第一章

第1話 抗う者

 約100年前、「それら」は突然現れた。


 圧倒的な戦闘力を誇った「それら」は、大国と呼ばれていたいくつかの国を瞬く間に滅ぼし尽くした。


 それに対し人類は、総力を結集し解放軍を結成。強力な祝福ギフトを神から与えられし勇敢な「勇者」を旗頭として擁立し、普段はいがみ合っている国同士でさえ手を取り合い協力した。


 当初こそ数において圧倒的なアドバンテージを持っていた人類解放軍だが、「それら」の個々の強さ、とりわけ人類が誇る「魔術」を上回る未知の術、「魔法」に苦戦し敗北を重ねた。


 この時から、「それら」は魔族と呼ばれるようになり、魔族を束ねている王を魔王と呼ぶようになる。


 その後、魔族が魔獣を使役し始め数の有利が覆されたこともあり、人類は完全に敗北。抵抗軍はちりじりとなった。


 後に「大侵攻」と呼ばれるこの悲劇を生き残った人類は中央大陸の東端にある半島に逃げ込み、山脈や自然を利用し堅牢な要塞を構築。独自のコミュニティを築き、100年もの間安寧を守り続けてきた──。



『新・人類史Ⅰ アンドレア・プライド著』

『序章 エルネスト連合国の興り』





「って、今更よね、こんなこと」


 そう呟くと、私──リーシャはまだ数ページも読んでいないこの本を無造作にパタリ、と閉じた。


 だいたいこんなことは学校で既に習ってるし、そうでなくとも幼い頃近所の胡散臭い雑貨屋の店主(見た目三十歳のハーフエルフ)に嫌という程聞かされたし。


 おなかを空かせた年配(この国の住人は見た目と中身の年齢が違うことが少なくないが)……に見える行商人さんに、兄にあげる予定のパンを少し譲ったら、「子供なのに砦までおつかいかい?偉いねぇ」とこの本をくれた。


 ……うるさい私はもう15歳だ。この童顔と背がほんの少し低いからよく子供扱いされるけど。毎日欠かさずマルカウシの乳飲んでるのになあ……。


 私から離れた席では、行商人さんが隣に座る騎士にひっきりなしに何かを尋ねていた。「昨日壁に大穴が空いているのが見つかったという噂は本当か」とかなんとか。それが本当なら大事だけど、この国ではその手のデマは日常茶飯事だ。「ドラゴンが山脈を登っているのを見た」とか、「戦艦ほどの大きさの魚が島を飲み込んだ」とか。「王妃が実は触手を持った合成獣キメラだった」は流石に笑った。


 ゴトン!と私が乗る寄合馬車がひときわ揺れる。先程から熟睡している、私の横に座るでっぷりと太った軍属医師(自称)が煩わしそうに身をよじった。この衝撃で起きないのか、すごいな。


 私が乗る寄合馬車は、「グランデ」から「壁」に近い砦まで銀貨三枚で運んでくれる。今日は何故かいつもより警備が厳しく、正午丁度に出発する馬車が1時間ほど遅れた。ただ、グランデにいる何かを外に出さないようにすると言うよりは、印象を受けた。まあ、素人目にだけど。


 私が目的地とする砦に行く人は少ないが、その手前には小さいが街もあるため、この馬車には様々な人が乗っている。


 子供連れの親子に、厳つい顔の騎士に、行商人が数人と爆睡中の医師。


 そして私、しがない食堂の一人娘と──。


「……腹減らないか?」


「マ……兄さん、馬車乗る前に食べましたよね?」


「いやさあ、昨日は一日中走り回ってただろ?あんなんじゃ足りないんだよ」


「それにしても食べ過ぎです!依頼を終わらせる前にお金が無くなります!」


「でも……」


 さっきから腹が減ったと呻いているのが、私の目の前に座る私よりいくつか年上に見える青年だ。この辺りでは珍しい黒目黒髪で、黒い外套を着ている。手には一振りの剣。冒険者か傭兵なのだろうか?


