第20話:代えがたい物

 「これで全部か」


 デスクにずっしりと積まれたそれは、これまで広域時空警察が取り扱ってきた凶悪事件に分類されるもの。その全てに関わる資料だ。事件の概要から、犯人の取り調べ、裁判記録、果てには事の顛末に至るまで。

 しかし、その資料が完成することは半永久的になく、新たな動きが発生すれば、資料は追加されていく。


 「総監、これら全てに目を通すのですか?」

 「そうだ。今回の事件は突発的、単発的な物ではないと見ている」

 「と、仰いますと?」

 

 捜査員の問いに、ラッセルは椅子に腰掛けながら答える。


 「過去に起こった事件。それが、動き出した」

 「なぜ、そのように?」


 そんな問いにラッセルはため息を吐きながら答える。それは、つまらない事を聞くな、と言うわけではなく、後手に回ってる現状から来るものだった。


 「今回の件だがな、どうも引っ掛かることがあるのだよ」

 「ですが、ここまで大きな事件が起きたことは過去そう無いのでは?」

 「あぁ。確かにそれならば、すぐに当たりもつくがそうではない」


 実際、持ち込まれた資料に関連性はない。むしろ、ありったけの資料を持ち込んだといった方が良いだろう。

 一見無作為に持ち込まれたように見えるが、これでもラッセルが絞り混んだものになる。

 口を動かしながらも、早速資料に目を通し始めるラッセル。


 「しかし、結構な数があるんですね」

 「何がだ?」

 「その、凶悪犯罪に区分けされるものです」

 「まぁな。うちは少々強引な部分がある。それだけ多くの事件に手を出してきたという訳だ」


 それだけに、嫌われてもいる。他人の評価を気にしていては、救えるものも救えなくなる。割りきっていても、それで大切なことを落とされては堪らない。

 ペラペラと資料を眺めながら過去の記憶を辿っていく。これまで、数多の事件に関わってきた彼だからこそ気づける何ながあると信じて。


 「しかし、何から調べれば」


 一緒に資料運びを手伝った部下の男性も、その量の多さに圧倒される。


 「ならば、これらの事件の犯罪者がどこに収監されてるか調べてくれないか?」

 「収監先を、ですか?」

 「どーも記憶に引っ掛かってな。今回の立ち回りが」

 「はぁ・・・」


 見えない糸を懸命に探っているラッセル。部下の男性は、言われたとおり、片っ端からリストに列挙していく。


 「んーーー」

 「どうかしたかぁ?」

 「今回の、結局何が目的なんでしょうね」

 「さぁな」

 「灯台もと暗しを狙ったのは悪くないと思うのです。が、それを差し引いても最後の最後がお粗末と言いますか・・・」


 それはラッセルも感じていた違和感だ。これまでは他の犯罪組織同様の動きであったと言えよう。一般施設を隠れ蓑にするのも常套手段である。問題はそこではない。

 静を始めとする部隊が乗り込んでからの動きが違和感だらけ。急なアタックで同様し、慌てて抗戦に出たのであれば、むしろ、作戦は成功。状況も解決していして良い筈。なのに、だ。

 しかし、隠された何かが存在したのもまた事実。実際、そこで戦闘にもなっている。


 「掴まされたのかも知れんな」

 「と、仰いますと?」

 「恐らく、今日何らかの動きを予定していたのだろう。だか、その動きが大きすぎるが故にリスクも伴った。そのリスクを最小限に抑えるには、別の方向に我々の目を向ける必要があった」

 「まさか、今回の我々の作戦そのものが、奴らの計画の1ページとでも言うのですか!?」


 にわかには信じがたい。それが、ラッセルの助手、ロンの意見だった。ラッセルが言うには、研究所の所長さえも飾りにすぎず、さらに裏のトップがいると言う。

 ガサ入れによって出てきた犯罪の証拠が、確固たる物すぎた。むしろ、潔癖を謳うなら、何も出ない方が自然だ。だが、敢えて、証拠を提示した。そこに釘付けにするために。


 「結果、我々はまんまとやられた訳だ」

 「一体、ホシは何者なんでしょうか?」

 「わからん。ただ、これまでの組織より2回りは手強いと思って良いだろうな」


 過去に類似した事件はないか。似た手口を用いた犯罪組織はないか、徹底的に追っていくラッセル。その姿は、普段の総監督とは似ても似つかない。それこそ、現場最前線で陣頭指揮をとっているような姿。なぜ、組織のトップである彼がここまでするのか、ロンは不思議だった。

