第19話:見つけた答え合わせ

 隠れ家にて、ティアの身に何が起きたのか改めて語られた。翼は以前にある程度の事は聞いている。エレーナとしても、彼女を保護するためにもある程度の情報は必要になる。特に、ティアが向こうの世界に戻ることになる時に。

 そうして彼女の口から語られたあの日の出来事。研究所の事、自分たちが内偵を続け、作戦決行の時だったこと、想定外の発生、そして、1人の少年の魔法によって、この世界へ飛ばされ遭難者となったこと。そして、ティアの口から語られたのは、エレーナが想像する以上に状況が悪いという事。ティアの言うことが全て事実なら、彼女の捜索、回収の優先順位はかなり下がる。

 ティアによって語られた重大事案。非人道的活動に部類される犯罪の発生。その検挙に向けた作戦の失敗。これは遭難者とか言ってられる状況じゃないのはエレーナでも理解できる。それだけに、エレーナも難しい顔を浮かべる。


 「――ん」

 「お母さん?」

 「・・・ぁごめんなさい」

 「ううん」


 滅多に見ない母の真剣な表情。それが翼には新鮮で、そして、不安も同時に訪れた。


 「思ったより、ずっと深刻そうね」

 「はい。正直に言うのであれば、ノーブルさんの捜索規模はかなり小さいかと」

 「そうね。私に依頼してきたってことは、暫くはそっちを離れられないって事なんだろうし」


 遭難者と非人道的活動。どちらも、発生すれば対処の優先順位は5本の指に入る程だ。だが、その中でも、非人道的活動の対処は全てを差し置て優先される特別事項。その指揮を執るのが特殊犯罪捜査部を預かる静の役割である。その役割には、当然取捨選択も必須能力になる。


 「どっか行った身内より目の前の被害者。割り切っているんでしょうけど、やり切れてないでしょうね」

 「ですが、あの方はそういう方でもあります」

 「そうね。それに、この子の心配は柚の仕事。そう考えてかもしれないし・・・」


 エレーナはミスズと会話を続けながら、ティアに視線をずらす。


 「改めてになるかも知れないけれど」

 「はい」


 ティアは以前ミスズに言われたことと同じ言葉をエレーナにも言われる。


 「暫く、この世界に留まってもらうしかないわね」

 「はぃ。分かっています」


 改めて突きつけられる現実。その事実を受け止められるほど、13歳の心は強くない。どうすれば良いのかさえ分からないからだ。そんなティアの両手を翼が握る。


 「頼りになるか分からないけれど、困ったことがあったら頼って」

 「えっと・・・」


 ティアはどうすれば良いのかと、エレーナに目をやる。そんなエレーナは優しく頷ぎながら、言葉を紡ぐ。


 「が落ち着くまでは、うちに泊まってもらう方が良いでしょうね」

 「えっと、それは、つまり――」

 「この世界で過ごす時間も、1ヶ月、2ヶ月と言うわけでは無いと思うからね。それだけ長い時間をここで過ごすのも窮屈じゃない?」

 「そうですね」

 「それに――」


 エレーナは、分かりきったかのように、翼に目を配る。

 そこには、母をこの場に連れてきた時から、妙に落ち着きの無い翼が居た。


 「つーは、あなたともっとお話したいみたいだし?」

 「えっ、えっ、えぇーーーっと」


 そこには、目を泳がせながらも、赤面を浮かべる翼が居た。

 この母に隠し事など無理!!と鼻を高くするエレーナと、どうして良いのか分からず互いに視線を落とす少女2人が居た。


 「それにね、ティアちゃん」

 「はい」

 「あなたは、つーと同じくらいの年だと思う

の」

 

 エレーナの発言に対し無言でしか、翼を見ることが出来ないティア。お互い、何となくでしか把握してなかった年齢。見た目で近しいと分かってはいても、それを聞ける雰囲気ではなかった。


