第一話「一週間後のチュートリアル」

 ・・・どうして、こうなった。


 心の中でそう呟く。

 自分への自問。自答は決まっている。

 どうもしてこなかったが自分が悪いのだと。

 努力をする訳でも、夢を抱く訳でもなかったから、偏差値も大して高くない高校に入学した。


 こんな状況に陥って、改めて自分が愚かで怠惰であったのだと思う。酷く思わされている。


 それが全て、この世界での大事な全てをダメにしていったから、本当に絶望中。


 この[リアル・ステータス]なるゲーム世界に閉じ込められた1000人の人々、彼らはプレイヤー。


 現実で自分がどうなっているのか、この世界を出ないとどうなってしまうのか。それが分からない以上、プレイヤーたちは闇雲にクリアを目指す。


 そんな世界での大事な概念。イクサには頑張ってきた実績も、誇れるような経歴もなかったことは宣告した通り。


 故に、


 主装経歴[高校生]、それが基となったユニークスキル[自主自立]なんて謎の能力を手に入れてしまったのだ。


 使用方法も効果も全ての要素が不明。そもそも、基となった経歴がイマイチとしか言い様のないありきたりさ。

 高校生なんて誰もが当たり前に通る道、それをユニークスキルにしたところでの話だ。



 メインとなる主装経歴は、ゲーム世界ならではのプレイヤー(経歴者)の名前と横並びに表示されている。


 前に一度、[現役高校生]という経歴を見つけたことがあった。気になって無理やりにでもナンパ気味に話を聞いてみたところ、どうやら現実では都内で偏差値のズバ抜けた私立高校に通っているとのこと。


 この場合、経歴に加えて実績もプラスされた結果なのだろうと推論を立てた。


 確かに、現役高校生とただの高校生では、印象的に現役が付いていた方がユニークスキルも強そうに思える。


 .....実際、イクサはそう思われて、今こういう状態に在るのだが。


 この世界からの脱出方法がソロでのクリアでない以上、経歴者はゲーム開始からすぐにパーティ編成を始めた。

 第一印象はもちろん、表示された主装経歴から予想されるユニークスキル。

 自分の掲げる経歴を集団婚活のように振りかざし、自分もまた寄り付く者たちの経歴を選別して、思うままのパーティを。


 そうして、1000人もの経歴者たちが次々と最強の経歴パーティを築き上げていく訳だ。


 つまりは、[高校生]なんてのがメインの経歴者を、大事なパーティメンバーにするようなバカは居なかったということ。みんな優秀過ぎて困る。


 こうして、イクサはあっという間に独りとなってしまった。


 それからもあっという間。何もできぬまま、一週間が経っていた。


 本来であれば、仲間が居なくても、ユニークスキルを駆使して、自分を磨いていくなんてこともできたはず。


 それなのに、できなかった理由はちゃんとある。


 それは、イクサだけがこの世界のことを知らなさすぎること。

 他の経歴者たちの話によれば、ゲーム開始直後にゲームマスターと名乗る者からユニークスキル[思念伝達]で自分のスキルについて教えてもらえたらしいが、イクサの元には何も来なかった。


 さらに、ゲームマスターはその後、ゲーム内の通常知識、要はチュートリアルも担ってくれたとか。


 そのチュートリアルすらも、当然ながら知らないし、聞いてない。常識とか全く身についていない異国者のような。


 ......その結果、イクサだけがこの世界について何も知らないという状況に立たされ、何もできぬまま一週間という時が過ぎていった。


 絶望の淵という意味が何となく分かった気がしていた。


 これから一体、何をすればいいのか。このユニークスキルは一体、どう使うのか。自分は一体、どうなってしまうのか。


 悩みを打ち明けるような相手も居ないので、答えの分からない問いに、ただただ自問自答をし続ける。


 いつしか、路地裏がイクサの住処だった。

 何やら独りでにぶつぶつと呟いている彼を見て、今では誰も路地裏に近寄らなくなり、人気がない割には治安は良好である。


 本当に誰も来ない、悲しい時を過ごす。

 所持金は宿代で底を尽いていた。まさかの三日で。一日目からクエストとかでの稼ぎを想定してのものだったのだろう。迷惑な想定外。現実世界だったら運営に文句を言っているのに。