 ラッセルにとって、今の地位は偶然自分がそこにはまっただけ。それ以上も、それ以下でもなかった。


 「なぁ、ロン」

 「なんでしょう?」

 「お前さん、子供の頃親に隠し事、したことあるか?」

 「なんです?唐突に」


 本当に唐突すぎて、きょとんとしてしまうロン。質問の意図が分からず、無礼な態度をとってしまう。


 「非人道的行為。結局のところ、今回の目的は人の移送だ」

 「それは、我々に目をつけられたから、ですか?」


 ロンの問いにラッセルは首を横に振る。


 「いや、移送自体は元から決まっていたんだよ。我々はその情報を掴まれ、ノコノコやってきたんだがな」

 「そこまでして失敗したらどうしたんでしょう?」

 「だとしても、目的は完遂されたんだろうさ」

 

 既に静達が到着した時点でもぬけの殻状態。どんなに急いだとしても、突入部隊が来てから間に合うはずがない。事前に事を済ませ、あとはどうにでも、と言う状態で待っていた。そう考えるのが自然だった。

 すると次に行きつく疑問こそ、今ラッセルの頭を悩ませる事につながる。


 「一体、何をしていたんだか」

 「非人道的活動ですから、そんなもの一つしかないのでは?」

 「非人道的活動は、活動の一部にすぎん。それを含めて、だ」


 取り巻く環境ははっきり言って最悪を超えている。なにせ、あての情報を殆どつかめてない。今の状況が長引けば、いたずらに人員と時間を割いてしまう。

 特殊犯罪捜査部は、組織内でも特殊な枠組みである。ただでさえ、毛嫌いされやすい広域時空警察。その中でも更にだ。


 「あまり、嫌なことは考えたくないものだな」

 「嫌なこと、ですか?」


 うんうん、と頷きながらラッセルは続ける。


 「今回の事件で、特殊犯罪捜査部が解体されるやも、と言うことだ」

 「まさか。我々はすべての世界から独立した組織です。簡単に解体なんて出来ません」

 「そうだ。だが、委員会の奴らはそうはいかんだろうな」


 敵が多い。そう文句を言いながらも決して手を休めないラッセル。そんな彼の仕事に対する姿勢は、やはり彼女の存在が大きいのかもしれない。

 探せど、探せど、記憶の引っ掛かりに合いそうな資料は見つからない。時間ばかりが過ぎていき、こうしてる間にも、被害者の身に危険が迫ってるというのに。現場を離れると、ここまで自身の勘は鈍るのかと、行き詰まってしまう。

 刻々と時間だけが流れていく。何度も同じ資料を往復しては、今回の鍵になりそうな部分を探していく。それでも、手がかりを見つけることは出来ずにいる。


 「総監」

 「なんかあったか?」

 「一旦、休憩、しませんか?」


 根を詰めすぎては、と言うことだろう。

 ロンに促されるまま、ソファに腰掛ける。張りつめ、溜まっていた物、とは言うつもりもないので、吐き出すこともしない。たとえ、どれだけの面倒ごとを起こされたとしても、その責任を負えるだけ全部追うのが自身に課せられた責務だと自負してるから。この大きすぎる組織のトップに立った時から。

 厄介ごとを請け負うのが仕事なら、現場には無茶をさせる。そして、無茶を許せるようでなければ、この組織の管理職になるべきでない。それがラッセルの考えだ。それは、もしかしたら、彼が特殊犯罪捜査部出身というのも関係あるのかも知れない。