 「標準暦換算だと、13です」

 「14の代?」

 「はい、そうです。亥の月で14になります」


 同い年だ。翼が知った彼女の年齢。自分と変わらない少女が、大変な状況に置かれている。


 「なら、つーちゃんと同い年ね」

 「うん」


 エレーナの視線に小さく頷く。それでも、翼の表情は明るくなっていた。

 翼と言う少女は内向的な少女である。そのためか、友人と呼べる人間もそこまで多くはない。決して喜べることではないが、幾つもの偶然が重なって出会うことになった。それは、翼と言う少女にとっては、大きな出会いだった。


 「では、エレーナさん。早速で申し訳ないのですが、ノーブルさんをこの世界に留まらせる準備をお願いします」

 「えぇ。わかってる」

 「この世界に関する資料はすでに、彼女に渡してあります。まずは、この世界での生活に慣れてもらうところからですね」


 魔素が極端に少ないこの世界では、魔法も碌に使用できない。それ以前に、この世界では、魔法使いにしろ、能力者にしろ、力は使えない。この、何もない世界では異質でしかなく、簡単に目についてします。それは、ティアの助けにはならず、彼女の障害でしかない。

 ミスズは、ティアがこの世界にある程度は順応できるよう、この世界に関する資料を用意していた。


 「魔法世界のあなたには、かなり不便を強いるかもね」

 「大丈夫です。我慢は慣れてますから」

 「ねえ!」


 苦しそうな笑みを浮かべるティア。そんな彼女に翼がまた、声をかけた。


 「ティ、ティアちゃんの魔法、私、知りたい」

 「え?」

 「私、もっとティアちゃんの事知りたいの」

 「どうして・・・?」

 

 翼は、ティア・ノーブルと言う少女を夢の中でしか知らない。今回の出来事がたまたま夢とリンクしただけで、実際は違うかもしれない。

 自分勝手な先入観でティア・ノーブルを決めつけたくなかった。本当の彼女を知りたいと思ったのだ。


 「ここで、ティアちゃんの一番になりたいの。」

 「――。」

 「ダメ、かな?」


 翼の申し出は何よりもうれしかった。この、頼れる存在が限られた世界で、翼の様に言ってくれる人が居るだけで、少女には救いだったのは間違いない。

 

 「ううん。ダメなんかじゃないよ」

 「よかったぁ」


 安心からくる笑み。そんな翼の表情を始めて見たティアは、こんな表情も出来るんだと感じていた。

 この2人なら大丈夫。それを確認したミスズは、翼とティアに一旦通信室からの退室を促した。ミスズはこの段階でエレーナと確認しておきたいことがあったからだ。その内容はエレーナの心配事と合致した。エレーナも、まだ翼には聞かせたくないからか、それとなく退室を促す。

 

 「すみません。今のお二人には話せないので」

 「ごめんね、つーちゃん。ティアちゃんも」


 エレーナも、ミスズが何を話したいのか理解する。それが、何より大切な存在の事なのだと。

 翼とティアの2人が通信室を後にすると、ようやく、エレーナにとっての本題が始まる。


 「ねぇ」

 「なんでしょうか?」

 「あの子は、どうなの?」

 「どう、と申しますと?」

 「あの子は、になるの、ならないの?」


 エレーナの問いは、これまでの彼女の雰囲気とは全く違った。それは、彼女の母、『滝本静』とそっくりだった。

 そんな、エレーナの雰囲気を悟り、ミスズは、不用意な発言は良くないなと判断した。


 「ならざるを、得ないでしょう」

 「――。どうして」

 「最大の理由は、彼女に秘められた力です」

 「あの子の能力は何なの?」


 エレーナは、翼が能力の世界の人間に属するのが分かっていたように話を進める。その事に、ミスズは違和感を覚えなかった。なぜなら、ミスズにとっては、自然なことで、当たり前な事だったから。