 最初から着ていた服は路地裏の色と同調しつつあり、金が無いから戦うための装備も特にない。


 一日目の夜からもう、現実への帰還はとっくに諦めていた。

 三流高校を出たところで、やる気も根性にも欠けた自分には何もできないんだから。


 悩みはもうない。諦めだけがそこにある。


 座りながら両膝の間に顔を挟んで、項垂れたまま地面をじっと見つめていた。


 そんな時、


「こんにちは、イクサ様。チュートリアルのお時間です。私、シュシカが、ゲームマスターに代わって勤めさせていただきます」


 ふと顔を上げたイクサの前に、その女性ーーーーーシュシカは突然現れたのだ。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 汚く、薄暗い路地裏で、光を灯すように輝きを纏いながら現れたシュシカ。

 ゲーム世界で言う転移の魔法か道具を使ったのだろう、徐々に消えゆく輝光を眺めながらそう思った。


 状況が分からない。考えても意味はない。

 だから、ぼーっと、シュシカを見つめることしかできない。


「.......どうかされましたか? イクサ様」


 返答を求める視線と返答する気のない視線がぶつかり合う状態が長らく続いたので、シュシカが体調を気にし始めた。もっとも、状態異常はもちろん、心身の不調は全て生命力の公開とともに表示されている。

 それを確認して、安心したご様子。


 一方でイクサ。ぼーっとしたままの頭ではすぐには真面目な返答ができない。


 浅い脳の機能が確実に受け取れた部分は一つだけ。


・・・俺の名前が、様付けだ。........じゃなくて、


「......あんた、誰だよ」


 何故か感慨にふけりかけたところで、何とか通常運行に戻れた。同時に浮かんだ当たり前の質問を視線の代わりにぶつけてみる。


 すると、シュシカは首を傾げ、


「.......ん? 私の名は、シュシカ。ゲームマスターに代わって、チュー...」

「あー、繰り返しなら言わなくていいよ」


・・・なんだこの人、話の通じにくい人だな。


 そもそも何をしに来たんだよ。と思ったら、彼女は既にそれを語っていた。


 自分はゲームマスターに代わり、チュートリアルをしに来たと。正確には、イクサにそのお時間がやってきたと。


・・・にしても、遅過ぎやしないか。


「チュートリアルって、何で一週間も経ってから。ゲームマスターってのが開始早々に来てくれるんじゃ...」


 それなのに来なかったから、もう来ないのだと諦めていたのに。

 イクサの問いに対して、シュシカはそれを遮る形で言葉を重ねた。


「失礼ながら、質問等は後で受けさせていただきます。早速ではありますが、まずは草原エリアでのチュートリアルに移りますので」


 イクサの質問責めが始まると判断したシュシカだ。面倒な展開になる前に右手を差し出した。

 そこに在る光は、さっきまでシュシカを包んでいた光だ。宣告の通り、草原エリアに映移るらしい。


「えっ、ちょっ」


 その先を言う時にはもう、場面は草原に囲まれていたのであった。


 始まりの街を出て数十秒で来れるこの距離、ザコ魔物ばかりが出現するこの草原エリアは、次の村や街へと行くための良いレベル上げの場所。

 安い武器でも倒せるので、多くの経歴者たちはスキルの試しでここに訪れている、らしい。


 ゲーム開始直後は、経歴者でぎゅうぎゅう詰めになる程に初心者から愛されている。


 それなのに、イクサが来た時には毎回、


「魔物が全く居ないんだけど」


 この一週間、何度か勇気を出してここに来たことがあった。その時も同様に、魔物は一匹も見当たらなかったし、次の日もそう。


 魔物が居る世界と聞いているのに、会ったことがない。再出現の出待ちも意味がなかった。

 普通、ゲームだったらレベル上げかドロップ狙い以外では会いたくない存在なのに、ただ見てみたいという理由でさえも会えないなんてのはおかしすぎる。


 そんな光景を前にシュシカは、


「仕方がないんですよ。この世界はリアルに忠実ですから」

「リアルに忠実?」


 よく分からない答えが返してきた。

 この世界でリアルに思い当たる事は、ステータスに関してのみ。


・・・それ以外にあるってのか?


