第23話:長い関係へ
そろそろか。
時刻を確認し、相手の都合の悪い時間に被らないように配慮する。特別な関係な相手ではない。普通に自分の娘だ。だが、どうしても今回の事を考えると必要以上に配慮しなくては、となってしまう。住む環境の違う娘と、孫を巻き込んでしまったからだ。
僅か数時間足らずで、組織が崩壊しかねない出来事が相次いだ。それがギリギリで保てているのは、静かとラッセルのお陰でもある。事実、この二人には頭の上がらない人間が多い。多かれ少なかれ、静やラッセルに借りを作ってしまった人間は、組織の内外にいた。組織内の人間であれば、まず、トップたるラッセル直々に動くのだ。まさか、立場が下の自分達が何もしない、なんてあり得ない。そして、残る魔法と能力者の世界。普段は目の敵にしても、静とラッセルと正面切って敵対しようとする愚か者は居なかった。せいぜい嫌みを言うのが精一杯。それが、広域時空警察の改革以降の功績だった。
遠く離れた世界の娘への連絡を始める。
「もしもーし」
「私だ。定時報告を頼む」
「格好付けてるところ申し訳無いけれど、ほぼほぼ解決よ」
まさかの返答に言葉が出ない。否、理解が追い付かない。今、自分の愛娘一号こと長女は何と言った?解決しただと?いったいどうして?
疑問に疑問を重ねても、その疑問を投げ掛ける相手が自分では答えは出るわけもない。
「なんだと?」
だからこうして、当たり前の返答以外導き出せない。
「その遭難者。ティア・ノーブルさんは、無事保護したって言ってるの」
「そんな・・・」
そんな馬鹿な。それが静の感覚だ。何せ何年掛かろうとも見つかるかさえ不明だ。それがどうだろうか、わが娘はたった一日で見つけたというではないか。どんな奇跡が重なればこうなるのか。だが、静は自然とこうなることが頭のどこかで分かっていた。そのことに自身で驚きながらも。なぜなら、あの世界は彼女が居るから。
エレーナの報告を聞いて一先ず安堵することが出来た。何せ、大きな事案の一つがどうにかなりそうなのだ。これでもう一つの、と言うより、本命に集中できる。
「ふふ~ん。と言いたいけど、複雑よ」
「そうか。やはり・・・」
「分かっててやったでしょ」
語尾に行くにつれ、声が小さくなるエレーナ。そんな彼女の声だけで、何を言いたいかが分かってしまう。
「お母さんはどこまで関与してるの?」
「それは、翼の事か?」
「そうよ」
「いずれどこかで覚悟を決める必要があった。なら、その時にあの子を守る物が必要だった。私たちが直接すぐに手をだせないからな」
どうして翼に管理者になる資格があったのか、その理由を明かす静。翼の持つ強力な力は、放置出来るものではなかった。そのためにも、もしもに備えて翼の身を守るための何かが必要だった。そこで、静達は自分たちの力を利用することにした。自分たちであれば、どんな存在からも翼を守ることが出来る。
いつかは翼も、だなんて考えたことは静とて一度もない。それは、翼の能力を知ったからだが。
エレーナから、ティアの詳細を聞き、今のところ大きな問題がないことを確認する。その上で静はエレーナにもう一つ依頼を出す。
「済まないが、ノーブルを暫く預かってくれないか?」
「どういうこと?」
「今すぐに連れ戻せればいいんだが、事はそうも行かなくてな」
「今起きてる重大事案の事?」
「聞いたのか」
「じゃなきゃどうしようもない」
エレーナも、ティアの事は自分の元で保護するつもりでいたので問題は無い。今は、彼女一人でいるよりも、歳の近い翼と居る方が精神衛生上も良い。ティアの健康観察程度であればエレーナでも可能だ。通信室も、結局のところ、翼が最高責任者なので、翼なしではできないことも意外と多い。今は、ミスズとティアの二人と、身内同士で何かと相談しあってるが、既に何日かノンストップで稼働してる。管理システムは、定期的にスリープモードにする必要がある。
「お母さん大丈夫なの?」
「なにこれだけ大きいと私は解決さえすれば問題ない。問題なのはあいつの方だ」
