第24話:狂い出す時
ティアとのやり取りも一段落し、静としては得たい情報は殆ど得られた。なんと言っても、ティアを発見できていたのは大きかった。
通常なら、そのまま永久に発見出来ず、でも仕方のない事案だ。それは、誰かの首の皮が一枚繋がったことを意味する。
自分の部下が殉職するのは珍しくない。そう言った経験なら何度もしてきた。だが、今回は違った。例え自分が知った場所であっても、それに適さない人物が放り込まれる。想像したくなかった。ましてや、年端も行かぬ少女がだ。
「そちらの世界では、魔素が極端に薄い。従って、魔法の使用も極力控えるように」
「分かりました」
「心配か?」
魔法が一切使えない。ティアのこれまでの短い人生では経験の無かったこと。心配、というより不安しかない。魔法なしで、果たしてやっていけるのか。
「いえ・・・」
ティアはそっと首を横に振った。
今の自分が何かを求めたところで、どうしようも無いことを、彼女は理解していた。その、彼女の我慢を、静はそっと、汲み取った。
「苦労を掛けることを許してくれ」
静の言葉に、ティアは何と返せば良いか、分からなかった。
「すまない、少し、翼を呼んでくれないか?」
「彼女を、ですか?」
「あぁ、必要な事だ」
強い意思を感じるのに、どこか後ろ向きだ。そう、感じられる静の言葉。
やはり、自分の頭は違ってなかった。
あってはならい、予測が真実となったと言っても良い瞬間だった。
それから暫くもしない間に翼が呼ばれる。
状況を理解しきれていない翼は、緊張感に欠けていた。
「えぇっと、久しぶり?おばぁちゃん」
「あぁ、そうだな」
翼は、混乱で。静はそれ以外の感情で、言葉が、いっぱいいっぱいだった。何を話せば良いのか分からず、翼は、画面から目を逸らす。そんな翼を気遣ってか、はたまた元来の性格ゆえか、静が先に言葉を紡ぐ。
「流石に、大きくなったか」
「うん。もう、中学二年生だから」
「そうか」
静の表情には、喜びが伺えた。最後に翼と会ったのは何時だったか・・・。そんなに昔では無いことは覚えていても、正確に思い出せない。それだけ、自分が老いたのか、それとも、大切な存在さえも忘れさせる程、忙しかったのか。そんな考え、今は捨て去って良い。
数年ぶりに話す祖母に緊張を隠せてないのが翼だ。今までの優しい祖母の印象とはまるで正反対なのだから。それが、伝わる程に、だ。
「さて、何から話したものか」
「聞きたい事はいっぱいなんだけどなぁ」
「ま、そうだろうさ」
今までは普通の祖母と孫の関係でしかなかった。いつかは、と考えていた静だが、よもやこんな形になるとは思ってもみなかった。
一方の翼も、自分の祖父母が何かを隠していた、と言う点については気づいてもいた。祖父に聞いた、この場所の事。それが、先日、確信になった。
「状況が状況になってしまってな」
「うん」
「本当はもう少ししてから話そうと思っていたんだ」
「そうなんだ」
いつかは話してくれるつもりだったことに、ちょっぴり安堵する。何もかもが不明なのは、関係者であっても不安になってしまう。
静に、柚。そしてエレーナまでもが翼に対して慎重なのは、彼女の持つ能力にある。
未来予知。今はまだ予知夢の域を出ない不完全なものではあるが、それが意識して扱えるようになれば、話はまるっきり変わってくる。そのことが露見すれば、翼の身はいとも簡単に危険に晒される。それを避ける為にも、どこかのタイミングで翼を保護、と言う名目で招かなくてはならなかった。最も、エレーナはそれでも、翼の広域時空警察入りを反対していたが。
「昔、私に不思議な夢を見る話をしてくれたのを、覚えているか?」
「うん。覚えてるよ」
それは、まだ翼が幼い頃の話。明日、起こることが分かる不思議な夢の話をしていた。当初は子供によくある出来事として片づけていた。その話が変わったのは、静が第三世界に時空管理システムを設置する準備に取り掛かるために、訪れていた時。
その日、翼は自分には関係ない、事故の発生から詳細に至るまでを言い当てていた。その事故は、多くの犠牲者を出すほどの物であり、それを言い当てたことで、翼の夢は何らかの能力であることが伺えた。
能力を持たないエレーナと第三世界の住人の子。能力が発現する可能性は低かったが、家系には抗えなかった。
「私たちは、将来的に、翼を招くつもりでいたんだ」
「そうなの?」
「あぁ。翼の夢、予知夢は、単なる偶然ではないのだよ」
「どういうこと?」
「もう、分かっているとは思うが――。私や柚には特別な力がある。タキモトの血筋は代々そのような家系でもあった」
「血筋って?」
翼の問いに一瞬言葉を止める静。それは、翼の側にティア・ノーブルが居たから。彼女に、事の真実を知られることと、これからの状況。この二つを同じ天秤で計って良いか、迷った為。そんな戸惑いは、瞬時に払拭した。
「タキモトの血筋は女系の家系でもある。故に、子孫を残すには婿を迎えているんだが、それはどうでも良い。滝本家はそれなりに強い能力を得てきた」
