第21話:闇の道しるべ
――つまり、静の考えはこうだ。
過去のテロ組織を連想させる事で、自分達の本来の目的を有耶無耶にし、障壁となる広域時空警察の目を欺く。さらに、末端の者達には、何も知らせず、ただ、障壁となる存在が在ることだけを匂わす。そうしておくことで、急な捜索が入った場合相手側に勘違いをさせることが出来る。ここが、目的の場所であると。さらに重要はのは、自分達の正体を誤認させる事だ。敢えて、危険な道を進むことで、目的遂行の最短ルートを得ることが出来る。
では、今回の事件の被害者達の安全は保証されているのか、と問われれば答えはノーだ。何故なら、静の考え通りに行けば、彼らはなぞらなくてはいけない。
「ソフィア、水平線の幹部の今の動向を全て調べ上げ、報告しろ」
「幹部全員ですか!?」
「そうだ。現在服役中、逃走中、抜けた者全てだ」
それは無理難題に匹敵する。ソフィアが組織に居たのは、壊滅するまでの一時だけ。水平線は、生まれた背景だけにその歴史は意外と長い。幹部クラスだけでも数段階に分かれており、それぞれに目的が与えられる。
水平線の幹部達は一人一人が卓越した能力を持ち、いかなる状況にも屈っしない精神力を鍛えられる。それは、情報操作でも同じことが言える。
「一応聞きますけど、期限は?」
「36時間」
「どう頑張っても無理です!!」
「カウントダウンは始まってる。文句言ってると、時間が無くなるぞ」
ソフィアの開いた口が塞がらない。ついでに、見開いた目も閉じれない。滝本静という人物を知れば知るほど、不思議になる。なんで、こんな人が居るのだと。そして、そんな人間に喧嘩を売った自分が今生きてることに心の底から感謝するソフィア。
動向を探る。離散している人間の情報を一気に調べるなど不可能。手始めに何からやったら良いかさえ分からない。
「そうだ。やっぱ服役囚は調べなくて良い」
「その訳は?」
「どうせ、うちのが勝手に調べるさ」
後輩の顔を浮かべながら、分かりきってるかのように言い切った。ソフィアは、それが誰かは分からなかった。それでも、静と同じくらい優秀であること。しかし、静には逆らえないんだなと、内心同情しておく。まさか、その人物がソフィアもよく見知った、あの人物だとは夢にも思ってない。
静は、本当の事をあえてソフィアには黙っていた。もし、自分で気づけばよし。気づかなければ、そのまま勘違いしてもらう。それがある種の意趣返しになると踏んだから。そのことに、彼は気づくことまで計算に入れていた。
「やることが一つ減ったな。これなら、あと6時間は削ってもよさそうだな」
「冗談はよしてください。本当に36時間でギリギリです」
今、自分が打てる最善手を全て講じれば、静の無茶ぶりに答えられる。そう考えた。
ソフィアの返答に満足した静は、足早に、彼女の部屋を出ようとする。
「もう行くのですか?」
「あぁ。残念ながら、暇ではないのでね」
「大事ですもんね」
「嬉しそうだな、小娘」
「・・・まさか」
内心で思ってたことが言葉に乗ってしまい、冷や汗がこぼれるソフィアだった。
「全く、魔法師になっても昔のままとはな」
ソフィアの部屋を後にし、次なる目的地へと先急ぐ。
今回の一件が水平線を模倣した何者かであるのは、間違いない。それが静の考えだ。だが、その考えをすぐに広めることは無かった。手口が水平線のものと同じなのであれば、下手に相手を刺激できなかった。もし、模倣犯であることを静達が知ってると、犯人側に伝われば、その時点で被害者の命の危険が高まる。なら、このまま水平線として、ギリギリまで活動してもらった方が都合がよかった。それに、彼らの中に、水平線が居ないとも限らない。
「ライールの奴も、報告書を読めばすぐに感づくだろう。とすれば、私が次にすべきは、あっちか」
現場の指揮官は、現場に出れない、組織のトップの代わりを現場で勤め上げる。当たり前のようで、実は難しい。
知りたい情報の捜索に二人をあてがえ、静は魔法世界で会うべき人物がもう一人、残っていた。
コンコンッ!
