか」

 「言うまでもなく、陣頭指揮はこれまで同様部長が執ります」

 「現在、第二を中心に研究所にて押収した武器の流通ルートを洗っています。我々は、それに関わる人間の捜査に当たります。それと、先ほど貴方達にお願いした件ですが」


 静かによって通達された水平線関係者の洗い直し。それも、膨大な数の。

 水平線は、数年前に事実上の壊滅後、大きな動きは見せていない。これが、次の行動の兆しなのだろうか?それにしては、大きすぎるのが気になるのが柚の考えだ。


 「現在、収監中の水平線についてですが、ここ数ヶ月、来訪はありません」

 「同様に、外部への接触を試みた形跡も報告されてません」


 それぞれ報告を受ける柚。


 「こちらから接触している形跡は?」

 「それも含め、異常は見られません」

 「そう――」


 報告を受けたのは、柚の信頼を受ける部下。嘘をついてるようには見えない。だからこそ、柚にとっては問題だった。柚にとっては、この段階で何かしらのアクションがあったと思ったから。それが、聞けば何もないと言う。

 ただ、単に向こうの状況が追い付いていないだけ。そう捉えることも出来る。けど、心のどこかで納得出来ていない。


 「今は、下手な懸念は後ね」


 現場を混乱させる考えは保留。懸念は、静に上げてからでも遅くはない。


 「武器流通に関して、第二に資料請求を。2時間後、捜査会議を行います」

 「「了解」」


 柚は、また、静の元へ向かう。捜査会議を行う旨を伝えるべく。そんな彼女の足は、先程の場所へと向かった。さっき、静と別れてから10分も経っていない。しかし、静であればとっくに別の場所に赴き、探すのも苦労する事もある。


 「居ないで欲しいけど」


 一呼吸置き、扉を開く。


 「――ふぅ」

 「ん?おお、柚君か」

 「総監・・・」


 意外、とも言いきれない人物が訪れていた。とはいえ、今は静の無茶ぶりで忙しいはず。彼の隣には静も居た。何やら二人で画面を見ながら話しこんでいた。


 「いかがなさったんです?」

 「根回し、と言うか、あちこちに協力を取り付けたのでな」

 「それに関わる書類仕事を他に丸投げしてここで油売りに来ただけだ」

 「おい・・・」


 遠慮が無いとかを軽く通り過ぎる。それが出来るのは、この巨大な組織だけでも静くらいだ。無論、ラッセルも油を売りに来たわけではない。今後の方針を決めに来たのだ。

 柚が退室してから戻ってくるまでそんなに時間は経ってない。おそらく、本題はこれから。


 「まぁ、本当に油を売りに来たのかは別にして、あの、何を?」

 「例の研究所について、気になる情報をもらったのでな」

 「気になる情報ですか?」


 自分たちの目の届くところで堂々と大犯罪をやってのけた。本部のひざ元。そんな甘い考えがあったのかも知れない。それは、組織全体に言えたこと。言ってみれば、広域時空警察の痛いところを突こうとする側からしてみれば、むしろ、弱点を付き安かった。

 一度、大きな失敗をしたのなら、いつまでも立ち止まっては居られない。その後をどうするかだ。


 「あの研究所、時々どっかの役人が出入りしていたそうだ」

 「それの何が不思議なのでしょう?研究所となれば。いろんな世界の役人が視察や、意見を聞きに訪れても不思議はないと思うのですが・・・」


 確かに、柚の言う通り、研究機関ともなれば、いろんな外部の人間の出入りがあっても、何らおかしくない。

 おかしいのは、その時の、他の世界での状況だと、ラッセルは続ける。


 「この世界、つまり、タイタンにあると言う事は、他の2世界から来ようとすれば、必然的に世界の移動を必要とする」

 「ええ、まあ」

 「では、その移動記録が一切なかったとしたらどうだ?」


 確かに、それなら不審な点ではある。問題は、そこだ。


 「ですが、そんな物、我々が、ましてや時空管理部が見逃すとは思えません」

 「あぁ。我々も同感だ。だが、これと同じ状況を部長は見た」

 「それって・・・」


 そう。静達が、研究所に突入してから、違法装置を発見するまでの間、確かに犯人たちは逃げおおせた。他の世界へ。しかし、その間、静によって、波動の感知が行われていた。それなのに、その感知に引っ掛からなかった。それこそが、一つの答えだった。


 「研究所に出入りしてる者が、教えてくれてな。時々、正面玄関で見かけない人物が居ると」

 「それは、誰から聞いたのですか?」

 「ん?あの研究所は棟が幾つもあるだろ」

 「えぇ」

 「そこには、学生が訪れるような場所もあるのだ」


 研究機関と言うのは、ある種学びの場でもある。それこそ、図書館などは、一般に開放されてるように。それと、同様、研究所の一部施設は、一般開放されている。その一部施設に入り浸るもの好きも偶に居る。