「あぁ、ラッセルさん・・・」
今回のせいで、首が掛かってしまった男性の事を哀れに思う。
「後輩さんにそれまで押し付けるの?」
「本当に首が飛びそうになったらまた考えるさ。それが、先輩だから」
「今は部下のくせに」
「それでも、頭が上がらない人数は私の方が多いんでな。実績と経歴だよ」
「なんでそれでいつまでも現場張ってるの?」
今の静の経歴だけ見ればとっくの昔に、ラッセルの地位である総監督に就けてる。それがたとえ叩き上げだとしても、その功績は計り知れない。
「一番上になると残るのは失う物だけでな。こっちの方が何かと無茶をしやすいだけだ」
「早死にしないでよ」
「翼の件もある。早々に死ぬわけにいかん。仮に死地に瀕したとしても地獄の底だろうと舞い戻って見せるさ」
「心強いことで何より。つーちゃんの事がなければもっと良しだった!」
「お前に相談しなかったのは悪いと思ってる。だが、あの子の力は強すぎる。本来の力を取り戻したら、いかなる手段を用いようとも手に入れようとする輩は現れる」
だったらとっとと引退してこっちで翼を守ってほしい。そう願いたいがそれでは意味が無いことは、エレーナも承知の上。これから先、翼は自分で身を守る術を持たなくてはならない。そのためにも、静や柚の居る向こう側へ行かなくてはならない。それは、とてもやるせないものだった。
「今回の事がきっとトリガーになる。翼の観察も同時平行で頼む」
「口調、完全に仕事ね」
「弁解の余地もない。ただ、危機感は伝わるだろ?」
「うん」
覚悟を持て。そう言われた気がした。これから先、翼は何を知るのか。知らなくて良いこと、知ってほしくないこと。数えればキリがない。今はまだ単純な事しか見えてない。しかし、これがもし何か大きすぎる、翼の心身を破壊する物が見えたら、その時どうするか。
想像など、したくなかった。
「ノーブルの様子はどうだ?」
「心配するほどではないわ。物はあるし、つーちゃんも居るし」
「救われたな。あの子に」
「安心した?」
「正直ホットしてる。ノーブルに何かあれば一番被害を受けるのは他でもない柚だからな」
「柚も大変ね。お母さんの部下としては」
今回の件で、柚は何らかの形で責任を追わなくてはならないだろう。それは、いくら静やラッセルが肩代わりしようとも意味がない。直属の上司である柚であることが重要になる。
万が一柚がクビになるのであれば、エレーナは喜んで彼女を迎え入れる。なにせ、同じ親の被害者なのだから。それに、自分の代わりに組織に入ってくれたのだ。
「柚泣かせたから怒るから」
「あいつももう、三十手前だぞ?」
「可愛すぎる妹であることに代わりはない」
「お前の子供が娘でよかったのか時々悩むよ。そこ行くと、道哉君はすごいな」
静はまさか柚よりも先にエレーナが結婚するとは思ってなかった。その時は柚も驚いたそうだ。
「彼だからだよ」
「今でも思い出すよ。出会いの話」
「あっそぅ」
苦笑の中に呆れが混ざった声が漏れる。エレーナと道哉の出会いはそれ程までに数奇だった。
「魔素が極端に薄いそっちでは、魔法使いの体力の消耗が激しくなりやすい。気にかけてやってくれ」
「そこは私も分かってるわ。徐々にならしていくつもり」
「話が早くて助かる」
先に主題を一旦済ませる。ティアのこの世界での生活については、再度彼女を交えて行う必要もある。
そして、ここからが、エレーナが、子供二人を外に出した本題。
「ねぇ、お母さん」
「なんだ、改まって?」
「お母さん達が作り上げた物が崩れるとしたら、どうする気?」
裏側を把握してるからこそ、疑問を持たずにはいられない。
「その時はその時、としか言えんな」
「まーた無責任な事言う。こういうとこはお父さんと気が合うんだから」
「あのジジイと一緒にするな。確かに翼が原因で過去は蒸し返されるかもしれん。だが、その程度で私が膝を曲げるわけなかろう」