 その隣には透き通るような蒼い髪の少女。私よりもいくつか年下のようだけど、かなり口調もしっかりしている。長寿種エルフかもしれないが耳が尖っていない。ハーフなのかも。


 女の子は「兄さん」と呼んでいたけど二人とも全然似てない。私の感覚が「この人達胡散臭い」と警報を鳴らしている。いや、この国の住人は大体胡散臭いのだけど。


「砦に着いたら何か食べるぞ」


「食べません!我慢してください!」


「……そういや前に来た時、春バチの蜜を使ったクッキーが売ってたなぁ……」


「!!?·····お、美味しそうです·····」


 食堂の娘としては、お腹が空いている人を放っとくのは些か罪悪感があるのだが、手持ちのパンはこれ以上渡すと兄に渡す分が無くなるし、こんな揺れる車内では料理も出来ないし。悪いがお兄さん(疑惑)には我慢してもらおう。


「·····分かりました。少しの間食ならいいでしょう。ただし明日は「壁の外」です、その時用のご飯を食べたりしないでくださいよ!」


「分かってるって──」


「──いま壁の外って言った!?」


 しまった、つい口を挟んでしまった。


 でも無理もない、だってこの人たちは今確かに「壁の外に行く」と言ったのだ。


 ────、壁の外へ。


「ルリ·····」


「そ、そんなこと、い、言ってませんよ?」


 ふしゅーふしゅーとあさっての方向を見て口笛を吹き誤魔化す女の子。·····てか口笛吹けてないし。


「ちょ、ちょっとほんとに──」


「それより君、砦まで行くのか?」


「な、何よ急に」


「今砦に行くのはやめておいた方がいい。昨日砦近くの壁に穴が空いてるのが見つかってる。なにが入り込んでるかわからん」


「!·····なんで貴方がそんなこと知って·····」


 私が座席から身を乗り出し問い詰めようとしたその時だった。


 ガアアアアアアアァァァァァァ!!!


 耳をつんざく咆哮と、少し遅れて爆発音。馬車の車体が大きく揺れて止まった。


「なっ、何!?」


「──遅かったか。まさかここまで魔獣が入り込んでるとはな」


 ふらり、と目の前の青年が立ち上がり外へ。それに少女も続く。


「ま、まって!」


 私も続いて馬車の外に出ると、目の前の地面が大きく抉れていた。まるで何かが爆発したかのように。


「これは·····」


「直ぐにこの場を離れろ」


 その光景を見た青年が私に言う。


「さもないと─────」


 その時、大地を揺るがす轟音と共に、銀色のとても大きな何かが、私たちの前に現れた。それは物語でよく見る、あの生物によく似ていて──。


「────死ぬぞ」


「ガアアアアアアアアアアア!!!」


 その銀色に輝く肢体を震わせ、どんなものでも噛み殺せそうな凶悪な顎をガチガチと鳴らし、視るだけで射殺されそうな血走った目を持ったそれは、まさしく──。


 ドラゴン、だった。



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



「ド、ドラゴン!?」


 誰かが驚愕の声をあげる。ドラゴンなんてほぼ伝説上の生き物だ。だが目の前のそれはあまりにも、世に語られているこの世界の最強種そのものだった。


 ドラゴンと私達の間にはまだいくらか距離があった。しかし皆恐怖と驚きで、足が地面に縫い付けられたように動かない。


「──私が時間を稼ぐ、皆は逃げろ!!」


 馬車に乗っていた騎士がそう叫び、竜に向かって剣で切りかかる。よく見れば銀のドラゴンはその翼に何故か大穴が空いていた。こんな状態なら空は飛べないだろう。それなら逃げれる可能性も──。


「······何っ!?」


 騎士が振るった剣は、確かにドラゴンの喉を斬り裂いた──ように見えた。しかし実際は金属がぶつかったような甲高い音が鳴り響いただけ。ドラゴンの首には傷ひとつ見当たらない。