 「未来予知。それが、翼さんの能力です」

 「・・・何かの冗談でしょ」


 エレーナは深刻な表情を浮かべ、首を横に振った。

 ミスズは、複数のデータを画面上に映し出した。


 「これは?」

 「翼さんの夢の出来事と、ノーブルさんの身に起こった事象に対する内容を比較した物です」


 そのデータを見て、エレーナは言葉を失った。


 「こんなに一致するなんて――」

 「推測の域を出ませんが、これまでも、同様の夢を見ていた可能性は否定出来ません」

 「でもあの子のことなら、何か言ってきても」

 「それが、現実に彼女の身に起きていたらそうでしょう。ですが」

 「まさか・・・」


 今日まで、翼が何も言わなかったのは、単に言う必要がなかったからだった。未来予知、そう結論付けたミスズは、それが現段階では彼女の夢の中の出来事として発動すると言う。そして、もう一つ別の特徴をあげた。そのことにエレーナも気づく。

 翼の未来予知は、向こう側の世界での出来事にしか発動しない、と言う内容。今、翼が生きているこの世界の中では、それに該当する夢がなかったのだ。


 「もしかしたら、小さな出来事、として起きていた可能性もありますが、今回のような、大きな事件に直接関わることは無かったとみて良いでしょう」

 「けど、これでもう、つーは」

 「それに、ここの管理者になってしまいました」

 「それは、別に権限をお母さんや柚に移行すれば良いだけの事でしょ」


 首を横に振るエレーナに、ことはそう単純ではないと返すミスズ。

 権限の移行自体は問題ない。むしろ賛成だ。隠された施設の権限を、少女の手に預けるには、あまりに大きすぎる。問題なのは、現時点での管理者になっている点。


 「もちろん、権限は向こうに引き渡すべきです。ですが、それと同時に翼さんの立場を作る必要があります」

 「立場?」

 「もともと、私はこの世界に存在してはなりません」

 「それは、私も理解してるつもりよ」

 「そして、その施設を、本来関わることのない世界の人間が持った」


 改めて確認されると、かなりのレベルで問題になると思うエレーナ。


 「あのこは、何も知らずに育って欲しかったのに」


 暫く黙り込むエレーナを不思議に感じるミスズ。


 「あなたがこの世界に居るのは、翼さんのため、なんですね」

 「・・・はぁ。ええ、その通り」

 「ひょっとして、今回のような事が起こるかも、と?」

 「限りなくゼロに近い。だからこそ、最も安全だと思った」


 そう、血筋で言えば、エレーナは、向こう側の人間。今居る世界では、エレーナが異質なのだ。そして、それは、ミスズが懸念してることが当たっていることの答えでもあった。そのたどり着いてしまった答えは、なかったことにするのは困難を極める。なぜなら、今のミスズは、ティアの捜索の関係上、ログなどの解析を許可している。その中に、今の答えがあり、それを特定の人間以外に見られては、それこそ、世界がひっくり返る。

 翼が生まれたとき、静の口から語られていた。抑え込むのは不可能だと。


 「――未来予知」


 翼に目覚めたとされる能力。それは、能力者の中でも、強力な部類。程度の差はあれ、確定する未来が見えるというのは、大きな力となる。利用するにも、利用されるにも。

 都合が良いのは理解していても、頼るしかない。


 「最低な母親ね」

 「はい?」

 「つーを守るために、あの子を利用しようだなんて」


 脳裏に浮かんだのは、今も翼と一緒に居る少女。ティアだった。

 二人の仲が深まれば、仮に翼が向こう側へ行くことになっても、力になってくれる存在は増える。それこそ、自分が信頼する二人が。


 「では、どうしたしますか?」

 「あの子は、引き取るわ。そして、また明日、私が来る。その時、母から連絡があるはずだから、その時に話すわ」

 「わかりました。では、この場所の入り口を複数伝えます」




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