「開いている。入りたまえ」
「そうか、邪魔するぞ」
「な、なぜ、貴様がここに!?」
突然の来訪者に、声が裏返った男性。年齢は五十代前半と言ったところだろうか。静を、まるで幽霊でも見たかのような目つきで見ている。
「現場責任者だからだよ。何か文句でも?」
「雑務とかで動けんはずだろ!」
「それは、組織の頭の仕事で、それ以下の私の仕事ではないな」
当然、静がその頭となり面倒ごとを一手に請け負うこともある。だが、今回は事情が違う。負うべき責任の重さと言うやつだ。
「我々が大問題を起こして、さぞ愉快だっただろ。だが残念だったな、ことが大きすぎて私はむしろ自由の身だ!」
これでもかと、体を大げさに使い、今の自分をアピールする静。その姿はとても老齢とは思えない物だった。
この世界で絶対に敵に回してはならないという存在の一つが滝本静だ。その理由を今、身を持って体感したのが、魔法技術研究所所長、ギアード・クロークだ。
「さて、狂気の魔法使いと呼ばれてたようだが、今はどうか?」
「よしてくれ。もう何十年も昔の話だ」
「だが、当時の知識と経験までは捨てまい?」
「何が言いたい・・・」
はっきりとしない物言いに、不満を募らせるギアード。
「昔の大暴れしてた時の知見で答えてもらいたい」
「何をだ」
「魔法世界で、魔法を使えない人間の有効な活用法だ。合法非合法、その他一切を問わないとする」
そのあまりに恐ろしい物言いに恐怖しながらも、かつての自分がどうだったのか。今になって、こんな形で合わせ鏡をされるとは思ってなかったのだろう。
それでも、しばし思考を巡らせ一つの仮説にたどり着く。それは、あまり口にしたくない内容でもあった。
「条件は問わないと言ったな」
「言った。むしろ、そうでなくては困る」
「まあ、それはいい。でだ、回答だが、一つ、心当たりがある」
その話を聞いた静も筆舌しがたい内容に、表情をゆがませる。
「ふざけた、ことを置いといて良い。それは、今のお前に可能なのか?」
「いや。すでにこの腕の俺には無理だ」
そう言い、ギアードは義手となった右腕をさする。彼の義手は、魔法を使用したとき、無茶をしすぎて魔力が暴走したときに吹き飛んだもの。以来、ギアードは、一定以上の強さの魔法を使用できなくなった。
「なら、お前以外に可能な奴は?」
「まず居ない、と言いたいが、聞くということは居るんだろうな」
静の問いの意図を理解し、難しい表情を浮かべる。
「なぁ、滝本静」
「なんだ、改まって」
「貴様が魔法使いでなくてホットしてるよ」
「はぁ?」
「もし、貴様がこの世界の人間だったなら、きっと今言ったことを成せる」
「出来るのと実行に移すのでは全く違う。私を愚か者と同列にするな」
ギアードの本心だったが、それを分かったうえで邪険に扱う静。
「要件はそれだけか?」
「あぁ。今回の件の目的をはっきりさせておきたくてな」
「貴様ならば容易く想像できように」
「今回の一件は例え小さくとも不確定要素を排除する必要があってな。それだけだ」
騙すというなら徹底的に騙される。それが、この事件を終わらせる最短ルートだから。
「じゃあな。私はこれで失礼するよ」
「いつもいつも、なぜ貴様はこうなのだ」
「こういう性分だ。諦めろ」
用事を済ませ、ギアードの部屋の戸に手をかけた静かに、彼は声をかけた。
「そうだ。貴様には必要ない助言かもしれんが、見るべき相手を、見落とすなよ」
「わかってるさ。相手が誰だろうと、私は止まらない」
そう言い残し、静はギアードの部屋を出る。
――見るべき相手、か。
ふっ、言ってくれる。
ギアードの言葉は、静の胸の内に届いた。この言葉がどれだけの重みをもったか、ギアードは知らなかった。
「柚か、私だ。これから戻る。ライールを連れて、私の部屋で待っていて欲しい」
専用の端末で柚を自室へ呼び出すと、静も急いで自分の本来の持ち場へ戻る。
広域時空警察本部、特殊犯罪捜査部長室は、第一級犯罪対策室、室長室のすぐ向かいだ。その理由は何かと指示、指令を出しやすいから。
戻ると、既に柚とラッセル、そして、ラッセルの助手ロンが待っていた。
「部長、今までどちらへ?」
「ちょっと貸した借りを返して貰ってきた」
「流石に、今回の事となると、仕方ないわよね」
「ん?返して貰ったと言っても、利息分だけだぞ?」
ここに居合わせた全員が言葉を失い、彼女の被害者を哀れんだ。