 イクサの心をそれとなく読んだシュシカは、よくある質問を受けたようにすらすらと話してみせた。


「例えばですよ。鍛冶屋に武器の強化や作成を依頼した場合、ゲームのような10秒で完了するとかあり得ませんし、ダメージを受ければ、痛覚はビンビンに反応します。ゲテもの料理は能力補整の効果は高いですが、マズイものはヘド並みにヘドなヘドです。他にもありますが、全部言いますか?」

「....いや....いい........。つか、何だよ.....それ」


 例の中にあったのは、どれも意味のないリアルさばかり。断りの後、それ以降の返す言葉が見つからず、テキトーに出てきた言葉を口から小さく漏らしてみた。


 武器の強化が一週間以上かかるとなれば、その分武器は使えないということ。それに、作成するのだって、前の武器が壊れていたとなれば、戦う手段を失う。ユニークスキルが攻撃特化なら話は別だが。


 ざっとした説明を総合的に考えて、無駄にリアルさに忠実なゲームなのだと確信した。

 もしかしたらクソゲーかもしれない、そんな絶望もそこに。


 それに気付いただけで、いろいろと合点がいくことがどんどんと思い浮かび始めた。


「......まさか、魔物が出ないのって」

「簡単な話、狩り尽くされたんですよ。ここは始まりの街から出てすぐの草原エリア、魔物の種類は少ないですからね。...ここの魔物が次に再生産される のは、一ヶ月は先ですね」

「待てるかよ、そんなん」


 魔物の事情までのリアルにされては、いよいよクソゲー確定だ。初心者が後から上級者に追いつくのが不可能な設定になっているのだから。


 始まりの街に取り残された者は、危険はあるが、まだ可能性のある次のレベルのエリアへと行かなければならない。


「ここに来た理由って、まさかそれだけのため?」

「いえ、最も大事なチュートリアルがまだ残っています。....実績と経歴についてです」


 その発言を前に感激が止まらず、目を剥いたまま口をぱあっと開けた。


・・・それだよ、俺が一番聞きたかったのは。


 1000人中で、何故だかイクサだけが一切の説明をされなかった中で、最も重要な部分。この世界の理について。

 ある程度のことは必死の情報収集で手に入れたが、この世界ではパーティメンバー以外は敵も同然。あまり多くを喋る者は居なかったのだ。


 シュシカ登場がいきなりだったので、メモとかは生憎用意していないけど、頑張って覚えようと思う。


「少しはご存じと思いますが、この世界では行ったあらゆる行為や事柄が実績の一つとなり、能力向上に直結します」

「うん、初耳だ」


 イクサが収集で得れた情報は、現実での経歴と実績が基本的な能力と、最初の主装経歴。所謂、ユニークスキルを決めるということだけ。


 あの日、酒場で情報を売ってくれた親父はケチくさい奴だったのだろう。主装経歴は確か、[万年パワハラ部長]。ユニークスキルもハラスメント並みにウザいとのだ、きっと。


「確か、実績は基本能力で、経歴がスキル関係なんだろ」

「はい。補足しますと、獲得した経歴はその偉大さによって、新たな主装経歴となり得ることもあるんですよ」

「つまり、ユニークスキルの複数持ちってことか。とは言え、どーせ偉大な経歴ってのはレア度が高くて、スタートダッシュ決めた経歴者しか得られないんだろうな」


・・・要は、負け確だな。ただでさえ始めの経歴で負けてるってのに、後からも差を付けられたらな。


 一週間くらいの差は、頑張れば追いつかないこともないとも思った。地道にに実績を積めば、経歴を補うことすら出来るんじゃないかとも思っていた。.....完全に崩れた未来想定。