「どんなもの?」
「一概に固定化されないのも一つの特徴ではあるが、どれも悪用出来るものが多い。そして、戦力で換算すれば一人で国一つを動かせるほどの力になる」
「そんなに・・・」
そんな力が自分にも備わっている。そんなことを言われても、十四歳の翼にはどうすることもできない。
「翼の母親、エレーナには力が顕現しなかったが、私としては、娘の安全が保障されてほっとしたんだがな」
「なんか、普通はその反対なイメージがあるけど」
「そうだな。だが、私は立場上色々な物を見てきた。願うなら、我が子には平穏を、なんて思ったんだ。エレーナが道哉君と結婚するとわかって、その子も大丈夫だと考えてたんだが、私も甘かったな」
悔いたところでどうしようも無い。なら、これからすべきことに目を向けるまで。
「ううん。話してくれて、ありがとう」
「エレーナと言い、翼と言い、その優しさは、一体、何代遡れば良いんだか」
「え?」
「ここ最近の滝本家は皆、私や柚みたいな人間ばかりだ。エレーナみたいな平和主義者は珍しいくらいだ」
「そ、そうなんだ」
血の気が多いと言われてもピンとこない翼は反応に若干戸惑う。
軽い話題で、互いに緊張が解け、静が本題を切り出す。
「その場所、どう感じた?」
「う~ん、正直なんとも・・・」
「少し、気分が落ち着いたりしないか?」
「それはするよ。時々来たりするから」
「それは、単なる偶然ではなくてな」
「そうなの?」
「あぁ。そこは、万が一、いや、億が一が起きてしまった時、こちら側の人間たちが少しでも落ち着けるように、気分を落ち着かせる効果を持たせてあるからな」
つまり、既に能力者でもある翼が、この隠れ家を気にいるのはある種必然であった、と言うことになる。
翼にとっての問題はそれよりも別にある。
「どうして、私にここの事を教えようと思ったの?」
「あのジジィが余計な事を口走ったのは想定外だったんだよ」
「ジジィって、そんな・・・」
一切遠慮のない祖母に苦笑するしかない翼。
「きっと、翼の能力が、私たちの予想を超える速度で成長することに危機感を抱いていたんだろう」
「危機感?」
「翼の力については、いつかはちゃんとする必要があった。だが、私も自分の孫となるとダメだな。普通の子に成長することを願ったんだ」
つまり、この隠れ家は、翼の能力の成長が早すぎた場合、彼女を隠す為の場所として設置された物っだった。この第三世界からアクセスできるのは、翼しか居ないから。それが、合図になるはずだった。
「私の力は、何なの?」
「私たちは未来予知と呼んでいる」
「未来予知」
言葉だけなら翼でも簡単に想像できる。それほどにありふれた言葉だったから。想像の世界で。
「それも単なる未来予知ではない。複数の未来を同時に予知できる、極めて強力な能力だ」
「複数の未来?」
未来は一つではないのか?それが翼の中にはあった。実際、見える未来なんて一つしかなかった。
「今は夢の世界や、虫の知らせの域を出ないだろう。それは、翼が、自分の能力に固執してないおかげでもある。だが、もし、翼がこの予知夢、未来が見えることに本当の意味で気づいてしまった時、その力は一気に解放される」
「どんなふうに?」
「そうだな。ジャンケンって勝つか、負けるか、あいこかの三パターンだな」
「うん」
「その場合、それぞれの未来がどうなるかまで見渡せる。つまり、勝つことも出来れば、わざと負けることも可能なんだ」
それは、自分にとって最もダメージの少ない方法を選択できることでもある。
「わざと負ける?」
「勝負事は何に置いても勝つことが重要なのは変わらない。だが、これが戦闘となると少しばかり話が変わってきてな」
「どうして?」
「翼の能力は、いくらでも利用できる。それが一番問題だった」
当然と言えば当然の懸念だった。翼とて、そのことについて考えなかったわけではない。だが、それがいけない事だと分かっていたからこそ、意識して避けてきた。
強力な力は、いつの時代も、どんな世界でも、いくらでも悪用されてきた。それは、保有する本人の意思に反して。そこに、保有者の意思など介在しない。故に守る必要がある。そのことを、滝本静と言う女性は強く理解していた。
「でだ、翼」
「うん」
「急で本当に申し訳ないと思ってる。戸惑うと思う。それでも、言おう」
「・・・」
「久根翼。君を、現時刻を持って、広域時空警察・特殊犯罪捜査部・第一級犯罪対策室への所属を命じる。これは、広域時空警察における超法規的措置であり、その要請は何人たりとも拒絶することは許されない。以後は私、滝本静の指揮下に入り別命あるまで、現世界にて待機を命じる」
静は、ほんのさっき、エレーナに言われたことを差し置いて、自らその命を下した。そして今この瞬間、翼は、関係者になった。
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