 「ライールにその様な知り合いが居るとは」

 「別に変な意味じゃない。甥っ子が例の研究所に行っていたと言ってたのを思い出して、確認したんだ」

 「で、その甥っ子は、研究所の出入りの人間を覚えていたと」

 「記憶力は、良いからな」


 防犯カメラ並みに優秀な記憶力だと内心関心する静。


 「つまり、その役人とやらは、違法装置を常に使用するような、何かを行っていた、と言う事か」

 「そうだ。今、それがどんな奴なのか、確認してもらってる」

 「分かってるとは思うが、大丈夫なんだろうな?」


 質問の意図を理解するラッセルは、迷いなく返答する。


 「問題ない。それは、俺の首が保証する」

 「なら結構」


 なんだかんだ信頼しあってるのが伝わってくる柚だった。


 「その役人、何しに来てると思う?」

 「使えるか否かの確認か、はたまた、仕入れか」

 「仕入れは無いだろう。おそらくその次の段階からだ。もし、訪れるタイミングに何らかのヒントがあれば、糸口が見つかるだろう」


 より大きな存在がチラつき出す今回の事件。それは、事態をより悪化させるばかり。

 既に、徹夜状態の面々。疲れがにじみ出てくる。それでも、口には出さない。全ての人員が今、総出で働いているのだ。


 「で、室長は何しに?」

 「あぁ、忘れるところでした」


 柚が戻ってきた理由をラッセルに尋ねられ、改めて報告する。


 「二時間後に捜査会議を実施します。内容は進捗の報告と、これからのより詳細な動きについて」

 「うん。私は構わん。せっかくだ、お前も来い、ライール」

 「無茶言うな。私は、私ですべき事がある。それに、陣頭指揮はそっちだろ」

 「現場に士気を挙げるには持って来いだと思うが?」

 「それこそ、お前が声を上げるだけで十分だ。むしろ、見せたらどうなんだ?かつての牙を」


 部長と言う立場に就いて久しい静。ラッセルの言うように、もう何年も現場には出ていない。今回の様に、事件の中心に臨場するのは何年振りか。部下である柚を中心に優秀なメンバーが揃ってるも事実だ。それは、第一級犯罪対策室だけでなく、第二級犯罪対策室も同様だ。

 ただの、なんて軽くは言えない。捜査会議に総監督であるラッセルが同席すれば、色んな意味で動揺は招く。それは、捜査員の精神衛生上、避けた方が良いと思う柚。


 「牙を立てるにしても、爪を立てるにしても、今は砥がねばな」

 「ほぉう。それは、丸くなったと言う事か?」

 「ライールの頭には及ばんがな」

 「・・・」


 静は、ラッセルの寂しい頭部を見下しながら、言葉を閉じた。


 「部長、次の捜査会議は第二も参加を要請します」

 「結構。ただし、第二は現在、違法武器の流通ルートの洗い出しの最中だ。全員は無理だ。良いな?」

 「はい。数名で構いません」

 「よかろう。では、室長、準備を頼む」

 「えっ、部長から声をかけて頂けないのですか?」

 「別に構わんが、室長が私の娘だからと、甘く見られても知らんぞ」


 今回の一件で、柚には多くの責任と言うものが降って掛かった。その中には、正直、母親である静かに泣きつきたいものもある。それでも、それを実行しないのは、柚の持つ矜持であり、意地である。

 研究所での作戦失敗と、ティアの遭難。どちらを取ったにしても、柚は何らかの責任を負わなくてはならない。それは、もう決まってしまったこと。今の柚に出来るのは、己の力で、どれだけやれるかを示すこと。静が実力を示すのは簡単だ。それこそ、言葉一つでどうとでも出来るのだから。だが、柚は違う。


 「分かりました。私の方で対処します。開始時刻は伝えた通り2時間後。第一は全員戻ってきます。部長も、陣頭指揮として参加お願いします」

 「分かった。それまでの間、室長はどうする?」

 「私は、最初に拘束した人間の取り調べに参加してきます」

 「結構。私はそれまで、総監と不信人物について詰めるとしよう」


 各々役割が決まっていく。柚は、静の部屋を出ると、取り調べ室へと向かった。

 出ていった静を見送ると、静は、ラッセルとパソコンに向き合う。


 「先ほど言っていた不信人物と言うのは、こいつか?」

 「まだわからん。だが、何故、候補を?」

 「今、魔法世界で過激派と呼ばれる組織を支持してるそうだ」

 「そんなの、探せばいくらでもいると思うんだが、根拠は?」

 「こいつは良家の生まれながら、才に恵まれなかったと言う」

 「そんなもん、どこにでも居るではないか。現に・・・」

 

 その先を言おうとして、ラッセルは口を噤む。


 「環境なんて、己のとらえ方次第だ」

 「それだけとは言えんがな。私とて、どちらかと言えば、残念な方だ」

 「実家から逃げ出した分際だもんな」

 「それが、今や、一組織のトップだ」


 軽口を叩きつつもしっかり目を通す2人。

 その画面には、その人物の行動記録が映し出されていた。表向きは確かに、視察として、例の研究所に出向いたことになっている。それは、万が一どこかで目撃されてもいい様にとの事だろう。だが、こうして見事に露見した。その違和感を静は見逃さない。


 「こいつ、出入りの時は入念だが、それ以外はお粗末だ」

 「あぁ。私もそう感じる。それなら、もっと徹底的に秘匿すべきだ」

 

 ラッセルも静の考えと同じだ。


 「恐らくではあるが、研究所内で目撃されることの予防線なんじゃないのか?」

 「それなら、堂々と正面から入って、そのあと、例の場所へ向かえば良い」

 「それもそうか。私も、研究所の資料に目を通した。やりようは幾らでもあるな」

 「恐らく、堂々と入れないんだろう。誰が、奴らかまでは知らないんだろう」

 「つまり、出迎えが居ると?」

 「あぁ。研究所のカメラ映像を取り寄せる。そこから、こいつが来訪してるとき、決まって側に居る人間を洗い出す」


 そう言い残すと、静も部屋を後にする。1人取り残されたラッセルは、伸びをして、最後に部屋を出た。



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