「なら魔術でッ!我が願いに応え現出せよ、冷たく貫く氷の槍、アイシクルランス!」


 その詠唱と共に、騎士の周囲に三つの氷で出来た槍が現れ、次々にドラゴンへ襲い掛かる。


「ガァァァァァァアアアア!!!」


 ドラゴンが吼え猛る。次の瞬間、ガバリと開いた口から、人の大きさ程もある炎の塊が撃ち出された。


 轟く炸裂音、声にならない悲鳴。騎士を焼き尽くしたかに見えた炎弾は、しかし地面に穴を開けただけだった。


「──大丈夫か」


「あ、あぁ」


 絶体絶命の騎士を助けたのは、例の青年だった。こちらに戻ってきた青年は、肩を貸していた騎士を一瞥してから、ドラゴンの方を凪いだ目で見つめた。


「······俺があいつの相手をする、貴方は皆を連れてできる限りここから離れろ」


「いや、私もまだ戦える!」


「戦えない人の護衛が必要だ。貴方なら努められる」


「·····君は、」


「いいから」


 青年が腰の剣をスラリと抜き放った。シンプルな意匠の細身の剣だが、柄に綺麗な蒼い何かの宝石が埋め込まれている。


「あのドラゴンにはあらゆる攻撃が。概念付与レベルの魔法が掛けられてる。文字通り、あいつは無敵だ」


「何故、そんなことを知って·····」


「·····すまないが、それは言えない」


「·····君、名前は」


 青年はその言葉に少し逡巡してから、答えた。


「·····テオ」


「テオ殿、すまない。騎士の名に賭けて、君の名前は絶対に胸に刻んでおこう。──皆、ここから全力で逃げるぞ!」


 騎士はそう言うと、私を含めた皆を纏め、ドラゴンから離れた。


 遠ざかっていくテオと名乗った青年の背中。あれじゃあ、まるで──。


「私達を逃がすために、死ぬようなものじゃない·····!」



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



 元来た道を引き返しながら、私は考える。


(あんなもの、倒せっこない·····あのテオって人、私達を逃がすために·····)


 服の左胸の内ポケットに入れてある物を服の上からぎゅっと握りしめる。家を出る前、母に渡されたある物だ。


(これを使えば、あのドラゴンでも数秒は止められるはず·····!)


 恐怖に震えながらも、逃げるために動かしてきた足を、止める。殿の騎士が訝しげに私の方を見た。


「何をしている!一刻も早く逃げなければ!」


「·····ごめんなさい!」


「お、おい!」


 またもや今来た道を戻る。恐怖に怯える体を必死に動かしながら。


(あの人は、壁の外に出てるって言ってた·····!その事を聞かない訳にはいかない·····!)


 今は亡き祖父が、私が幼い頃聞かせてくれた事を思い出す。


『この世界は、閉塞している』


 魔王が現れて100年余り。その間、人類は半島から出ようとしなかった。堅牢な壁と要塞を信じ、鳥籠の中の鳥であることを許容した。現状の維持ばかりを考え、あまつさえ権力争いに興じる王達。自らの境遇を良しとして、魔族に怯えながら下を向いて生きる人々。


 でも、私は確かに見た。ドラゴンを見るあの人の目に、微かな炎が灯っているのを。


 祖父と同じ──理不尽に相対しても尚、足掻こうとしている目を。


(だったら尚更、こんな所で死なせられない·····ッ!)


 走って、走って。その先に──馬車がドラゴンに襲われた、さっきと同じところに、彼はいた。


「居たっ·····え?」


 そこには、私が予想していたような、ドラゴンと必死に戦っている彼の姿はなかった。それどころか·····。


「なに·····あれ·····」


 ドラゴンの銀の体には、無数の蒼い半透明の鎖が巻きついていた。それによってドラゴンは身動きが取れず、ただ無情にもがくばかり。


「──なんで戻ってきた?」


「きゃあ!」


 声のした方を振り返ると、確かに黒髪の青年が立っていた。


「これ、貴方がやったの·····?」


「んーまあ、正確には「俺達」だな」


「はい!私達でやりました!」


 ぴょこん、とテオの後ろから飛び出したのは、彼を兄と呼んでいた少女だった。


「てっきり一緒に逃げたものだと·····」


 何故こんな小さい子まで?というか、あの鎖は?というか結構余裕だね!?