 「どうぞ」と、コーヒーを差し出すロン。そんな彼は紅茶派である。

 向かい合って腰かける二人。深々と腰掛けるラッセルに対し、やや浅く座るロン。


 「お前さんが俺の元へ来てどのくらいだ?」

 「そうですね、もう4年でしょうか?」

 「時の流れは、早いものだな」

 「そうですね。ですが、何故?」


 一杯一杯になった頭をスッキリさせるには話題を関係ない物へと変える。それが一番だと口うるさいオバさんが言っていた。


 「お前さんは、この巨大すぎる組織、どう思う?」

 「と、おっしゃいますと・・・」

 「4年間、俺と共にこの大きすぎる組織のトップを見てきた貴重な人材だ。忌憚のない意見を聞きたくてな」


 ラッセルに問われた内容を考え込むように紅茶を啜るロン。真っ先に思い浮かぶのは、タイタン世界にはなくてはならない組織だという事。他の2世界と比較して、特別な力を持たない世界では、広域時空警察以上の力を持つ、治安組織も、法執行機関も無い。これは、ある種の矛盾と言っても良い。次に浮かぶのは、圧倒的な力だ。他のタイタン含めた全ての世界の影響を受けない。それは、自由よりも責任の方が大きいと言うことを嫌というほどこの数年で理解させられた。

 法的執行機関でありながら、その内情は怪奇だと言って良い。職員には、過去に様々な事情を持つ者も多い。それ故、職員には青少年に区分される年齢層も少なからず在籍している。また、過去、大きな犯罪を犯し、その司法取引の一環として働く者もだ。そう言った特殊な人材の殆どは特殊犯罪捜査部に属している。


 「まず、挙げるとしたら、特殊犯罪捜査部の力が強すぎます」

 「あ、あぁ、うん」


 苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべるラッセル。仕方ない。現に尻に敷かれてると言われても何も返せない状況にあると言って良い。勿論、筋を通すときは通す。


 「滝本部長が優秀なのは誰でもわかります。私も、滝本部長の手腕はこの組織一だと思います。解決できた事件も数多いです」

 「それで?」

 「現状、広域時空警察は、総監督を除けば、滝本部長の一強体制と言って良いでしょう。それでは、他の部署の管理職の反感を買います。現に、今起きている状況も、総監督ではなく、滝本部長の指示に動かされていると思ってる人も多いです」


 今回のも、広域時空警察で起きた事案。確かに外部見ればそうだ。しかし、内部で言えば、どちらも特殊犯罪捜査部内での出来事。他部署の人員が無理くり徹夜で動員されてるこの状況は面白くはないだろう。


 「では、なぜ、あえてこの組織に特殊犯罪捜査部なる部署があると思う?」

 「――。」

 「ちと違うか。何故、俺が現状を認めてると思う?」


 ラッセル自身、静のやり方に多少思うところはある。それでも、現状を維持し続けている。それは、放任しているのではなく、必要であるから。静ほどではないにしろ、彼にも分相応の能力がある。


 「なぜ、と問われると何もお答えできませんね」


 そんなロンの問いに、早々に答えを言おうとするが、それより早く「ただ、」言葉を続ける。


 「ただ、特殊犯罪捜査部は滝本部長でないとその力を発揮できないと思います」

 「そのわけを、聞こうか」

 「私が総監督と、滝本部長とのやり取りを見て思いました。お二人の間には強い信頼関係があると。それも、何をしても良いと言えるほど」

 「なんでもかんでも許したくは無いんだがな」

 「滝本部長の指揮によって解決してきた案件は数多いです。それこそ、他部署の指揮権を奪ってあげた功績も含めてです」

 「う、うん」


 狂犬と揶揄されることも多々ある静のやりかた。それは、判断に己の保身を混ぜ込み、何も考えられない他部署の管理職を見かね、静が無理やり指揮権を奪い取ることからくる。指揮権譲渡を言い渡された方としては堪ったものではない。何せ、手柄を横取りされた挙句、自身は無能のレッテルを張り付けられる。それが、身内だけなら、ある程度の同情も得られる。被害者が多いから。が、一歩他所へ出れば、自分たちは、滝本静が居なければ無能の組織だと陰口を叩かれることを知っている。

