蒼き勇者は不敵に笑う
楸(ひさぎ)
プロローグ
世界の奥底で
なぜ、なのだろう。
「────おらァ!」
なぜ、俺だけがこんな目に会うのだろう。
「────うらァ!」
悶えるほどの痛みも、泣きたくなるような苦しみも、既に限界を超えて今や何も感じない。
「──おいおい、あんまり痛めつけすぎんなよ。この後の「お楽しみ」が無くなっちまう」
今まで俺の体中をデタラメに蹴り続けていた男は、「それもそうだ」と蹴るのを止めた。
「──巣に連れていくんだろ?バレたらやばいんじゃないのか?」
「──この迷宮はもうほとんど誰も使ってねぇ。魔獣もここらにはいない。安心しろ」
ずりずりと、無造作に引きづられていく。地面は硬く凹凸があり、少し動く度に俺の体が跳ねる。本能だろうか、両手で自然と頭を覆っていた。
相変わらず痛みはもう感じない。麻痺してしまったのか、あるいは狂ってしまわないように、体が無意識下で神経をカットしているのか。
「──おい、そいつ死んでるんじゃねぇのか?さっきから動かねえぜ」
不思議なくらい冷えた脳で、また考える。
なんで、俺が、こんな目に。
ただ、普通に、平凡に、日々を過ごしていただけなのに。
なんで、なんで、なんで。
冷えていた脳が、今度は無に近づいているのを感じる。それが「死」であることを、俺は気づき始めていた。
「──おい、生きてんのか」
なに、が。
「──おい」
ああ。
「──おい!」
もう、おれは。
「────生きてんのかって、聞いてんだよ!」
後頭部に、鈍い衝撃。殴られたのか、蹴られたのか。でもそれは確かに、俺を揺さぶった。
痛い。
痛い。
痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い苦しい嫌だやめて助けて死にたくない死にたくない死にたくない──。
────生きたい。
「おい、こいつ急に暴れだしたぞ!」
「……!!!まて、前に魔獣だ、でけぇ!」
「早く逃げろ!!殺される!!」
「コイツは!?」
「うるせぇ!そんな死に損ないほっとけ!!」
「クソっ!邪魔だ!!」
悲鳴と、怒号と、人のものでは無い咆哮と、横腹を蹴られ滑り落ちる感覚と。何があったのかもう分からないが、気づけば俺は縦に広がる大きな空洞を、真っ逆さまに落ちていた。
落ちて、落ちて、落ちて。
不思議なほどスローモーションな世界で、右手を伸ばす。もう顔も思い出せない「あの人」が脳裏に過ぎり、ふと宙に思い描く。
有り得ない話。
何がいいだろう。
なんでもいい。
そうだ。
例えばの話。
あの人のように、この手に剣があったなら。
俺はあいつらを殺して、自由になっていたのだろうか。
俺を苛む理不尽を。
ままならない現状を。
何もしてくれなかった神様も。
その、全てを。
斬り伏せることができたのだろうか。
この手に、剣があったなら──。
『────その願い、確かに聞き届けました』
ボチャンという音とともに、気づけば周りは驚くほど綺麗な蒼い水の中。
キラキラと揺蕩う水面を、水中から眺めている。
『生きたい、のですよね』
「──ああ」
『なら、私と同じです』
頭に直接響く、暖かくも柔らかい声。ふわり、と包まれるような感覚がして、俺の手を誰かが握りしめる。
『こんなのは初めてなので、失敗するかも、ですけど』
これが、始まり。
『私は貴方の「剣」に』
このクソッタレな世界の、奈落の底。
『貴方は私の「全て」に』
蒼き水底の、暗き光に照らされて。
『契約を此処に』
俺達は────。
『私達は────』
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