第22話:保険適用外

 少々、ティア・ノーブルは、魔法世界に生を受けた一般人に過ぎなかった。無論、今の立場が一般人のそれとは違うということは理解している。それでもだ。それでも、今現在、自身の置かれた状況に関しては、一般人と言う便利なくくりを外れたと言って良い。

 年齢13。所属、広域時空警察・特殊犯罪捜査部・第一級犯罪対策室・作戦部隊。

 とても身の丈似合わない肩書きだ。それに加えて、新たに付いた肩書きが『遭難者』。

 事実は小説より奇なりとは、まさにこの事であろう。

 一瞬の出来事であったのは間違いない。同僚の理解しがたい行動により、自身の属する組織の中でも、起こしてはならないのだ事案を引き起こした。それは、ティア・ノーブルという少女にとって、色々な意味で耐えられる物では無かった。

 普段のティアであれば、この事態を引き起こした、少年に対する怒りだけで収まったであろう。だが、今回は違う。本来、関わりを持つはずの無い世界と関わりを持ってしまった。そして、そこには、あってはならない物があった。それは、ティアへ気づいてはならない事態を気づかせた。

 もし、この世に神が居るかと彼女に問えば、彼女は神の存在を肯定するだろう。

 ――何故か?


 「あの、ティア、ちゃん」

 「ん?」


 少女の名は久根翼。自らの上司の姪にあたるその少女はどこか、言葉にしがたい何かを纏っていた。それが何なのか、ティアには分からない。それでも、彼女が今の自分にとって、いや、今後大きな存在になることは、理解できた。きっと、この出会いは何かの始まりだと・・・。


 「困った事、あったら、何でも言って」

 「うん。つ・・・」


 言い慣れない名前。自分の上司の同じな筈なのに、どうしても、口に出しづらい。それを、目の前の少女、翼はティアの泳ぐ目線で察する。


 「翼!」

 「ぇ?」

 「そぅ、呼んで?」


 年端も行かない者同士では、距離の縮めるという作業は、大人が想像する何倍も労力を要する。かつて、自分達が通った道であったとしても、その事を簡単に忘れてしまう。

 ティアは一瞬戸惑いながらも、少女の提案を受け入れる。「ひさね」よりも、「つばさ」よ方が発音しやすかったから。

 この場を翼に伝えた人物は一体何をしたかったのだろうか。もし、彼女の持つ力に備える為だとしたら、たった一人の為にあってはならない状況を生んだ組織に不信感さえ覚える。


 ぎこちないやり取りを続けてる少女達の隣で、エレーナは、この世界での静の自宅から持ち出したパソコンを通信室の機器と接続していた。定期的に連絡を取り合うことになった母娘。こうならない準備をしていたとしても、結局あるべき流れへと誘われる。

 こうなったからにはトコトン・・・。なんて気はエレーナには更々無い。出来る限り今回の件を穏便に、速く終わらせたいと思っている。それは、他ならぬ翼の為に。

 実情を知るものが限られているだけに、いざ行動しようにも勝手な事が出来ないと言う不便は何とも言い難い。それは、エレーナだけでなく、ミスズも同様だった。エレーナが居てくれることで、ミスズにとっては、状況的に前進したと言える。


 「ねぇ、ミスズ」

 「はい。なんでしょう?」

 「あなたのメモリーはいつまで遡れるのかしら?」


 やり取りの節々で感じ取ることが出来たミスズの中身。この世界で数年間放置されていたにも関わらず、彼女の記録は正確に残されていた。それだけじゃない。他にも気になる点は多々ある。そのメモリーは何のために残されてるのか。まかさ、次の管理者の為、そんなことあって欲しくないのがエレーナの心内。


 「それは、御分かりなのではないのですか?」

 「・・・やっぱそうなのね」

 「これまでの記録と今の状況からの仮説ですが、私はあくまで保険だったのでしょう」

 「保険って、いったい?」


 何のための保険なのか。エレーナの中に次々と疑念が巻き起こる。

 しかし、それはすぐにミスズ自身によって否定される。


 「この施設と私がこの世界に設置されたのは、何かを隠したかったからでしょうし」

 「常識がひっくり返る歴史とかかしら?」

 「・・・」

 

 なぜそれを、と言う反応を見せるミスズ。確かに一般人であるエレーナが内情に詳しいのは変だ。だが、それと同等に、この世界にエレーナが存在するのもまた、あってはならないことであるのだ。

 知らなくて良いことを知るのはいつだって当事者だ。


 「今はそんなことはどうでも良いの。教えて、あなたの最も古いメモリーを」

 「現段階では開示致しかねます」


 定型文を並べて口を閉ざす。あくまでも部外者であるエレーナには、明かせないと言うことらしい。そんなものは、組織のトップである静や柚が出てくれば済む。例え、部外者であっても、こんな状況になれば口を閉ざし続ける様な二人で無いことは、エレーナが一番理解している。