 それでも、滝本静が指揮権を奪い取るのは、最後の手段ともいえる。それが起きた時、他の世界の機関はおとなしく静に従う。それが、何を意味するのか理解してるから。


 「総監督。なぜ、滝本静にこれほどの信頼を寄せているのです?」

 「最もな疑問にたどり着いたな」


 ラッセルは、机に積まれた資料の中から、かなり古い資料を引っ張り出す。


 「この事件は?」

 「滝本静が、この組織で今の力を得るきっかけになった事件だ」

 「40年も前の事件ですね」

 「あぁ、まだ俺が、あいつの下で馬車馬のようにこき使われてた時代の話だ」

 

 その事件は今回の事件と中身が似ていた。非人道的活動。その枠組みが生まれるきっかけとなった事件であり、当時課長職と呼ばれた静が大規模な作戦の指揮を執り解決させた、彼女の伝説となってる事件だ。

 当時、静の部下として作戦実行部隊を率いていたラッセルは、上に立つ者が何なのかを教えられるには十分な経験を積んだ。


 「俺はまぁ、綺麗な官僚コースだったのもあって早々に今の地位に就いた」

 「確かに、前任の総監督と交代したのも、結構昔と聞きます」

 「在任期間だけで見れば、俺の他にも候補は居た。だが、この巨大すぎる組織を運営できる人材が居なかったのだ。それこそ、滝本静の手綱を握れるような人物が」

 「総監督はそれにあたると?」

 「当時の俺も血の気は多かった。作戦の事でよくぶつかったさ。そこを、前の総監督が見ていてな。俺なら、滝本静をうまく扱えると」


 数々の地位を飛び越えて現在の地位に居たっているラッセル・ライール。そんな彼に対しても、当然反感はあった。が、それを一蹴したのもまた、滝本静と前任の総監督だった。当時の管理職の怠慢に手を焼いていた前任の総監督が組織の浄化として、人員をラッセルが総監督に就任するタイミングで一新した。最後の仕事として。


 「それで、総監督はなんと言ったのです?」

 「二つ返事で承諾したな」

 「えぇ?」


 これにはロンも驚きを隠せないようだった。


 「実は、この直前にな、あいつの助言をすべて無視した結果、多くの犠牲者を生む広域時空警察最悪の事件があったんだ」

 「それは?」

 「水平線って知ってるか?」

 「確か、何年か前に壊滅した、かなり大きなテロ組織ですよね」

 「あぁ。完全に壊滅したのは8年前だが数多くの事件を起こしてきた」


 ――水平線。

 家柄、能力、才能、権力、そしてコネ。ありとあらゆる物を均すと言うのを大義名分に破壊を続けた組織、水平線。見渡す先にはなにも残らない。残してはならない。あるのは、さざ波の音だけ。

 全てを失くしてしまうことを最終目標に、練られた計画に沿って行動を起こす不気味な組織でもあった。構成員は皆、自らの命さえも差し出すことを厭わない。危険思想で塗り固めた様な組織だ。


 「件の犯行が水平線だと、お考えで?」

 「俺は考えたくない。もし本当なら我々の汚点だ」

 「確かに、そうなりますね」

 「あいつも、水平線を疑ってるが根っ子の部分では違うところを見ている」

 「違うところ、ですか」


 それは、静とラッセルで感じた違和感。


 「模倣犯。それが今回の一件だろう」

 「ですが、何故、今になって水平線なんかを」


 分からない。そう首を傾げるロン。

 危険思想に取りつかれた者が過去のテロ組織や犯罪者を模倣するのは珍しくない。だが、それが実行出来るかは別の話だ。今回で言えば、例え水平線を崇拝してたとしても、既に壊滅した組織だ。その手口を模倣するのは無理に等しい。故に、分かりやすい違和感を生んだ。


 「恐らく真っ先に水平線を疑ったに違いない。だが、その事を口にせず一人で動くことを選んだ」

 「そこまでわかって何故、他を調べるのです?」


 時間の無駄。そう言いたげなロンにラッセルは指摘する。


 「忘れたか。これは、水平線ではなく模倣犯。証拠が残る」

 「証拠、と言うのは?」

 「模倣犯である犯人のだよ。水平線は決して現場にわかりやすい証拠は残さなかった。だが、今回は違う。水平線を連想させるような部分が既に見つかった」

 「だから違うと」


 小さく頷くラッセル。それが、反対に水平線側の罠の可能性を捨て去れるのも、また、彼らの経験則故であった。



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