第61話 曽根城の戦い

 ……また、やってしまった。


 俺はどうしてあんな事を言ってしまったのか?

 いくら稲葉良道を味方に引き込む為とは言え、勝ち目のない籠城戦を一緒に戦う事になるなんて!

 ああ、少し前に戻ってやり直したい。


 しかし、そんな事が出来る訳もなく。


 俺と小六はこの曽根城での籠城戦に参加する事になった。

 野戦の経験が有っても籠城戦なんて初めてだ。

 何をしたら良いのか分からない。

 鳴海城の時は山口親子が全てやってくれた。

 俺と勝三郎は外に出て戦う為の準備しかしていない。


 とても不安だ。


 それに今回連れて来た蜂須賀党は十人だけ。

 俺と小六を含めて十二人しかいない。

 これは坪内利定を連れて来るべきだろうか?


「藤吉。稲葉が既に氏家に連絡しているから、こっちは坪内の小僧に連絡しようかねぇ?」


「そうだな。直ぐに動かせそうなのは奴しかいないしな。頼めるか?」


「うふ、勿論だよ!」


 小六は俺に頼られてとても嬉しいようだ。

 俺も小六には全幅の信頼を寄せている。

 この戦いを無事に終えたら、晴れて夫婦だ。


 あ、なんかフラグ立ったかな?




 そして、翌々日には坪内の兵が五十人ほどやって来た。


「たったこれだけかよ?」


「すみません大将。直ぐに来れる兵はこれだけです。本隊は後十日は掛かりやす」


 坪内の兵が俺の問いに答える。


「あいつはどうしたんだい?」


「は、はい。あの~、その~」


「次に会ったら殺すと伝えな」


 コッエー、目が座ってるよ。


 小六の威圧感が半端ない。


 兵はすごすごと下がって行った。



「大した援軍だな。藤吉?」


 あ、鍾馗様がやって来た。違った。


 稲葉良道がやって来た。


「氏家殿もまだ来てませんから一緒になるじゃないですか?」


「ふん、直元は後五日でやって来るわ。お主の手勢は本当にやって来るのか?」


 む、これにはカチンと来た!


「人の援軍を頼りにするよりは、勝つ為の方策を考えたらどうですか?」


「うむ、そうだな。後で広間に来い。ではな」


 笑いながら良道が去っていった。



 この二日ほど小六と城を見て回ったが、この城で籠城戦をするのは厳しいような気がする。

 内堀と外堀があり二ノ丸まで有るのだが、何せこの城は平城だ。


 四方を囲まれては厳しいだろう。


 少ない兵を分散して守るのは辛い。



 それに…… この城の兵は何故か明るいのだ。

 これから勝ち目のない戦が始まるかもしれないのに、暗い顔をしている者がいない。

 なら勝てると思っているのかと思えば、そうではない。


「稲葉家の意地を見せてやろうぞ!」


「死んだ者達に笑われん戦いをしなくてはな」


「親父。俺ももうすぐそっちに行くからな」


 玉砕する気満々だ。


 兵達がこうなのだから、当然大将の良道もそうなのだろう。

 勝ち目が無くても一矢報いてやろうと思っているのだ。

 斎藤義龍は本当に慕われていたんだな。

 義龍と供に死ねなかったのがよほど悔しかったのだろう。


 しかし、俺はそんな稲葉家の事情等知った事ではない!


 生き残って小六と祝言を挙げるのだ!


 今度こそ誰にも邪魔はさせない。



 広間で評定が行われたが、俺には発言権がなかった。

 と言うよりは発言する機会がなかったのだ。


 籠城するのは予め決まっており、道三が兵を率いて来たら玉砕覚悟で突っ込むと決まった。

 俺は良道達が突っ込んだ後に、稲葉家の者を連れ出して大垣城までの護衛を頼まれた。


 駄目だコイツら、話にならない。


 直元はコイツらに比べたらはるかにまともだった。

 話を聞く気も有ったし説得する事も出来た。


 それなのにコイツらと来たら?


 俺は良道に再度説得しようとしたが小六に止められた。


「駄目だよ藤吉。ああなった稲葉殿は誰にも止められないよ」


 でもこれじゃあ!


「なら、話を聞く気にさせればいいんだろう」


「それでこそあたしの藤吉だ」


 良道に玉砕なんてさせない。


 俺達が勝てると思わせれば話を聞いてくれるはずだ。


 その為には……



 そして、翌日には斎藤龍重の先鋒隊がやって来た。

 その数千五百、隊を率いているのが誰かは分からない。

 しかし、行軍には乱れは無いようだ。

 これだと奇襲を掛ける事も出来ないかもしれない。


「ふん、日根野か」


 良道は相手が誰か知っていたようだ。


 日根野のか?


 えーと、確か…… あ、思い出した!



『日根野弘就』


 確か義龍、龍興に仕えて信長と戦ってる。

 その後は浪人して今川の元で戦ったり、伊勢長島一向宗の元で戦った筈だ。

 その後は信長に仕えてるんだよな?