静がここまで強気でいられるのは、静の性格だけではない。彼女にはしっかりと見えてるのだ。今回の件でどれだけの事が起きようとも、翼に目が向くことは無いと。その代わりの人間が居ることまで・・・。
存在してはならない、と言うものはヒトモノ問わずに存在する。そして、翼の存在が明るみになるということは、彼女の血筋上に居る全ての人間が広域時空警察の捜査対象に挙げられることを物語っていた。
「つーちゃんの組織入りはどうなの?」
「翼か。現状を鑑みるに、柚の部下のする他ない」
「どうしても?」
「あぁ。柚や私の目の届くところに居てもらうのが安全なんでな」
はっきりと断言した母の言葉を聞いてエレーナも覚悟を決める。
「分かった。その代わり、つーちゃんには私が話す。その上で柚やお母さんに預ける」
「――分かった。ラッセルと何としても守ろう」
「お願いね」
ここでラッセルの名が出るのは意外かもしれないが、そうでもなかった。
「じゃあ、ノーブルさん入れるわね」
「あぁ、頼む」
エレーナは隠れ家のリビングに居たティアを呼ぶ。
「今、お母さん。滝本静と通信できるわ」
「ありがとうございます」
そうして、通信室に設置された受話器を手に取る。
「ぶ、部長・・・」
「ノーブルか?」
「はぃ。第一級犯罪対策室・作戦部隊・ティア・ノーブルです:
「まずは無事で何より」
「ありがとうございます」
「早速で済まないが、君がそちらの世界に行くに至った最大の要因を教えてほしい」
そうして、ティアと静との間で情報のやり取りがなされていく。その中で、ティアは、あの研究施設がクロであったことも知った。自分たちが、上長である柚の見立てが間違ってなかったことが何よりも救いだった。でなければ自分は無意味にこの世界に来てしまったことになる。せめて、あの作戦に意味があったと思いたかった。
その上でティアは暫くの間、この第三世界に留まる必要があることを告げられる。こうして通信は出来ても、人の輸送はそう簡単でないことを、静直々に伝えられる。
純粋なティアでも、一つの疑問が浮かんだ。なぜ、レイ・クライスは自分を転送させることに成功したのか?
「部長、質問良いですか?」
「なんだね?」
「私はAIミスズに、一つ間違えればどうなっていたか分からないと言われました。それは事実ですか?」
「そうだ。例えレイ・クライスが大魔法使いであったとしても、人間を不安定な場所から転送してまともに居られる訳がない」
「じゃあ・・・」
「そうだ。貴様が能力の高い魔法使いでなければ、私はおろか、柚とラッセルの首も飛んでた」
物事は、そう単純では無い、というが、今の静の言葉は予想を遙かに超えていた。だからこそ許せなかった。勝手な行動をとった同僚を・・・。
「でだ、ノーブル」
「は、はぃ」
「誠に申し訳ないが、暫くそちらの世界にとどまってくれないか?」
「暫く、と言うのはどのくらいでしょうか?」
恐る恐る尋ねるノーブル。
「次の春までだ」
「一年、ですね」
「そうだ。その世界だと、何か不便をかける。どうか、耐えてくれないか?」
「分かりました。今起きてることと、こちらを結ぶこと、どちらを優先するか、考えたらわかります」
「不安は無いか?」
「不安、ですか?」
正直な話、ティアは静かに全幅の信頼を寄せている。故に不安などなかった。それでも、自分の上司の事は不安材料になった。
「室長は、どうなるのでしょうか?」
他でもない、直属に上司について・・・。
「滝本室長については、何かしらの処分が下されるだろう」
「そんな。此度の件は事故です。滝本室長が責任を負うだなんて」
「無論、私も最小限に留まるようにする。だが、今回の遭難者事故と作戦失敗は、見過ごすわけには、行かないんだよ」
「どうしても、ですか?」
「あぁ。私が柚の代わりになったとしてもだ」
ティア・ノーブルと言う少女は、柚と静の関係性を深くまで知ったつもりだ。かつて、柚の口から聞いたのだ。間違うはずがない。
「それとだ、ティア・ノーブル」
「ぁ、はい」
「久根翼。彼女は君にとって大きな力になる。仲良くして損は無い」