「そう悲観することはありませんよ。入手条件は誰にも明かされませんから、それこそ誰にでも得られるようなものなんですから」

「攻略本を簡単に作っちゃうのが最前線プレイヤーの当たり前なんだよ」


 イクサも現実ではそういう人たちの恩恵にあやかっているタイプだから、諦めるのがかなり早い。


・・・でもまあ、ゲーム世界に来たからには、少しは頑張っとかないと後から後悔するよな。きっと。


「........さっき言ってたけど、実績ってのがどんな行為も事柄もってのは、どういう?」

「イクサ様にはいちいち例を挙げないといけないんですね」


・・・何だろう、急に口調が強くなった気が。


 急に上からな態度を取り始めたシュシカ、チュートリアルというか、ふつうに高校の先生のような。

 様付けはそのままだから感情がよく分からない。


 例を挙げろとの命令を受けたシュシカは、しばらく考えた末、足下に落ちていた手ごろな石を一つ拾い上げた。


「イクサ様、こちらをどうぞ」


 何の説明もなく急に投げ渡され、慌ててキャッチ。

 見た感じ何の変哲もないただの石ころだ。


「これをどうしろってんだよ」

「あの山に向けて投げてみてください」


 シュシカが指す方向には、遥か先にそびえる山が見える。

 確か、エリアマップで見た時には、軽く草原エリアを越えていたはず。投げて届くような距離ではない。

 シュシカの目的はおそらく、遠くに飛ばして欲しいだけだろう。


「あの山を目指すくらいって、あんまり俺を期待するなよ」

「お気になさらず」

「どういう事だよ」


 文句を言いながらも、渋々も投球フォームに。素人の、これこそ何の変哲もない。


 全力を賭ず勢いと程度に投げたあの石は、思いの外、そんなに飛ばなかった。あの山までは遠い。


 視界で確認できる距離に落下した石、それを見届けている最中、イクサの視線はそれを追いかけず、目の前を見つめていた。


 急に表れたのは、石が落下した直後から。

 そこには、こう表示されていた。


[実績獲得、投石距離786位]&[能力強化、投石力+1]


 それをひたっすらじっと眺め続けた結果、


「何だよこれ」


 よく理解できなかった。


 すかさず言い放った疑問を受けたシュシカは、ため息の後、


「話の流れから普通なら分かりますよね。何をそんな端的に状況説明を求めているんですか」


・・・えっ、なに急にその態度。


「会って何分にしては毒舌過ぎない?」

「ゲームの引き篭もりには厳しくしろとのマスターからのご指示ですので」

「始まりの街の引き篭もりには逆効果だと思うな、そのチュートリアル方針」


 ますます分からないゲームマスターなる存在にさらなる疑問を抱きつつ、実績の一つを獲得したのだとシュシカから説明を受けた。


 投石力とはそのまま、石を投げて標的に当てた際の威力を表しているらしい。順位を上げれば、それだけ威力は増す仕組みだ。


・・・案外、投石力極めたらめちゃくちゃ強くなれそうだな。遠距離だけで勝てそう。


「あっそうだ、大事な事あったんだった。ちょっと、一つだけ聞きたいことがある」

「何でしょう?」

「どうして、俺だけ何の情報も教えてもらえなかったんだ? その、ゲームマスターとやらに」


 今のイクサがここまで落ちているのは、ゲームマスターから一切の説明を受けられなかったからに他ならない。

 [自主自立]なんて意味不なユニークスキルでも、使い道はおそらくあるものだ。

 説明さえ受けていれば、イクサだって立派な経歴者として戦えていたはず。そう信じている。


 チュートリアルさえ、最初に....。


「されなかったのではなく、できなかったんですよ。だって、あなたのユニークスキルが........」


 そこまで言ったシュシカは、溜まるように沈黙を作ると、突然何かに気付いて自分の視界にのみ映るそれを見つめた。


 シュシカの見つめる方向は、右斜め表示されている何か。その方向は、時間表示のされる場所だ。


「おい、どうしたよ? それよか、俺のユニークスキルってのは」

「もうお時間が終了致しますので、そろそろ私は」

「えっ、もうチュートリアル終わり? いくら何でも早過ぎだろ」


・・・まだ全然知らないこととか多いよ。


 と思う一方で、素直に仕方がないと諦める。

 チュートリアル側の事情もあるのだろうとの納得。


「イクサ様の他に三名程、レベル1のまま始まりの街から出ていない経歴者が居られるので」

「他の人に任せればいいんじゃないのか」

「チュートリアルをする私が同時に複数存在するのは非現実的です」

「ゲームだからいいだろうよ」


 イクサの反論虚しく、シュシカは転移魔法を起動させる。

 また次に自分の番がくるのを待つしかないようだ。


 今日習ったことでと復習するしかない。となれば、石でも投げるか。.....と、考えた時だった。


「........あれ? レベル1が俺の他にも居るって、それって、パーティ組めるチャンスじゃね」


 とっさに振り向いて、シュシカを探す。

 しかし、既に転移を済ませた後のようだ。


 せっかく止まっていた時計の針が動き出したのだから、パーティ編成は早々に終わらしたい。済ませなきゃ本当の意味ではこの世界が始まらない。


 あの街は大して広い訳ではない。路地裏も少ないし、走り回せばまた出会うことは容易だ。


・・・パーティメンバー候補が残ってくれてるなら。まだ、諦めてたまるかよ。俺はここから始めるんだ、自分の物語を。....ユニークスキルがどんなのか知らないけど。


 その日、喧騒の抜けたはずの始まりの街を、独りの高校生の地を蹴る音だけが壮大に響いていたという。

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リアル・ステータス フリータイム @saihima

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