「さて、状況解決に向け、まず滝本室長」
「ハッ!」
親子といえど、ここでは上司と部下。きちんと体裁を保つ。
「第一級犯罪対策室所属の捜査員全員を指揮し、かつてのテロ組織水平線を追え」
「ハッ!」
柚は一礼すると足早に出ていく。
「次に総監」
「なんだね?」
「事態はより最悪な方へ」
「ロン、あと、聞いておいてくれ」
「逃げるなライール」
ロンの目の前だろうと、上司だろうと、後輩は後輩。今この場に三人しかいないから言える事でもある。それでも、ロンの表情は固まっていた。静がライールと呼び捨てにしたのも、ラッセルが逃げようとしたのもどちらも衝撃的過ぎて。
「隠居先を考えるのは首が飛んでからにしろ」
「もっと他の言い方は無いのですか、滝本部長・・・」
「部下より先に目の前の現実から逃げられては、面目もクソもあるまい」
「その部下一人敢えて逃がして、この卑怯者!」
「なんの事かな~」
涙目のラッセルに対し、知らぬ存ぜぬの静。
「それで滝本部長。より深刻化したというのは一体?」
「若造、中々肝が据わったなぁ」
「恐縮です」
深々とお辞儀をするロン。なんだかんだ、静の前での立ち振る舞いを覚えてきている。
「連れ去られた被害者たちの詳細を把握できた」
「ホントか!?」
「別に居場所が分かった、と言うわけではないぞ」
「じゃあ、何が分かったと言うんだね」
「彼らの使い道さ」
使い道。その単語だけで嫌な予感を感じ取るラッセルと、今一ピンと来てないロン。ここは、やはり経験の差が出た。そして、ラッセルは今の言葉だけで、なぜ今回の犯人が水平線を模倣する必要があるのかも、ある程度予想を立てられた。
「だから模倣したのか」
「奴等なら本当にやりかねない」
「だからと言って、そんなことをして残党が黙ってるとは・・・まさか!」
「一番面倒なパターンだと、そうなるな」
一瞬焦ったラッセルだが、その可能性は直ぐに捨て去った。そのまさかに陥っては意味がないのだ。なので、静もこの可能性はないと見ている。
一方完全に置いてきぼりロン。二人が何の話をしてるのかさっぱりの様子。彼がラッセルの元に来たのが4年前。分からなくても仕方ない。
「あの、水平線とは、具体的にどのような組織なのですか?今しがた総監督から軽くは聞いたのですが」
「この件が片付いたら話そう。今はその時ではない」
余計なことを、と静はラッセルを睨み付ける。
口を閉ざす静に、何故?と突っかかろうとするロンをラッセルが制止する。そして、ラッセルも、静に賛同し口を閉ざした。
「ロン、この状況下で秘密を抱えるのが悪手だと言うのは百も承知だ。その上でなんだ」
「何がです!!」
「若造が下手な知識を付けて悟られたらどうする!それこそ、こいつの首が飛ぶぞ!!」
怒鳴っても頭は冷静。それが滝本静。決して口を滑らせず、ロンが理解せざるを得ない事態を引き合いに出す。
現状を維持しようと思えたのは、静やラッセルが知りながらも知らないフリをすることが出来るからだ。そして、知るものと知らぬもの。それを見極める力もあることが大きい。
「お前はまだ浅い。いくら、俺と居ようとも歴史には勝てないのだよ」
「歴史ですか・・・」
ラッセルは力強くゆっくり頷いた。
「全てが思いどおりになるわけなんて無いのさ。事件そのものは解決できても、死人が出れば我々の失態となる。だからそこ、我々は決して死人を出してはならないのだ。ましてや被害者が死ぬなど禁忌だ」
過去にそういった出来事があったのだと、静の口が語ってるように思えたロン。
そう、ロンとこの二人では経験してきたモノが違う。今や伝説に近い二人が閉ざした扉を開けることに何の意味があろうか。
そして、ロンの頭を過ったのは先程のラッセルの部屋での会話。静の意見を全部無視して、大きな被害を出した過去の失態。今の自分はその轍を行こうとしていると。
あれこれ反省してるロンを余所に議論を交わす静とラッセル。それは、長い年月を重ねて築き上げた信頼関係があるからこそであった。
「では、柚君も?」
「そうだ。柚は気づいてない。なら、このまま水平線の線で調べさせる。私が訪ねた者達も同様だ」
「その方がむしろ良い。作戦を立てやすくなる」
中途半端な知恵ほど役に立たないものはない。それか、静とラッセルの考えであった。
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