「損得勘定で友好は気づきたくない物なのですが」
「問題ない。翼は本気で君の事を案じている。だから、第三世界を学ぶついでに、君の未来のパートナーを知っておくが良い」
「未来って。それは・・・」
ティアの表情には期待と不安が入り混ざっていた。
「このような事態を引き起こした張本人と長くは居たくない人間だと思ったんだが、違った?」
「いえ」
ティアはすぐに否定する。
「あれでいて、旧知の仲です。無論、ここで変わったのであれば、その限りではありませんが」
「そうか。もし、何かあれば些細な事でも良い。久根翼を頼れ」
「それは、指示ですよね?」
「そうだ。私事に巻き込んで申し訳ないが。避けては通れなくてな」
その言葉でティアはかつて、柚が口にしていた言葉を思いだしていた。
「歴史の因果とは、よく言ったものですね」
「聞いたのか?」
「全てではありません。以前、室長がボソッて言ってたのを思い出したまでです」
「そうか・・・」
静が、何か言葉を繋げようとして止めたのを、ティアは気づいた。何を言おうとしたのか、問うことも出来たがあえて触れなかった。今、ここで問うのは何か違う気がした。この先を聞くのは、彼女と一緒に。それが、誠意、の様な気がしたから。
この世界の住人である久根翼と言う人物は、話を聞くに何か特別な存在であるように思えてならない。それが、ティアの抱いた感想。彼女が自分達の側になるのを望んでないのは明らかだった。それが、どうしてなのか、なんとなく分かってしまう。それが、余計に、自分の気づいてしまった事が、事実であることの裏付けになっていった。
「悪い子でないのは、よく分かります。とても、優しい子ですね」
「あぁ、本当にな」
「誰かさんとは違って」
「そちらに永住したいのなら、最初からそう言ってくれ。事故が一件無かったことになる」
軽口のつもりが、きにさわったのか、ティアは慌てて取り消す。
だが、それも、静なりに彼女を気づかって。少しでも、冗談を言えるようになっているのなら、それで良い。
「件のことは私達に任せろ。てか、そちらにいては何も出来んだろうしな」
「そうですね」
「それにだな、結構面倒なことになりそうなんだ」
「どう言うことですか?」
ティアの質問に、静は彼女が物理的に情報漏洩出来ないことを良いことに解答する。
「あの後直ぐ、私が臨場したんだが逃げられた。それも、囮まで用意してだ」
「そんなの可能なのですか?我々の本部とは目と鼻の先程の距離です」
「あぁ。故に、私は第一を始め組織内の人間全てを洗い直すことにした」
その言葉に、ティアは言葉を失う。自分の仲間達が疑われてる。そう突きつけられたからだ。
「ノーブル。お前をその世界に留め置くのもその一環だ。もし、お前がネズミなら直ぐにこちら側でも何かしらの動きがあるだろうしな」
「そこまで、なのですか?」
「無論だ。総監を除き、柚を含めた全てが対象だ」
「し、室長もですか!?」
それは疑いすぎだと思う。まさか、自分の娘までとは思わない。
「安心しろ。柚がネズミじゃないことは分かってる。あいつはそこまで器用じゃない。もしそうなら、とっくに尻尾を出してお縄だ」
「心臓止まるかと思った」
恐らく、ティアがこの世の誰よりも信頼してる人物への疑惑。それは、許容出来るものでは決してない。それでも伝えたのは、今回の件の重要性を伝えるため。
そして、同時にティアへの疑いも晴れた。
ティアとの直接の会話を経て、彼女に現時点では、転移に伴う障害は見受けられない。それが分かっただけでも、静としてはホッとした。
「私はこれから、事件解決に専念する。こうして連絡を取ることもそう簡単ではないだろう」
「致し方ない事かと。優先順位を考えれば、私は後回しにすべきだと思います」
「理解が早くて助かる。何か言っておきたいことはあるか?」
「でしたら一つ質問を」
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