 だったら最初から仕えろよと言いたい。

 信長の後は秀吉に仕えて最後はどうなったのかは知らない。


 こっちでは義龍側で戦っていたが義龍が亡くなると龍重に仕えている。

 結構重用されて要るんだな?

 先鋒隊を任されるほどだから。


 しかしこれは良道にとって戦い辛い相手ではないだろうか?

 何せついこの間までは一緒に戦っていたのだ。

 俺なら躊躇ってしまう。


「ふふふ。日根野とは一度戦ってみたかったのだ」


 あ、戦闘狂なのね?


「馬引けえ! 出るぞ!」


 え、ちょっとマジかよ! 早すぎるよ。


 俺が止める暇もなく良道は手勢を率いて城を出ていってしまった。


「あの親父!」


「どうする藤吉?」


 どうもこうもない。


 直ぐに追いかけて止めるべきなんだろうが、俺達は百人といない少人数だ。

 数百の軍勢を止める事は出来ないかもしれない。

 しかし、それにはもう遅すぎた。


 良道達は既に戦っている。


「出るぞ小六。稲葉勢を援護するんだ!」


「分かったよ藤吉。行くよ、野郎ども!」


「「「おう!」」」


 俺と小六率いる木下隊が戦場に着くと、稲葉隊は日根野隊に押されていた。

 数で劣っていた事もあるかもしれないが、明らかに日根野隊の方が勢いがある!


 対して稲葉隊は防戦一方だ。


「相手の左翼に突っ込む!行くぞ!」


 こっちから見てやや手薄な左翼に突っ込む事にした。

 俺の号令と供に日根野隊の左翼に突っ込もうとしたその時!


「待った!藤吉。あそこに他の軍勢が居るよ!」


 小六が指差すその先に三百近い軍勢が見えた。


 これは不味い! 伏兵が居たのか?


「突撃中止。後退するぞ!」


 俺が慌てて指示を出すと、所属不明の軍勢がこちらにやって来る。


 不味い、不味い!


「反転して逃げ」


「おーい、藤吉!俺だ、俺!」


 え、俺俺って誰だよ? おれおれ詐欺かよ?


「なんだいやっと来たのかい」


 え、小六知ってるの?


「待たせたな藤吉。前田家精鋭三百が加勢に来たぞ!」


 又左!


「この前田又左衛門利家!藤吉との友義の為に参戦致す!」


 ま、又左~


 お前って奴はよ~



 又左率いる前田隊三百がやって来たのだ!


 これでこの戦いはもらった。


「又左。着いて早々悪いが一緒に戦ってくれるか?」


「勿論だ! 腕が鳴るわ!」


 又左はそう言うと朱槍を片手で振り回す。


「なんだ藤吉。笑ってるのか?」


「ああ、いつも通りで頼もしいよ」


「なら、いつも通り蹴散らすか?」


「俺とお前が一緒に戦うのは初めてだぞ」


「そうだったか? まあ、気にするな。行くぞ!」


 又左が一騎で駆け出した。


 あいつ、無茶をする。


「あ、待て又左! 行くぞ皆、又左に遅れをとるな。突っ込め!」


「「「おー!」」」


 その日、前田利家率いる前田隊三百の加勢を受けた稲葉良道は、龍重の先鋒隊を打ち破った。



 前田利家率いる援軍のお蔭で先鋒隊を蹴散らす事が出来た。


 本当によく来てくれた!


 又左の率いて来た援軍三百あまりは混成軍だった。


 前田家精鋭百人。


 蜂須賀党百人。


 そして何と! 熱田衆百人がやって来たのだ。


 この熱田衆百人はあの桶狭間で一緒に戦った生き残りで、あの戦いの後に木下隊に編入された者達だ。

 そして、半ば志願して俺の隊に来てくれたのだ。


 こんなに嬉しい事はない。


 そして、何てバカな連中なんだと思った。


 せっかくあの絶望的な戦いで生き残ったのに、またこの地獄に自らやって来たのだ。


「大将と一緒なら、どんな戦いでも付いて行きまさ」


「俺らが居ないのと、大将寂しいでしょう?」


「俺達はあの戦いで生き残ったんだ。今回も生き残りますぜ!」


 愛すべきバカばっかりだ。



 そして、その日の夜は先勝の宴が催された。


 先鋒隊は蹴散らして追い払ったが、直ぐにも本隊と合流してやって来るだろう。


 だが、今は喜んでいい筈だ。


 戦士には休息も必要だからな。


 アイツには必要ないと思うがな?