 せっかく振り絞った勇気が盛大に空振りした気分なんだけど·····。


「なんで戻って来たかは知らないが、この魔術を見た限りはここに居てもらうぞ」


「え·····?」


 様々に浮かんだ疑問を尋ねるまもなく、今までで一番の咆哮が森を揺らした。


「ガァァァアアアアアアアア!!!」


「·····予想より早かったな」


 見ると、体を縛っていた蒼い鎖が、徐々に破られ、千切れ、消滅していくところだった。


「これ、まずいんじゃ·····!」


「大丈夫」


 テオが再びドラゴンに相対する。ただし、先程とは違い隣には少女がいて、ドラゴンは先程よりも怒り狂っている。


「ルリ、いけるか?」


「魔力炉心、戦闘出力。及び補助術式起動。いつでもいけます!」


「まあ、時間稼ぎも出来たところだ。これで思う存分────」


 自由を取り戻したドラゴンが再び、その口を大きく開け炎弾を吐き出す。しかし、テオは剣の一振りで、炎弾を着弾前の空中で爆発させてしまった。


「────戦えるな」


 瞬間、テオの体が揺らいだ。



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




「いくぞルリ、サポート任せた」


「任されました!」


 軽々とドラゴンに真正面から向かっていくテオ。それに対してドラゴンは、自身の周りの空気を操り刃を形取って一斉にテオに向けた。


「────術式構築、及び精密展開。『加速アクセラレート』」


 しかし、一瞬テオの体が揺らいだかと思うと、空気を切る音と共に加速。空気の刃は虚しく地面を斬り裂いただけだった。


「術式起動、及び実体化!『チェイン』」


 さらに今度はルリと呼ばれた少女が魔術を行使。同時にドラゴンの周りに先程と同じ半透明の鎖が現れる。しかし今度はドラゴンを縛るのでは無く、ドラゴンを囲むような形で現れた。