 記録を遡れないのなら、もう一つ確認することがあった。


 「じゃあ質問を変えましょう。管理者権限を持つのは何人?」

 「今はあなたの娘さんである翼さんだけです」

 「いいえ。そうじゃないでしょ?」

 「何を仰りたいのでしょうか?」


 僅かな沈黙の後、エレーナは言葉を続ける。


 「広域時空警察の管理システムは誰彼構わず管理者になれると?」

 「――!!」


 エレーナの鋭い問いに反応を示したのは、ミスズ、ではなくティアだ。


 「ど、どういうこと、なの?」

 「今の管理者は、つーね。その前はおそらくお母さん、ではなく多分お父さんね。こんなことしでかすし」


 根本的な事を見落としていた。

 起動させることが出来たから、現管理者となった。その事にたいして何ら疑問を持つことがなかった。だが、それはある種の経験と呼べる物の差であったのかもしれない。気づくことの出来たエレーナと、気づけなかったティア。職務よりも、物事を広く見れるための年齢が勝った。


 「で、でも、管理者認定は誰でも出来る訳じゃ」

 「そうね。お母さんは、お父さんに色々聞きたいから捕まえろ、だなんて言うけど、私に言わせればどっちも同じね」


 当時既に今の地位に就いていた静なら、この状況に必要な部分において重要な決定権を持っている。その静が許可した結果が今なのだ。


 「それじゃ、まるでこの施設は・・・」


 言葉を切らしながら、ティアは翼に視線を送る。その彼女の視線に、翼は無言で見つめ返す。


 「まぁ、保険だったんだと思うよ。ただ、それよりも早く、つーがそうなっただけでね」

 「そうなったってのは、管理者の事?」

 「えぇ。そもそも私はつーちゃんが管理者になるだなんて思ってなかったもん」


 愛する娘の頬に手を当てながら言葉を紡ぐエレーナ。

 向こう側へ渡る可能性はあった。しかし、ここまでとは考えてなかった。何としても守る。そう決めたのに、運命づけられた結果は決して覆らない。


 「お母さんは知ってたの?」

 「うん。だって私は柚のお姉さんでもあるのよ?」


 むしろ知らない方が不自然とまで言いたげな母。なにか良くないことへ向かってるのでは。そう思うと急に恐怖が襲ってくる。そんな翼を察してか否か、エレーナは今の状況が全て悪いことでないことも伝える。事実、翼が管理者でなければ、こうしてミスズと状況のすり合わせや今後の対応を協議できなかった。さらに、向こう側とのスムーズな連絡も取ることが可能となってる。

 全部が全部悪かったわけではない。それは、翼が持つ力についても。彼女の眠れる力があったからこそ、遭難者探しと言う不可能問題に近い問題を解決に導けそうなのだから。

 それを見越して万が一の保険と、見越したうえで引き込むための保険ではわけが違う。それが、今エレーナが最も納得のいってない点だ。


 「でもね、こうしてあってはならない事態が続いてしまうのは、定めなのかもしれないね」

 「定めって?」

 「大きな力の元にはそれを発揮させるための大きな災いが訪れる。それは決して避けられず、逃れられない。例え世界が滅びようとも。いや、滅びそのものが試練なのだ」

 「なんの言葉?」


 難しいという表情の翼とは反対に、聞き覚えのあるそぶりを見せるのが、ティアとミスズだ。


 「どうして、訓辞を・・・」

 「お母さんって妙なところで手を抜くのよね。今の言葉は滝本家の家訓、見たいなもの。代々受け継がれる覚悟の言葉ね」


 代々能力者で継がれるのが静の家系。姓こそ違えど、祖先の血が途絶えるわけではない。静、柚、と直近の血筋でもきちんと大きな力は受け継がれている。


 「ですが、あなたはどう見ても一般人、です」

 「私は、力が顕現しなかっただけ。別に、珍しいことではないし、それで不便になることもなかった。ただ、ここはそれが当たり前であっただけ」

 「ではやはり、あなたは・・・」


 ティアが確信を突いた言葉を言う前に、指を口元に当て、それを封ずるエレーナ。それ以上先へ進むには、今のティアでは物足りない。ましてや、翼に聞かせるなど以ての外。

 

 「そこから先は、あなたが大きな責任を負うことになる」

 「それはどのような?」

 「つーちゃんの守護者、かな?」


 それはあまりにも大きすぎる。今のティアには到底、負えるものではなかった。故に、彼女は口を噤む。

 エレーナは、置いてけぼりの翼の元へよる。


 「そろそろ最初の定時連絡の時間なんだけど、いったん外で待っててくれるかな?」

 「え?うん。いいよ」

 「ありがと。それから、あなたもね」

 「え、ぁ、はい」


 エレーナは一度、翼とティアの二人に通信室の外に出るように促す。状況を見れば、一刻も早くティアの無事と、通信室の管理者権限が翼に移行したことを伝えるために、二人に居てもらう必要がある。であっても、先にエレーナと静の二人だけですり合わせる必要のある事項があった。事と次第によっては娘の一生が大きく変わってしまうから。それを、何も知らずに生きてきた少女にいきなり聞かせる自信は、エレーナに無かった。

 一度進みだした時計の針は止まることを知らずに、時を刻み続ける。錆を、衰えを知らずに。



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