「おら、じゃんじゃん持ってこい!」


「又左衛門の兄貴。飲み過ぎですよ!」


「ああ、まだまだ足りねえんだよ! もっと持ってこい! 皆も飲め飲め」


 まあ、バカは放っておこう。


「それで良之、織田家は動けそうか?」


 尋ねた相手は又左と一緒にやって来た佐脇 良之だ。


『佐脇 良之』


 前田家の五男坊で、佐脇家に養子に出された。

 後に三方原の戦いで戦死している。


「それが、その……」


 顔を見れば分かる。そして、又左の暴れぶりを見れば。


「お、ここに居たか。ほれ、わしの秘蔵の酒だ。供に飲もうぞ!」


「お、良いねえ。おら、大将の酒だ! 皆で飲み干すぞ!」


「「「おおお!」」」


 鍾馗様もやって来ての宴になった。


 いつの間にか稲葉家の兵も混じっている。


 ここは又左に任せよう。


 精々潰れるなよ? いや、潰されるなよ。




 俺は良之から詳しい話を聞いて、その内容はさすがの俺も呆れ返るほどだった。


 結論、織田家は来ない!


 その原因は…… 俺に対する嫉妬だ。


 長姫は市姫様の説得に成功したのだが、兵を出すのに待ったが掛かった。

 織田家の今年の大前提は秋の収穫を待っての出兵だった。

 彼らの言い分は『刈り入れが終えた後でもいいではないか?』と、それに『更なる内乱で弱った後なら叩き易い』と言っているのだ。


 それでは遅いのだ!勝機を逸してしまう。


 それに俺の説得の失敗によって、収穫前に道三が動く事になってしまったのだから責任は俺にあると言っている。


 最も端から良道はここ曽根城で反乱を起こしただろうし、道三も当然動いただろう。

 俺は運悪くその場面に居合わせてしまっただけだ。

 それをさも俺の失態のように言われても困る。


 そして、この反乱が成功するとそれは俺の功績になる。

 そうなると俺の織田家での立場は更に上がって周りから重要視されることになる。

 城の一つや二つ褒美で貰えるかもしれない?


 そうなれば晴れて小六達と祝言を上げる事が出来る。


 まあ、それはいい。


 俺はそうなる事を目的に俺は頑張ったのだ。

 しかし、周りからはそうは見えない。

 出自賤しい俺が出世するのが気に入らない者達が俺の足を引っ張るつもりが、織田家の足を引っ張っている事に気付いていないのだ。


 織田家が動くのは収穫を終えた後だ。


 その報せを知った又左は独自に行動した。


 実家に帰って兵を纏めると、俺の援軍に向かう蜂須賀党を捕まえて一緒にここに来たのだ。

 そして、良之は又左の義侠心に当てられて、この戦場にやって来た。

 

「兄は相当怒っておいででした。勝三郎様とも喧嘩して出てきたようです」


「大丈夫なのか、あいつ? それに前田家は?」


「心配入りません。兄は前田家から出奔した事になってますから。付いてきた者達は兄に騙された事になってます。前田家は兄の被害者ですので」


 良之は平然と答えているが、下手をしたら取り潰されても文句が言えないぞ。


「私も兄も、藤吉殿を見捨てたりしません。絶対に!」


 又左はともかく、良之とはあまり面識がない。


 それなのに俺の味方をしてくれるとは……


 この兄弟の行動に俺の体は熱くなっていく。


「それに兄ばかりに良い格好させませんよ」


 良之は又左に負けず劣らずの剛勇を持っている。

 頼りになる味方は多いほうが良い。


 しかし、又左達援軍を得たとしても、この戦いは厳しい。


 正直に言えば…… 勝てない。


 勝つ勝たないでは無い。

 良道は端から死ぬ気で、勝利等二の次なのだ。

 今は陽気に振る舞っているが道三、いや、安藤守就が出てきたらどうなるか?


 とりあえず、良道が突っ込んだりしないように見張っておかないとな?

 それに時間を作って説得しよう。

 又左とは気が合いそうなのであいつも同席させよう、そうすれば何とかなるか?


 しかし、織田家は来ない。


 これでどうやって説得すれば良いのやら?


『織田家は刈り入れが忙しいので、それが終わったら援軍に来ます』なんて言ったら本当の鍾馗様に成ってしまうだろう。


 そうだ! 長姫はどうしているんだ?


 彼女は一体何をしているんだ。


「え、長姫ですか? さぁ、私は知りませんよ」


 良之は長姫の事は何も知らないらしい。


 大丈夫なのか?


 ここに彼女が居てくれれば……


 しかし、彼女に頼る事はこれ以上出来ない。

 彼女は俺の部下ではないのだ。

 あくまでも客人であり監視対象なのだ。

 最近はその事すら忘れてしまいそうだ。


 はあ、好転の材料が無いのは辛い。


 俺は早めに寝ることにした。


 又左はまだ騒いでいたのでそのままだ。


 決して面倒だなと思っていない。


 楽しんでいるのだ。


 邪魔しては悪い。


 そう、邪魔しちゃ悪い。


 鍾馗様に捕まる前にとっと寝てしまおう。



 お休み……




 そして、その日。


 斎藤龍重が率いる本隊がやって来た。


 その数八千。


 こっちは俺達も含めて千ちょっと。


 氏家直元の援軍が来ても三千あまり。


 刈り入れまでの長い籠城戦が始まろうとしていた。



 その前に終わってしまうかもしれないけどな?

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