 ドラゴンが咆哮を上げながら尻尾で鎖を叩き落とす。しかしその合間を縫い、テオが鎖を足場にしてドラゴンに肉薄した。


「──ふッ!」


 腹に一閃、続けざまに十字に斬り、返す刃で同時に三つ、剣撃を浴びせる。


「グギャアアアアアアァァァ!!!」


 しかしその銀の肢体に傷は一つもつかない。ドラゴンにもダメージを受けたような様子はなく、ただ憎々しげに炎弾を撃ち出すのみ。


「術式構築、『魔力弾バレット』プラス『強化ブースト』────『徹甲弾ギムレット』」


 テオが炎弾を避けながら、剣を持っていない方の左手の人差し指をドラゴンに向ける。すると指先に魔術式が展開し、魔力で編まれた弾が撃ち出された。


 しかしドラゴンには相変わらず傷一つ付かない。それどころか、徐々に攻撃が増しているようにすら見えた。


「·····こんなの、無理だよ·····倒せっこない」


 鎖を足場にしながら、加速術式アクセラレートで立体機動しドラゴンを翻弄するテオ。しかしどれだけ刃を入れようとも、銀の肢体は弱ることすらない。


「──無理じゃ、ないです」


 私のつぶやきに反応して、魔術でテオを支援しているルリが言った。


「いいえ、私のご主人様マスターは、無理だからと諦めません。どれだけ遠い高みでも、手を伸ばします。なら、届くと信じて」


「私達·····?」


 その時、テオが目にも止まらぬ速さで、胴に連撃を叩き込む。傷は無くとも衝撃はあったようで、ドラゴンが一瞬怯んだ。


「──ルリ」


「術式起動、及び連鎖展開!我は荒れ狂う竜に祈りを穿つ!『竜殺しの鎖アンチドラゴン・マジックチェイン』」


 するとまたもやドラゴンの体に鎖が巻き付く。ただし今度は蒼ではなく紅の鎖。


「グググギャギャアアアアアアァァァ!!」


 何とか抜け出そうともがくドラゴンだったが、先程と違い鎖は軋むのみで一向に切れない。


「ダメ押しだ──術式付与エンチャント、『穢れを謳う精霊ガンド』」


 さらにテオが手に持っていた剣に、黒い炎の様なものを纏わせ投擲。ドラゴンの手前の地面に刺さったあと、巨大な魔術式が地面に描かれドラゴンはさらに動きを鈍らせた。


「──よし、こんなもんか」


 またもや軽々とこちらに戻ってきたテオ。その顔には、余裕も焦りも感じられない。だがその目だけは、何かの光をたたえていた。


「マスター、結界の設置が終わったようです」


「やっとか·····あのケモ耳娘、今度会ったら一発蹴り飛ばす」


「女の子にそれはどうかと思います、マスター」


「え、えっと·····結界って·····?それにあのドラゴンは·····」


 ザッ、と一歩前に踏み出すテオ。しかし剣は先程投げてしまった。今彼は何も持っていない。


「ち、ちょっと!動きを止められたなら逃げた方が」


「逃げないさ、あいつはここで倒す」


「でも剣が」


「大丈夫、


 さらに一歩踏み出す。その目には迷いも、恐怖もなかった。


「────この世界は、閉塞している」


「·····!?」


「昔ある人に聞いた言葉だ。俺達はこの世界に風穴を開けるために戦ってる。こんな所で逃げ出すわけにはいかない────ルリ」


「はい、マスター──


 ルリがそう唱えると、なんと彼女の体は霧のように溶け、消えてしまった。


「·····え!?」


『空間魔力との同期、完了。いつでもいけます、ご主人様マスター!』


「ああ」


 消えてしまったはずなのに、ルリの声は直接頭に響くように聞こえてきた。暖かくて、包み込むような、そんな声。


 すぅ、と一つ息を吸い込み、テオは右手を真っ直ぐに前に出した。その目に、その顔に、その在り方に、かげりは無く。


 彼は静かに、言葉を紡ぎ始めた。


「────契約を此処に、我等は抗う者なり────」


 その瞬間、蒼き光が辺りを包んだ。



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



 テオの言葉と共に、彼の体から息が詰まるほどの濃密な魔力が放たれる。その色は鮮やかな蒼。


『魔力炉心、リミッター限定解除。武装、形成開始!』


 ルリのその詠唱によって、テオの右手に何かが形作られていく。


「────星の輝き、大陸の王。我等は此処に楔を穿つ」


 続くテオの詠唱で、不安定な魔力がはっきりとその姿を現した。それは、蒼き魔力で編まれた剣。


『基本骨子、構成終了。概念付与、成功!』


「────我等が手には剣。我等が束ねるは祈り。彼の者は世界に仇なす者」


 そして、その剣に煌めく欠片のようなものが集まり、刀身を形成していく。創りあげられたそれは、圧倒的な魔力と存在感を放っていた。だが、それよりも何より──とても、美しかった。


『空間座標軸における武装の存在証明、完了!』


「────


 テオが蒼き剣を切っ先が天に向く形で、真っ直ぐ両手で掲げる。その先には、鎖を無理矢理ほどき、目の前の青年を屠らんとする銀の竜。だが────もう遅い。


『────精霊武装、現事象化アクティベート!』


「────『万象断ち斬る蒼き剣ソード・オブ・フラグメント』!!」


 完成した蒼き剣は、テオの言葉と共に一際輝きを放つ。テオは掲げていた剣を声にならない裂帛れっぱくと共に一気に振り下ろした。


 残像を残しながら放たれた斬撃は、斬れる筈もないドラゴンの肢体を、容易く斬り裂いた────。


「グギャアアアアアアアアアアァァァァァァ────」


 魔獣の心臓たる魔石を一刀両断されたドラゴンは、悲壮な断末魔を残し、呆気ないほど静かに消滅していく。


 あとに残ったのは、痛々しい地面の戦闘跡と、私たちだけだった。


 先程までの激しい戦闘が嘘のような静けさ。それでも辺りにまだ漂う蒼き魔力の残滓が、これまでの嘘のような出来事を現実だと伝えている。


 張り詰めていた恐怖の糸が切れたことで腰が抜けてしまい、私はペタンと地面に座り込んでしまった。


「·····あなたたちは、一体·····?」


 震える声で、何とか言葉を紡ぐ。聞きたいことは山ほどあったが、最初に口をついてでたのはこの質問だった。


 振り返るテオ。その手にはもう蒼い剣は無かったが、代わりにいつの間にか現れていたルリが隣に寄り添っている。


 テオはゆっくりと、或いは噛み締めるかのように、不敵に笑ってこう言った。



「──俺は、俺達は」



「人類最後の、勇者さ」












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

蒼き勇者は不敵に笑う 楸(ひさぎ) @riku3106

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